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28話 嫌な予感

「アルト」の街中は、今日も賑わっていた。


 元々の住民はもちろん、タマモたちのような「旅人」たちの姿も往来にはあった。


 元々の住人と「旅人」の見極めは、以前ならつかなかったが、いまは簡単に見極めることができる。


「あ、狐さんの」


「あいかわらず、きれいだなぁ」


「うちの嫁さんもああなって欲しいよ、マジで」


「リア充、というわけでもないよな、おまえの場合は」


「……婿養子ってつれえよ」


「……うん、頑張れ」


「うん、ありがと」


 すれ違った「旅人」たちは、なんとも言えない様相となっていた。

 

 特に婿養子だと言っていた「旅人」は、煤に塗れているようにエリセには思えてならない。


「……「狐さん」ねぇ」


 すれ違っていたふたりは、いまだになにやら会話をしているようだが、すでにエリセの興味からは外れていた。


 興味はなくなっているが、すれ違い様に彼らが口にしていた「狐さん」という単語を思い返すエリセ。


 そう、「旅人」と元々の住民との見極め方でもっともわかりやすいのが、彼らないし彼女らがエリセとアンリに対して「狐さんのお嫁さん」と呼ぶことである。


 もっとも、面と向かって呼ばれたことは一度もなく、せいぜいがすれ違い様だったり、離れたところからひそひそと話をされたりする程度だ。


 タマモは一部界隈からだと「狐さん」もしくは「狐ちゃん」と呼ばれている。


 それはタマモと交友があるなし関係なく、ほとんどの「旅人」たちがタマモに対する固有名詞である。


 中にはタマモを固有名詞ではなく、名前で呼ぶ者もいるが、極少数である。その極少数の者たちはエリセとアンリも「お嫁さん」ではなく、名前で呼んでくれる。


 それでも大多数の「旅人」たちからはタマモは「狐さん」で、エリセとアンリは「お嫁さん」なのである。


 挨拶をしたこともない相手だから、名前を知っているわけもないので、固有名詞で呼ぶのも致し方がない。


 が、なにも思わないわけではない。思わないわけではないが、エリセ自身「まぁいいか」と思うことにしていた。


 すれ違ったり、離れた場所から見ている者たちと、再び出会うのかはわからないし、親交だって深められるかどうかもわからないのだ。


 一期一会とまで言うつもりはないが、すれ違うだけで終わる関係になる可能性も否定することはできない。


 そんな相手にいちいち構っていられるほどエリセは暇ではなかった。


 それに下手に構って妙な勘違いをされたら堪ったものではないのだ。


 どのみち、大多数の「旅人」たちには、タマモも名前を知らない「旅人」たちに関して、エリセは興味を持つことはなかった。


 さすがに路傍の石とまでは言う気はないが、近い扱いをしていることは否定するつもりはない。


 関わりがない相手なんて、その程度で十分だとエリセは思っている。


 もちろん、それを表面上に出すつもりはない。処世術として表面上は丁重に扱いはする。が、内面まではそういうわけではない。


 あくまでも表面上に出さないだけである。


 表面上に出さないのであれば、内面でなにを思っていても特に問題はなかった。露呈しなければいいだけなのだから。


「さて、と」


 エリセはそこで思考を切り換えた。


 いつまでも今後も関わることがないであろう相手のことを考える必要などない。というか、どうでもいいのである。


 そんなことよりも、いまは買い出しに出かけたフブキが最優先だ。


「茶葉かぁ」


 茶葉の買い出しとなると、向かう先は限定される。


 元々「アルト」に根ざしている店ないし、「旅人」が開いた店のどちらかである。


「アルト」に元々ある店は老舗であり、「アルト」にある飲食店にも茶葉を卸しているため敷居は高いが、あくまでも契約を目指すのであればの話。


 普通に茶葉を買う場合は、個人でも売ってくれる。値段はリーズナブルから高級なものまで幅広く扱っている。


 対して「旅人」が開いた店は、最近オープンしたばかりだ。


 オープンしたばかりだからか、歴史や規模という点においては、老舗には敵わないものの、扱う茶葉は老舗にも置いていないものばかり。


 曰く、異界で流通している茶葉を、この世界で独自に生産したもののようで、その味わいは素晴らしいの一言に尽きる。


 老舗の店主が「旅人」の店の茶葉を絶賛しているという噂もあるほど。まさに新進気鋭という言葉が相応しい店である。


 いまのところ、「アルト」において茶葉と言えば、老舗か新進気鋭のどちらかとなる。


「……さぁて」


 フブキが向かったのはいったいどちらの店舗なのか。


 フブキはあまり人混みを好かない子なので、基本的に人が多めの老舗にはあまり行かないだろう。


 となると、人はまばらな新進気鋭の店に向かったと考えるのが妥当だった。


 それに、「フィオーレ」では新進気鋭の店の茶葉を最近は使っているのでおそらく間違いはない。


「行ってみるか」


 エリセは老舗ではなく、「旅人」の店を目標に定めた。


 フブキの性格上、寄り道をすることはないだろうから、「旅人」の店に向かっていけば、そのうち出会うことになるだろうとエリセは思いながら、「アルト」の街中を歩いて行く。


 街中を歩くと視線が自然と集まってくるものの、あえて気にせず、エリセは一路「旅人」の店を目指していった。


 そうして向かった「旅人」の店だが、結論から言うと目的は達成できなかった。


 というのも、店に着くまでの道中はもちろん、店にもフブキはいなかったのだ。


 老舗の方だったかと思いつつも、念のために店主に話を聞くと、フブキは茶葉を買いに来たようだ。


 人見知りをするフブキだが、「旅人」の店の店主とはそれなりに話ができるようになっている。


 茶葉を買ったあと、しばらく雑談をしていたそうだったが、店が混み始めたことでお暇したそうだ。


 それ以降の足取りは店主も知らず、「てっきりもう帰っていると思っていた」ということだった。


 エリセは店主に礼を言いつつ、個人用の茶葉を買って店を後にした。


「……珍しいこともあるなぁ」


 フブキがまっすぐに帰宅しないなど珍しいにもほどがある。


 逆に言えば、それだけのなにかがあったということなのだろうが、いまのところエリセには心当たりがなかった。


「……フブキが寄り道、ねぇ」


 いったいどこに向かったことやら。見当もつかず、エリセは店から離れながら、どうしたものかと思案していた、そのとき。


「っ」


 悍ましい魔力がエリセの肌を打ったのだ。


 魔力を感じた方へと視線を向けると、ちょうど路地へと繋がる道だった。


 不思議なことにその道には、人気がまるでなかった。


「アルト」内にはスラムなんてものはないため、路地へと繋がろうとも、それなりに人気はあるものなのだが、どういうわけか、その道にはまるで人気がないのだ。


 そしてなによりもエリセの視線を釘付けにしたのは──。


「あれは」


 ──道の中央にこれみよがしに落ちているバックだった。


 人気がないのはまだいい。そういうこともあるだろう。


 だが、道の中央にバッグが落ちているというのに、その道の近くを通るものが誰も気にしていないというのはどういうことか。


 嫌な予感をよぎらせながら、エリセはその道を進み、バッグが落ちている場所まで向かった。


「……やっぱりフブキの」


 落ちていたバッグは、思った通りフブキのものだった。


 正確に言えば、最近タマモが買い与えたものだった。


 フブキは恐縮としていたものの、最終的には嬉しそうに受けとっていた。


 そのバッグがなぜか道ばたに落ちていたのだ。


「……なんでここに」


 バッグを拾い上げながら、エリセが困惑していた、そのときだった。


「見つけたでぇ」


 エリセの耳朶を打つ悍ましい声が聞こえてきたのだ。


 その声が聞こえた方へと顔を向けると、そこには老人がいた。二本の尻尾を揺らした、耳のない老齢の妖狐族が、見慣れた老人がいたのだ。

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