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39話 特別措置

「──というわけで、そなたたちにも協力を願い出たいというわけじゃ」


 聖風王によるデマカセは続いていた。


 現在は、聖風王が張った結界の中で、聖風王が腰掛けていたPKたちという肉の山から離れた場所で結界を張って、アオイとエアリアルにでたらめな内容を語っている。


 聖風王が語るのは、三点だった。


 ひとつ、NPCの一部は運営チームの誰かが操作しているということ。


 二つ、その運営の操作する一部のNPCがここ最近おかしな挙動をしているということ。


 三つ、そのNPCに非常に重要性の高いNPCであるエリセが囚われてしまったということ。


 特に三つが重要であり、タマモと行動を共にしている理由であると聖風王は語った。


 三つの理由すべてが嘘というわけではない。


 どれも事実を交えた嘘だった。


 NPCの一部が運営チームだという話は、実際間違いではない。


 嘘なのは運営チームという存在など最初からいないということだ。運営は主神エルドが率いるこの世界の神の集まりであり、運営チームというわけではない。


 一部のNPCがおかしな挙動をしているということもまた事実である。


 下手人が誰なのかはまだ定かではないけれど、プレイヤー以外の誰かであることは確定しており、プレイヤーではない=NPCの暴走というのは図式としては正しい。


 ただし、相手が運営の操作しているNPCではないということが真っ赤な嘘であるだけで、聖風王の話は間違ってはいない。


 最後のエリセに関しても、聖風王とタマモにとって重要な存在であることは事実で、エリセがどこかに拉致監禁されているのは確定している。


 聖風王とタマモにとっては、同じ重要であっても、意味合いは異なるわけだが、エリセが重要人物であることは間違っていない。


 聖風王が理由として語った内容は、すべて間違ってはいなかった。


 若干、正確性に欠けているだけであり、嘘というわけではない。


 そう、嘘ではない。嘘ではないが、事実を言っているわけではないだけである。


 そして、この事実をアオイもエアリアルも確認しようがなかった。


「……仰りたいことは理解しました」


「うむ。つまり、エリセ殿は運営にとって非常に重要性の高いNPCであるが、同時にタマモにとって愛しの女性であるということですか」


「そういうことじゃな。タマモ殿に関しては主神エルド、あー、そなたたちにわかりやすく言えば、エルプロデューサーも承知されておる。むしろ、プロデューサーは推奨されておるのだよ」


「NPCとの恋愛を、ですか?」


「うむ。エリセとアンリは、そのための特別な学習型AIを搭載しているのじゃ」


「といいますと?」


「ずばり、昨今の少子化対策における、ある意味アンチテーゼとも言えることじゃな」


 淡々と聖風王は語っていく。


 その内容にアオイもエアリアルも興味深そうに耳を傾けていた。


 対してタマモは表情を変えてはいなかった。


 ただ、「よくもまぁ、こんな嘘八百をぺらぺらと言えるものだなぁ」と半分呆れていた。


 聖風王が語ったのは、エリセとアンリは特別なNPCであるということ。


 ふたりが特別なのは学習型のAIを搭載していることだ。


 このAIが学習するのは、いわゆる恋愛などを含めてひとりの人として生活に関してのこと。


 昨今の少子化は、国内だけではなく、徐々に世界中にも広まりつつあるゆゆしき問題だった。


 問題の対策として、政府は子育て世代への支援を手厚くしている。


 とはいえ、それは場当たり的なことだ。


 支援を厚くすれば、必ずしも子供が増えるというわけではない。


 無論、しないよりかはした方がいいことではあるし、長期的に見れば支援を厚くすることで、子供の数が増加することは間違いないだろう。


 即効性がないだけで、長い目で見れば有用な手段ではあるのだ。


 だが、支援を厚くするだけでいいのかと言われれば、答えは否だ。


 支援以外の方法でも、なにかしらの対策が必要となる。


 その対策がなにかと考えたとき、「エターナルカイザーオンライン」の運営会社が出したのが、擬似的体験であった。


 子育て世代、すなわち若い夫婦が減っている最大の要因は、将来性への不安に他ならない。


 子供を育てるための金銭的な不安、ちゃんと親として子供に接していけるどうかの不安、いざという時に頼れる相手がいるかどうかの不安など、子育て世代の不安は多くある。


 特に大きいのが金銭的不安だ。


 昨今の不景気により、賃金は減少している。賃金が減少するということは、その分だけ家庭を逼迫するということ。


 となると、家庭を維持するためにも夫婦による共働きはもはや当たり前と言っていい。


 寿退職もいまは昔、結婚してもそのまま会社に所属し、働き続けるという女性も多い。


 家庭へと回すための資金不足ということもあるが、単純にその職種が好きだからこそ続けたいという意思を持つ女性も多い。


 そうなると、自然と家庭へと割ける時間はどうしても目減りする。日々の仕事と家事の両立。そこに子育ても加われば、キャパシティーを超過すると考えるのも当然のことだ。


 ふたりの子供であり、ふたりの家庭なのだから、夫婦で築いていくのは当然ではあるが、それでも仕事と家事、育児を両立していくのはなかなかに無茶がある。


 かつての核家族のように専任主婦というのであれば、家事と育児の両立も可能だろうが、昨今の経済事情を考えるとそういうわけにもいかない。


 たとえ支援制度を用いたところで、全国にその支援を求める夫婦がどれほどいるのか。


 いくら巨額の支援をしたとしても、当分で割り振れば、支援金はわずかなものになるし、そもそも制度事態がいつまで続けられるかも不透明である。


 支援は必要なことではあるが、劇的な結果が生じるわけでもない。


 そこで運営会社が考えついた方策。それが学習型AIを搭載したNPCを用いる疑似体験だ。


 要はVRシステムを用いて、擬似的に子育てを体験してもらおうということ。


 もしくは、夫婦生活を体験して貰い、「家庭を築いていくのがどういうことなのか」を体験して貰うというのが目的である。


 かなり力業であるし、下手をすれば逆効果になりかねない。


 VRで体験できるのであれば、VRで十分だと考える層はどうしても出てくるだろうし、もしくは「やっぱり厳しいかもしれない」と躊躇いを生み出してしまうかもしれない。


 そうして逆効果になる可能性が高い方策ではあるものの、現状を打破するためには、劇薬的ななにかが必要であり、その劇薬とするにはこれくらい大胆なことが必要だと運営会社は考えたのだ。


 その結果、最初の試作型AIを搭載した特別なNPCこそがエリセであり、アンリであると聖風王は語ったのだ。


「──そういうわけで、このふたりは重要性の高い者たちなのじゃよ。そのふたりがまさかタマモ殿に興味を持つことになるとは、さすがの我々も想定外だったわい」


 長い顎髭を撫でつけながら、聖風王はタマモを見やりながら言う。


 アオイとエアリアルもタマモを見つめていた。タマモの反応を窺っているのだろう。


 タマモは「そういうことです」とだけ頷いた。


 こんな無理のある設定なんか通じるのかと思いながらも、聖風王の、「話を合わせろ」という視線に従い、無理のある設定がさも事実であるように振る舞った。


「劇薬といえば、たしかに劇薬ですが」


「かなり無茶な内容に思えるが」


「それは百も承知じゃよ。それでもあえてやるというのが、我が社の考えなのじゃよ。VRを用いた医療技術が徐々に浸透しつつあるのであれば、それをひとりの人間の生活に当てはめることも決して無謀ではない、とな。まぁ、現場の人間にしてみれば誇大妄想もいいところではあるが」


 困ったものだと聖風王はあからさまな態度を取った。それはなんとも人間臭いもので、聖風王がただのNPCではないと思わせるには十分すぎた。


 ゆえに聖風王の言っていることも「もしかして」と思わせることができたようで、さしものアオイもなにやら思案しているようだった。


「ひとつ尋ねたい」


「なにかな?」


「我らが協力した場合、なにか見返りはあるのかな?」


「ふむ。そうじゃな。タマモ殿と同様の処置で、いかがかな?」


「タマモと?」


 どういうことだとアオイがタマモを改めて見やる。


 が、当のタマモにしてみれば、なんのことだと言いたいことであったが、ひとつ思い浮かぶことがあった。


「……ログイン時間のことですか」


「ログイン時間?」


「どういうことでしょうか?」


「かかかか、タマモ殿には他言無用と伝えているのだが、実を言うと、タマモ殿ともうひとりだけだが、ログイン時間を超過できているのじゃよ」


「なんと」


「そんなことが」


 アオイとエアリアルは聖風王の言葉に驚いていた。


 どこまで語るつもりだろうと思いつつも、タマモは素直に頷いた。


「とはいえ、タマモ殿も時間を選んでしてもらっている。エリセとアンリのふたりを預かって貰っている特別処置ではあるが、他のプレイヤーへの不平不満も溜まるというもの。ゆえに人気の少ない時間に、人気のない場所でという限定させてもらっている。その処置をそなたらにも限定的に解禁させてもらおうと考えている」


「限定的というと、期限があるということですか?」


「その通りじゃ。その辺りについてはおいおい詰めるとするが、いかがかな?」


 聖風王はそう言って話を切り、ふたりの返答を待った。


 アオイとエアリアルはお互いを見合うと、「少し考えさせて欲しい」と言ったのだ。


「よかろう。そろそろそなたたちのログイン限界が訪れるし、次のログイン時までに決めて貰えばよい」


 説明に長く時間を掛けてしまったせいで、アオイとエアリアルのログイン限界が迫ってしまったようだった。


 ふたりはそれぞれに頷いた。


「タマモ殿か、我が輩に連絡をくれれば、迎えに行こう。では、また後でのぅ」


 頷いたふたりに聖風王はフレンドコードを送ったようだった。タマモも聖風王に倣ってフレンドコードを送った。


 タマモと聖風王のフレンドーコードを受けとったふたりは、少し慌てながら「蒼天城」へと戻っていった。


 ふたりが「蒼天城」へと戻ったのを見届けた後、聖風王は「さて、行くか」と言った。


「どうするつもりですか?」


「まぁ、なるようになるさ」


 聖風王はかかかといつものように笑った。楽天的だなぁと思いながらも、タマモは聖風王にと手を差し伸べた。


 タマモが差し伸べた手を取ると、聖風王は「行くぞ」と言ってその場から転移をした。


 本当にどうなるのだろうと思いながらも、タマモは「蒼天城」を後にするのだった。 

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