31話 誓いを胸に秘めて
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転移した先は、薄暗い部屋の中だった。
部屋にはベッドがひとつだけ置かれていた。それ以外の家具はない。
そもそも、ベッド以外の家具を置けるスペースもないほどに部屋の中は狭い。
部屋の狭さに比例するように天井の高さもかなり低めではある。
女性では長身にあたるエリセにしてみれば、立ち上がるだけで頭が天井にこすれてしまいそうだ。
ミニマリズムという言葉があるけれど、それにしてもやりすぎというほどに、エリセが転移した部屋はあまりにも小さく粗末なものだった。
それこそ、かつて実家で暮らしていた頃の部屋と、東屋よりかはましというボロ小屋の方がまだまともだと思える程度には。
あのボロ小屋よりもましなのは、壁にも天井にも穴が空いていないことと、ベッドのすぐ脇に姿見の鏡が置かれているということくらい。
その姿見の鏡は天井にも届きそうなほどの過剰な大きさではあるが、それなりに立派なものであることはわかる。
だが、どれほど立派なものであろうとも、その姿見に映る自分の姿を見る度に、エリセには無念しか沸き起こらなかった。
無念を胸に秘めながら、エリセは転移した部屋を改めてぐるりと見回した。
「……独房やなぁ」
ぐるりと見回して、転移した部屋をまるで独房のようだと感じるエリセ。
この部屋の中でまともに過ごせるとは、とてもではないが思えなかった。
だが、そのまともに過ごせない部屋こそ、ラモン翁が用意した今後のエリセが過ごす特別な部屋だった。
どう特別なのかはエリセも知らない。
ただ、一度転移してしまえば、もう誰にもこの部屋を察知することはできないという話だった。
あの聖風王であっても、この部屋を察知することはできないはずだ。
そして一度でも転移すれば、もうエリセ自身でも出ることは敵わない。
ラモン翁が得意げに語っていたのを思い出し、エリセは纏っていたストールを強く握りしめた。
身につけているストールは、ラモン翁が置いていったものだ。
曰く、転移術を起動すれば、このストールが自動的にこの部屋の中にと転移するように導くのだと。
加えて、ストールを纏っていれば、見られたくないものを隠せるだろうとも、嗤いながらラモン翁は言っていた。
反吐が出そうになりながら、エリセは首筋を隠していたストールを部屋の床にと叩きつけるようにして投げ捨てた。
隠していたストールがなくなったことで、エリセの首筋が露わになる。そこにはいくつもの歯形がくっきりと刻み込まれていた。
本来ならそれを隠すであろう上衣も、襟部分が強引に破かれて、ひどい有様と化している。
エリセのいまの姿は、誰がどう見ても暴行を受けたとしか思えない。
その事実を改めて受け止めたエリセは、ひどく悲しくなった。
それこそ、いますぐにでもタマモに抱きしめて欲しいと思えるほどに。
だが、もうそんな機会は訪れない。
それどころか、抱きしめて貰える資格さえないのだとエリセは自嘲する。
「……穢された女なんて汚らわしいだけ」
そう、もう自分はタマモが愛してくれるような女ではなくなってしまっている。
穢された女なんて、タマモはもう見てくれはしないだろう。
「……だんなさま」
置かれているベッドに腰掛けながら、エリセは両手で顔を覆った。
涙が次々に溢れていく。
溢れていく涙をエリセはどうすることもできなかった。
「遅かったなぁ?」
忌々しい声が聞こえてきた。
鏡の中にラモン翁の姿が映し出されていた。
エリセは涙を拭い、鏡の中のラモン翁を睨み付ける。
しかし、ラモン翁はにやにやと気色の悪い笑みを浮かべるだけであった。
「ええ顔をしてる。これからその自尊心を粉々にできる思うと興奮すんで」
かかか、と楽しげに笑うラモン翁。エリセは「ゲスが」と呟いた。
すると、ラモン翁の表情が抜け落ちた。
「なんや、その口の利き方は? 誰にものを言うてるのか、わかってるんか?」
高圧的な口調でラモン翁は言う。エリセは奥歯を噛み締めながら、「……失礼しました」と告げた。
「そうや、それでええ」
ラモン翁はかかか、と再び高らかに笑っていた。
その笑顔を見て吐き捨てたくなる気持ちになりながら、エリセはラモン翁を見つめていく。
「そやけど、失礼な口を利いた罰を与えんとなぁ? いまからおまえが今後着る服を送る。届いたらすぐに着替えろ、ええなぁ?」
ラモン翁はそう言うと、あるものに腰掛けた。ラモン翁が腰掛けたものを見て、エリセは唇を噛みながらも頷いた。
「それでええ」と蔑むように笑って、ラモン翁は指を鳴らした。
すると、エリセが腰掛けていたベッドの上に、一着の着物が届いた。
いったいどうやったのだろうと思いながら、届いた着物を広げ、エリセは絶句する。
だが、ラモン翁はその様子さえも楽しげに見守っているだけ。
「ゲスが」と心の中で呟きながら、エリセは身につけていた巫女服に手を掛けた。
脱いでいる最中もラモン翁はにやにやと下卑た笑みを浮かべていた。
タマモ以外には見られたくない肌を晒しながら、エリセは送られた着物を身につけた。
「……これでええどすか?」
顔を背けながらエリセは、ラモン翁のいまの姿を晒していく。
ラモン翁は「それでええ」と満足げに頷いていた。
ラモン翁が送った着物。それは長襦袢と呼ばれる着物の下に身につける下着だった。
だが、従来のものよりもはるかに生地が薄く、エリセの体のラインがはっきりとわかってしまうという代物だった。
そんな長襦袢を身につけたエリセの頬は羞恥の色に染まっていた。
その羞恥もラモン翁を満足させるためのスパイスでしかなく、ラモン翁は生き生きとした様子で「ええなぁ」とだけ呟いた。
「だが、まだたらんなぁ」
ラモン翁は再び指を鳴らした。
すると、エリセの着ていた長襦袢から色が消え、透明となっていく。
透明だが、決定的な部分だけは元の白が残り、他はすべて透明となっていった。
「下手に全部見えるよりも、こっちの方が素晴らしい。そう思わへんか?」
ラモン翁が高らかに笑う。エリセはとっさに体を隠そうとしたが、ラモン翁がとんとんと腰掛けるものを指で叩いたのだ。
エリセは息を呑むと、そこでいったん呼吸を止めた。そして大きく息を吐ききりながら、体を隠すのをやめた。
「ん~。座っとったらよう見えんな。立て。立って、ゆっくりと回転しろ」
ラモン翁の指示が飛んできた。エリセは無言で立ち上がると、鏡の前で円を描くようにして、くるりと回転していく。
そしてちょうど鏡に向かって背中を向けた、とき。
不意に体を押されてしまった。前のめりになりながらエリセはベッドに倒れ伏した。
同時に両腕を背中の方に引っ張られてしまった。
どうにか顔を向けると、そこには鏡の向こう側にいたはずのラモン翁がいた。
それもはっきりとした変化を見せつけながらだ。
「もう我慢できひん」
下卑た笑みを浮かべながら、ラモン翁はボロ同然となった袴を脱いでいく。
エリセはラモン翁から目を逸らし、鏡の向こうを、ラモン翁に腰掛けられたそれを見つめていく。
「必ず、助けるから」
ラモン翁が腰掛けていたものの中心を、氷の中に囚われているフブキを見つめながら、エリセは必ず助けるという誓いを立てた。
涎を撒き散らし、卑しく腰を振るケダモノと化したラモン翁を視界に収めないようにしながら、必死にいまという時間が過ぎ去るのを待ち続けた。




