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29話 終わりを待ちわびて

 はっきりとは書いていないんですが、無理矢理な展開があるので、苦手な方はブラバしてください。

 雑踏が聞こえてくる。


 大勢の人々が行き交う音や、近くの家からであろう生活音。


 そういった様々な音をエリセはその耳で捉えていた。


 聞こえてくる雑踏の出所は、「アルト」の元々の住民のものなのか、それともタマモたちのような「旅人」のものなのかは定かではない。


 それらの物音は思った以上に大きく、人ひとりの声をかき消すことなどたやすくできる。


 だが、いまエリセの耳にはそれらの雑踏よりも、いま目の前にいる老人の声がとても大きく感じられていた。


 エリセの目の前にいるのは、ひとりの老人だった。


 ただの老人であれば、エリセとてさほど気に掛けることはなかった。


 せいぜい、すれ違い様に挨拶を交わすくらいか。


 だが、目の前にいる老人相手では、たとえ相手から挨拶をされたとしても、挨拶で返そうなどとエリセには思えなかった。


 エリセの目の前にいる老人とは、妖狐族の老人であった。


 常春の国とも呼ばれる妖狐族の隠れ里以外では、ほぼ見かけることのない妖狐族。


 中でも老齢の妖狐族はめったに里の外に出ることはない。


 保守派とまでは言わないけれど、老齢の妖狐族は基本的にヒューマン種の老人と同じで、自身のテリトリー範囲内でしか行動をしなくなるのだ。


 老化によって足腰が弱っているということもあるが、単純に行動を起こすのが億劫になるようだ。


 もちろん、老いてもなお精力的に行動をする人もいるのだが、どちらが多数派なのかは言うまでもないだろう。


 そんな老齢の妖狐族が、エリセの前に立っている。


 だが、それだけであれば、「アルト」の地下深くにある「風の妖狐の里」の老人かと思うだけだった。


 しかし、エリセの目の前にいる老人は、「風の妖狐の里」の者ではなかった。


 すっかりと髪と尻尾も色が落ち、灰色に近い白へとなってしまっているが、瞳の色だけはどれほど歳を重ねようとも変わることはなかった。


 目の前にいる老人は、これでもかと目を見開いていた。


 見開かれた瞳は血走っているものの、はっきりとわかるほどに青い瞳をしていた。


「風の妖狐の里」の者であれば、例外なく瞳は緑系統の色になるはずなのにだ。


 青い瞳をしているということは、目の前にいる老人が「水の妖狐の里」の老人であることは間違いなかった。


 だが、「水の妖狐の里」の老人であるはずならば、里長だったエリセは当然見知っているはずだった。


 しかし、一見してエリセはその老人が誰なのかがわからなかった。


 老人はひどく痩せこけていた。髪はざんばらだし、着ているものもひどくボロボロだった。ざんばら髪だからなのか、耳はよく見えないが、背中に二本の特有の尻尾があることから、「水の妖狐の里」の老人であることまではわかった。


 が、それ以上はエリセにはわからなかった。


「浮浪者」という言葉を体現したかのような出で立ちの老人に心当たりがなかったのだ。


 いったい誰なのだろうとエリセは警戒しながら、老人を見やっていた。


 警戒心を露わにしてもなお、エリセには老人がわからなかった。……その声を聞くまでは。


「ようやく、ようやく見つけたでぇ、化けもん」


 老人は底冷えするほどに低い声をあげながら、エリセを睨み付けてきた。


 相当な恨みがあることはそれだけでわかったが、その理由も正体も老人の声ですべて理解できた。


「その声……まさか、ラモン翁?」


 老人の名はラモン。「水の妖狐の里」における里長の一族に連なる人物であり、タマモから粛正を受けたうえに、聖風王によって放逐された老人たちのひとりだった。


 だが、見知った姿とはまるで異なっていた。


 エリセの知るラモン翁は、小太りの老人だった。


 しかし、いま目の前にいるラモン翁は、ひどく痩せこけていた。


 頬なんてやつれているほどであるし、髪なんてざんぱらになっている。なによりもその身を包む服は血や泥にまみれているのだ。


 とてもではないが、同一人物とは思えないほどに変わり果てた姿となっていた。


「わしがわからんのか、ほんまに化け物はこれやから」


「……いまはそちらの方が似合うてますえ?」


「黙れ! 貴様のせいやろうが!」


 ラモン翁は瞳孔を縦に裂けさせながら叫んだ。


 相当にお冠のようだが、その理由もわからなくもない。


 ラモン翁を始めとした老人たちは、聖風王によって「水の妖狐の里」を追放されていた。


 追放先として選ばれたのは、よりにもよって雷の魔竜の巣の近く。


「水の妖狐の里」の者は、誰もが高い水属性の適性を持っている。


 しかし、その水属性に一方的に優位性を誇るのが雷属性である。


 その雷属性の魔物の巣の近く。しかも魔竜の巣の近くに転移させられたとあれば、ラモン翁を始めとした老人たちがどのような目に遭ったのかは考えるまでもない。


 さらに転移する際に、聖風王は嫌がらせとしか思えない仕打ちを、魔物を誘き寄せる印を老人たち全員に施していた。


 現在地もわからない場所に転移させられ、浮き足立っているところに雷の魔竜たちに強襲を受ける。


 それでもエリセほどではなくても、里の中でも上位の手練れであれば、どうにか撃退はできただろう。


 しかし、ラモン翁たち件の老人たちは、とてもではないが手練れとは言えない。


 里長の一族として産まれ、後継ぎとしてではなく、予備程度の教育しか施されなかった連中だ。


 できることがあるとすれば、里長の一族の権力で以て威張り散らすことだけ。


 実力は里の中でも下位に位置する者たちでしかない。


 さすがに()()()()()()()には勝てるだろうが、その程度の実力で相性が最悪の魔竜たちを撃退できるわけがない。


 ラモン翁の着物が、以前は無駄に質がよかった着物が、見る影もないほどにボロボロとなっているのを見る限り、魔竜たちの襲撃は凄まじいものだっただろう。


 その襲撃をひとりだけとはいえ、どうにか切り抜けられたことは、もはや快挙と言っていいことだろう。


 ……ラモン翁本人にしてみれば、皮肉にしか聞こえないことだろうけれど。


「他の方々はいかがなさったさかい?」


「全員食い殺されたわ! おまえのせいでな!」


 鼻息を荒くしながら、ラモン翁は叫んだ。が、その内容は完全に逆恨みである。


 ラモン翁にしてみれば、追放されてからの日々は、苦難の連続だっただろうが、それもすべてはエリセのせいだという責任転嫁を行っていたのだろう。


 エリセへの憎悪だけでラモン翁は生き残ったのだろうが、エリセにとっては逆恨みも甚だしいことでしかない。


「自業自得」


「なんやと!?」


「どれほどの苦難やったかは存じ上げしまへんが、すべては好き勝手に生きてきたツケやろう? やさかい自業自得と申し上げた」


「貴様ぁ! 化け物の分際でぇ!」


 唾を飛び散らせながらラモン翁。その様はどちらがより化け物なのかとしか思えないものであった。


 エリセは冷めた目でラモン翁を見やりながら、降りかかってきた火の粉を払うべく、右手に魔力を覆わせていった。


 ラモン翁はエリセの右手を見やると、怯えた表情を浮かべたのだが──。


「おっと、()()()()それ放てるさかいな?」


 ──その表情が、卑しく歪んだのだ。


 ラモン翁はとても楽しそうに嗤っていた。なぜそんな笑顔をと思ったとき、エリセはラモン翁の笑みの理由を知った。


「……フブキ」


 ラモン翁はにやにやと嗤いながら、どこからともなく、氷の塊を呼び出したのだ。その塊の中には気を失ったフブキが閉じ込められていた。


「このガキがおまえの泣き所やて聞いたときは半信半疑やったが、()()()の仰る通りやったか」


 ラモン翁はフブキを伴ってエリセへと近寄ってくる。それもフブキを盾にするようにしてだ。


 正面からの攻撃ではフブキを傷付けるだけ。かと言って背後を狙ってもおそらくはその間にフブキを移動させるはずだ。


 仮にそれさえもどうにかうまく凌げても、次の展開でもラモン翁がフブキを盾にするのは目に見えていた。


 それを逆手に取るという方法も取れなくはないが時間が掛かるし、その間にラモン翁がフブキに危害を加える可能性が非常に高い。


 下手な反抗はフブキを危険に晒すだけだった。


 一番可能性が高かったのは、フブキが盾に晒される前に、それこそラモン翁が姿を現したのと同時にラモン翁を仕留めることだった。


 ラモン翁がどこからフブキを封じた氷の塊を呼び出したのかはわからないが、少なくとも術者が死ねば封印は解けるタイプの魔法であることは間違いない。


 話などせずに即座に殺せばよかった。


 エリセは自身のミスを、致命的となった初手の誤りを悔やんだ。


 だが、どれほど悔やんでも状況は改善するわけがなく、ラモン翁は舌なめずりをしながらエリセにと近寄ってきた。


 その表情も、エリセを見つめる瞳も、ただただ気持ち悪かった。なによりも、ラモン翁は目ではっきりとわかる()()が生じていた。


「……姪孫相手でも関係なしどすか。ほんまに()()()()()()()()()どすなぁ」


 ラモン翁の体の変化を見て、エリセは蔑んだ目で睨み付けた。


 ラモン翁にとってエリセは姪孫、甥である種なしの子にあたる。


 その姪孫相手にラモン翁は雄の本能を見せつけている。


 穢らわしいラモン翁の態度に、エリセは吐き捨てるように関係をあえて口にした。


「おまえやらを一族として認めたつもりはあらへん。そやけど、女としては極上やと認めてる。その女を自由にできるんや。男として反応するのんは当然やろう?」


 ラモン翁の口が開く。粘つくような唾液がいまにも飛んできそうだった。


 それほどまでの距離にラモン翁はいた。


 距離を取ったところで、意味はない。


 距離を取った分だけラモン翁が近付いてくるのは目に見えていた。


「旦那様がいれば」とエリセは思った。


 タマモの撤収作業を待ってから、一緒にフブキを探しに来ればよかった。


 いや、タマモがいなかったとしても、ラモン翁との対話などせず、即刻首を跳ねとばしてやればよかった。


 この場に来て、エリセは自身がふたつも致命的なミスを犯していたことに気付いた。


 だが、すでに時遅し。


 致命的なミスをふたつも犯したことへの挽回はできない。


 逆に、ラモン翁は乾坤一擲の賭けに勝った。


 そのわずかな差が決定的な違いとして、エリセの前に立ちはだかっていた。


「さぁ、()()()()()の始まりや」


 ラモン翁の手が動き、エリセの上衣の襟を掴んだ。


 次の瞬間、エリセは路地に引きずり込まれながら、地面に背中から叩きつけられた。


「っ!」


 肺が一瞬潰れた。


 呼吸がわずかな間できなくなってしまう。


 その間にラモン翁はエリセの上にと伸し掛かってきた。


 伸し掛かってすぐ、ラモン翁はエリセの上衣の合わせを無理矢理開いたのだ。


「ほんまに、そそられる体やなぁ」


 ラモン翁が舌なめずりをする。


 エリセは視線を逸らしながら、「ゲスが」と呟いた。


 だが、その程度ではラモン翁は止まることなく、エリセの肩に噛みついた。


 噛みつかれた痛みと、これから起こるであろうことを感じ取りながらエリセはただ視線を逸らした。


 嵐が過ぎ去ることを待つように、その時間の終わりをただ待ち続けた。

 最後は個人的には苦手というか、嫌いな展開でした。

 が、そうするしかなったので、そうしました。

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