26話 休憩時間
蝉の鳴く声が辺り一面に響いていた。
少し前までは気の早いという感想が真っ先に出ていた蝉の声。
だが、すっかりと初夏を感じられる気候となったいまでは、蝉の声は風物詩のひとつとして感じられた。
聞こえてくるのはヒグラシの声だ。
独特の鳴き声は、その名の通りの夕暮れ時を思い浮かべさせてくれる。
夕暮れは「アルト」では当たり前の光景ではあるものの、ヒグラシの鳴く声を聞くと「もう夕方かぁ」と思わせてくれる。
夏の風物詩とともに、一日の終わりを感じさせてくれる鳴き声が響く中──。
「はい、あーん」
「あ、あーん」
──タマモはエリセとイチャコラしていた。
もっと言えば、「爆発しろ!」と叫ばれそうなスイートタイムを満喫している真っ最中であった。
あくまでも傍から見ればの話ではあるが。
普段であれば、タマモもエリセとのイチャイチャを楽しんでいるところであろうが、現在のタマモは「本当にいいのだろうか」とチラチラと視線をエリセから逸らしていた。
タマモの視線が行き着くのは、木材の加工場となった一帯である。
その加工場には、ダークマンティスたちが鬼気迫る勢いで、そのカマを縦横無尽に振るっていた。
ダークマンティスたちの傍らには、リトルマンティスたちが見よう見まねでカマを振るっているものの、作業の速度は明らかにダークマンティスたちに分がある。
というか、圧倒的な速度の差があった。
リトルマンティスたちも十分に速いのだが、ダークマンティスたちは、先述した通り、鬼気迫る勢いで木材の加工を進めていた。
その目は真剣そのもの。その鋭利なカマのように、その目はまるで触れれば切れてしまうほどの鋭さを誇っていた。
その様子を見て、タマモは「凄いなぁ」と改めて思った。
そう、「凄いなぁ」と改めて思うものの、ダークマンティスたちの気迫は、すべて汚名返上のためのものであることも理解していた。
元々木材の加工はタマモがひとりで行っていた。
理由はダークマンティスたちのサービス精神と職人魂のコンボによって、建築用の木材が大幅に消費されてしまい、その補填をタマモがひとりで背負ったからである。
本来ならクライアントであり、作業監督であるタマモには補填作業を背負う必要などない。
むしろ、補填作業をするのであれば、やらかしの張本人であるダークマンティスたちがやるのが筋だ。
が、そこであえてタマモはみずからが補填作業を行うことにしたのだ。
というか、そうでもしないとダークマンティスが自分らのやらかしに責任を感じすぎてしまうと思ったからである。
ゆえにダークマンティスたちのやらかしの補填作業をタマモはみずから行うことにした。
そもそもの原因である木材の大量消費は、大量に作製された「フィオーレ」それぞれの木彫りの像によるもの。
木像自体はとても素晴らしいできではった。
ただ、そのために消費されたのが、本来なら本拠地建設用の木材だったということに目を瞑ればだが。
消費された木材は、木像となったため、どうあっても建築用資材にし直すことはできなかった。ゆえにタマモは新しく木材を加工していたのだ。.
これが実際の建築現場であれば、怒号が飛ぶどころか、鉄拳制裁&お説教+給料からの弁償というトリプルコンボが華麗に決まったところだろう。いや、最悪解雇処分となる可能性もあったことであろう。
が、クライアントであるタマモ自身が、ダークマンティスたちを責めることはしなかったうえに、新たに木材の加工をすることでダークマンティスたちのやらかしは事実上おとがめなしにはなった。
もっとも、ダークマンティスたちの主であるトワからはこってりと絞られることになったが、お説教だけで済んだだけマシであろう。
ダークマンティスたちもお説教だけという、ほぼおとがめなしなことは奇跡であることはを理解しているのか、しょんぼりと肩を落としながらも、いままで以上に張り切って仕事をしてくれている。
が、仕事をしているものの、自分たちのやらかしの補填をするタマモの姿にいたたまれなさを感じているからなのか、ダークマンティスたちはみなお腹を痛そうに擦っていた。
そんなダークマンティスたちの姿を横目に、タマモがひとりで木材の加工を行っていると、そのタマモの様子に溜め息を吐く者が現れた。
それがエリセであった。
エリセはいつものようにお弁当を持ってきてくれたのだが、昼休憩にもかかわらず、ひとり黙々と作業をするタマモを見て、事情を把握したのだ。
把握するやいなや、エリセはトワにタマモを即座に休憩させること、ずれ込んだ分だけタマモの休憩時間を長くさせること、そしてその間にタマモがひとりで行うことになった加工作業を当の張本人たちに任せることを認めさせたのである。
もっとも、エリセが言うまでもなく、トワ自身も同じことを考えていた。
が、コントラクターであるトワから、クライアントであるタマモを諫めるのはなかなかに難しかった。
特に今回のように自身の部下のやらかしを、クライアントみずからが補填してくれているという状況であればなおさらである。
実際はそんな場面など早々あるわけもないが、今回はその早々あるわけのない場面となってしまっていたため、トワとしてもタマモをどう止めるべきかを迷っていたのだ。
そこに鶴の一声となったのがエリセであった。エリセはこの場面において、唯一タマモを諫めることができる立場であった。
タマモ自身、「少しやりすぎかな」と思っていたこともあり、エリセの諫言は見事にはまり、かくしてタマモは休憩時間を本来よりも長めに取ることとなった。
タマモが休憩している間の加工作業は、エリセやトワの案通りに、ダークマンティスたちが担当することとなった。
加えて、自分たちにも多少なりとも責任はあるとリトルマンティスたちも助力することになった。
ダークマンティスたちにとってみれば、絶好の汚名返上の機会。その機会を逃すわけもなく、ダークマンティスたちは全力を賭して木材の加工を始めたのだ。
その姿を眺めつつ、タマモはお弁当であるいなり寿司を食べさせて貰っていた。
最初は、タマモも自分で食べていたのだが、途中からエリセがタマモの口元にいなり寿司を差し出してくれた。
人目があるというのにも関わらずなエリセの行動に、タマモは困惑しつつも、顔を真っ赤にしながらいなり寿司を食べた。
一度でも受け入れてしまえば、後はもう止めようがなかった。
エリセはタマモが咀嚼するたびに、新しいいなり寿司を箸で掴んでは、タマモの口元へと運んでいったのである。
一度受け入れたのに、もういいとは言えなかったタマモは、お弁当が空になるまでエリセに食べさせて貰っていった。
「どうしてこうなった?」と思いながらも、タマモ自身まんざらでもなく、エリセとの食事をしばしの間タマモは楽しんだのだった。




