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35話 小競り合い

 闇が広がっていた。


 差し込む光がひとつもない部屋だった。窓がないわけではないが、窓には厚手の黒地のカーテンが遮光をしていた。


 天井には豪華なシャンデリアがあるが、シャンデリアには明かりは灯されていない。


 灯されていないものの、シャンデリアは闇の中でもその存在を示していた。


 暗闇の中で、その存在は大きな影として存在していた。


 そのシャンデリアの下を、タマモはじっと見つめていた。


 部屋の主の玉座は、ちょうどシャンデリアの下にあるのだが、その玉座こそが部屋の中で一番闇に覆われていた。


 一寸先は闇という言葉はあるが、部屋の入り口部分までは廊下からの明かりが届いている。


 しかし、そこから先には明かりはない。


 当然、部屋の最奥にあたる玉座には届いていない。


 タマモの感覚を以てしても、部屋のすべてを見通せているわけではない。


 うっすらと輪郭は見えている程度で、部屋の外のように、たとえば廊下を進んでいたときのようにはっきりと目で見えているわけではなかった。


 それでも、タマモは玉座に座る彼女を、無言でこちらを睥睨する彼女の姿をなぜかはっきりと捉えることができていた。


 明かりなどなにもないはずの部屋の中で、ただひとつ。紅い双眸が爛々と輝いている。


「武闘大会」で見たときとはまるで違う。


 こちらを「獲物」と定めたような、狩るべき相手と定めたような荒々しい瞳とは違う。


 もっと仄暗い、それこそ憎悪に満ちあふれた紅い双眼がタマモへと突き刺さっていた。


「──それでは、私はこれにて。タマモ殿、どうかごゆるりと」


 隣に立っていたフルプレートアーマーを身につけた女性が、小脇にフルフェイスの兜を抱えた翼人族の女性プレイヤーであるエアリアルが一礼をしてくれた。


 タマモは部屋の主に視線を向けたまま、エアリアルにと返礼をする。


「ええ、ありがとうございます、エアリアルさん。おかげで助かりましたよ」


「いえ。すべては我が姫のためです。姫のご意向でしたので、ここまでのご案内を仰せつかったまでのことです。お礼は不要ですよ」


「それもありますが、絡まれてしまっていたことに対してです。どうとでもなる状況でしたけど、対応するのも面倒でしたので、どうしたものかと困っていたんです」


「あぁ、そちらの件ですか。そちらに関しましても問題ありませんよ。むしろ、そちらに関しましては、こちらの落ち度です。そもそも、私が止めなければこちらに甚大な被害が及んでいた可能性が高かった。逆にお礼を申し上げるのはこちらで──」


 エアリアルに視線を向けずに、タマモは淡々と礼を言った。


 タマモの礼は、ここに至るまでの道中の案内をしてくれたことだけではなく、到着した際のちょっとしたいざこざについての礼も含めていた。


 いざこざはあったものの、タマモからしてみれば大したことではなかった。


 通り名持ちのプレイヤーを含めた十数人に囲まれたものの、タマモには容易に対処できる相手としか思えなかった。


 ただ、対処は容易であったが、その後なにかと因縁をふっかけられそうな気がしてならなかったので、どうしたものかと困っていたところだったのだ。


 そこに部屋の主の要請を受けたというエアリアルが訪れて、鶴の一声でその場を取りなしてくれたのだ。


 それどころか、こうして部屋の主の元までの案内もしてくれた。


 たとえ、部屋の主からの要請があったからとはいえ、ここまで尽くしてくれた相手への礼をしないというのは、さすがに礼儀に反することだった。


 それでも当のエアリアルは、礼をされることではないと言わんばかりに、朗らかに笑っていた。逆にタマモによって甚大な被害を受けずに済んだとかえって礼を言おうとしてくれていた。


 それこそ礼を言われることではないと言いたいところなのだが……正直なことを言うと、いつまでもヤンキーみたいな連中に囲まれているのは、あまり好ましくなかったというのは事実だ。


 もし、あのままであれば、エアリアルが来てくれなかったら、それこそタマモは囲んできた連中をまとめて相手取り、全員を返り討ちにして、この部屋まで乗り込んでいた可能性は否定できない。


 状況が状況であったので、いつまでも遊んでいる余裕はなかったし、丁寧な口調ながらこちらを敵視するような慇懃無礼な連中といつまでも接していたくなかった。

 

 エアリアルの言う通り、もう少しエアリアルの到着が遅ければ、タマモが大立ち回りを演じていた可能性は否定できない。いや、ほぼ確実に行っていただろうとタマモ自身認めざるをえないことだった。


 仮に大立ち回りを演じていたら、わざわざここに来た理由がいろんな意味でなくなってしまう。そういう意味では、タマモもエアリアルもお互いに礼を延べ合う立場であった。


 そう、互いに礼を述べるために、タマモは一瞬。ほんのわずかに彼女から視線を逸らした。


 視線を逸らしたものの、決して油断はしていなかった。念のために「七尾」にも動向を見張っていて欲しいと頼んだからこそ、エアリアルにと視線を向けたのだ。


 エアリアル自身は、当たり前のようにタマモと相対してくれていた。


 その顔には朗らかな笑みが浮かんだままだった。だが、その笑みが突如として強ばり──。


「お嬢様!」


 ──慌てて叫んだのだ。


 その声を聞いて、「まぁ、そうなるか」とタマモは慌てることなく、おたまとフライパンを抜き放った。


 すでに「七尾」からも「来ます」と言われていた。


 彼女からしてみれば不意討ちでもしようとしたのだろうが、残念ながら、気づかれている不意討ちは不意討ちたりえなかった。


 ガキィンと金属同士がぶつかり合う音が部屋の中でこだまする。


「不意討ちとは、穏やかではないね? アオイ」


 暗闇の中で巨大なしゃもじが突如として現れていた。


 そのしゃもじとタマモのおたまとフライパンは中空でぶつかり合いながら、火花を散らしていく。


 火花が散った先にいたのは、忌々しそうにタマモを睨み付ける彼女だった。


 不意討ちを防がれたことが、彼女には面白くないのか。その目はとても鋭いものとなっていた。


 鋭く睨み付けられながら、タマモは視線をエアリアルから部屋の主にして、エアリアルが忠を尽くす相手である彼女──「蒼天」の長であるアオイへと向けた。


 アオイは血走った目をしていた。


 あまりに血走りすぎて炎ではなく、血でできた瞳のようだとタマモは思った。


「忌々しい! 何用だ、タマモぉ!」


「……ちょっとおまえに頼みたいことがあってね」


「頼みだと? 貴様の頼みなど受けてやる謂われなどない!」


 アオイは手に持った巨大なしゃもじを振り抜くべく、力を込めていく。


 アオイに合わせて、タマモはとっさに後ろへと跳び下がる。


 ちょうど開いていた扉を抜けて、廊下へと躍り出ると、しゃもじを振りかぶったアオイが追いかけてくる。


 その先には慌てるエアリアルがいるのだが、アオイの目にはエアリアルはもう映ってはいないようだった。


「おまえにはなくても、ボクにはあるんだよ」


「なにを抜かすか! 我を辱めた分際で!」


「……別にあれくらいどうってことないだろう? 狸顔だってわりとかわいいと思うし」


「かわ!? だ、黙れ! 貴様なぞにそんなことを言われても嬉しくもなんともないわ!」


 アオイの頬が紅く染まるが、アオイは誤魔化すように叫びながら、振りかぶったしゃもじを叩きつけてくる。


「七尾」を床に突き刺しながら、アオイの一撃をタマモは受け止めた。


「ボクだって褒めたわけじゃない。そんなことよりも、おまえにはどうあっても協力してもらうぞ、アオイ」


「ほざけ! 我に言うことを聞かせたいのであれば、我に勝ってから抜かしてみせろ!」


「……なら、そうさせてもらうおうか」


 敵意をぶつけ続けるアオイに対して、さしものタマモもそろそろ我慢ができなくなっていた。


 話し合いに来たというのに、言葉ではなく攻撃を仕掛けられれば、タマモもいつまでも穏やかではいられない。


 それに「蒼天」の本拠地である、この「蒼天城」に来てから、ずっと敵意を向けられっぱなしだった。


 エアリアルは客人として扱ってくれたから、どうにか抑えてはいたが、ここに来てアオイからの不意討ちだ。


 ここまでされれば、さすがのタマモも不満を爆発させるのも当然であった。


「お嬢様、おやめください! タマモ殿はお客人で──」


「客などではない! 最初からこれを仕留めるために、ここまで案内させたまでのことじゃ!」


「なっ!?」


「……どうせ、そんなことだろうと思ったよ。だけど、感謝するよ、アオイ」


「感謝だと!?」


「そろそろ試しをしてみたいと思っていたところだったからね。その試しにおまえはちょうどいいよ。ついでにおまえを負かせて、言うことを聞かせられると来ている。一石二鳥だよ」


「抜かせ! その生皮剥いで、敷物にしてくれようぞ!」


「はん。なら、ボクはおまえの生皮剥いで、三味線にでもしてやるよ。あ、狸はイヌ科だったっけ?」


「~っ! 貴様ぁぁぁぁぁぁ!」


 アオイの絶叫が響く。エアリアルは制止の声を呼びかけているのだろうが、すでにタマモにはその声は聞こえてこない。


 タマモもすでにアオイへだけを見つめていた。


 タマモもアオイも、お互いを打ちのめさんとお互いの得物を振りかぶった。


 やっぱりこうなったかぁとタマモは思いながらも、とりあえずアオイの協力を得るべく、アオイとの小競り合いに集中していくのだった。

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