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25話 タマモの意地

 眩しい光だった。


 常に同じ空模様である「アルト」の空。


 西日の明かりをぼんやりと眺めつつ、タマモは額に浮かんだ汗を拭っていた。


 表示される時間はすでに昼頃を回っており、タマモのお腹はかわいらしい音を立てていた。


 もっとも、どんなにお腹の音をかき鳴らそうとも、タマモは手を止めるつもりはなかった。


「あと、もうちょっとです」


 現在のタマモはトワとクーの配下の虫系モンスターズとともに、新本拠地建設のための作業中であった。


 具体的には梁とするための木材の加工中である。


 予定では足りるどころか、念のために多めに用意していたはずだったのだが、数がいくらか足りなくなってしまっていたのだ。


 おかげで木材の調達からしなければならなくなってしまい、タマモの今日の作業は調達から始まっていた。


 その調達も終わり、いまは梁にするための加工を行っていた。


 作業員であるトワとクーの配下である虫系モンスターズには、区切りのいいところで休憩するように伝えていたため、すでに彼らは休憩を行っている。


 休憩しているが、クーの配下はもちろんだが、トワの配下の虫系モンスターズも自分たちだけが休むのはと申し訳なさそうにタマモを見つめている。


 特にダークマンティスたちは、なにやら自分たちのお腹をさすりながら、とても居心地が悪そうな顔をしている。


 その様子を見てタマモは、この世界のカマキリ系のモンスターズにもハリガネムシに寄生されているのだろうかと思った。


 まぁ、実際寄生されているかどうかは定かではないが、ダークマンティスたちが居心地悪そうにしている理由については、よぉくタマモは理解していた。


 とはいえ、ダークマンティスたちが悪いわけではない。


 むしろ、張り切った結果なのだから、致し方のないことである。


 それにだ。


 ダークマンティスを始めとしたトワ配下の虫系モンスターズには有償ではあるが、協力してもらっている立場であるタマモにとって、ダークマンティスのやらかしについてとやかく言う筋合いはないと考えていた。


 それに──。


『……申し訳ありません、タマモ様。私の配下がご面倒をおかけ致しております』


 ──ダークマンティスたちは、すでに主であるトワからたっぷりとお説教を受けているため、これ以上とやかく言うのはかわいそうだとタマモは思ったのだ。


 そのため、タマモはダークマンティスたちのやらかしについては、とやかく言う気はない。


 ただ、作業監督としてやるべきことをやろうとしていまに至っているのだ。


 そんなタマモにその隣で申し訳なさそうに謝るトワ。今日は以前のように人の姿ではなく、本来の巨大な蝶の姿であった。


 人の姿よりも本来であれば表情は読みづらいのだが、いまのトワは表情はとても読みやすい。


 というか、居たたまれないのか、背中の翅をしきりに動かしているし、頭の上の触覚もなんだか右往左往しているようであった。


「気にしないでください、トワさん」


 タマモは気にする素振りも見せずに笑っていた。

 が、当のトワは「ですが」と申し訳なさそうに佇んでいた。


「いや、今回のは致し方がないのですよ。それにトワさんがすでにお説教をしているのに、ボクがとやかく言うのもなんですし」


『ですが、タマモ様。これはさすがに問題が』


「ははは、いいじゃないですか。先達として後輩にいいところを見せたいという気持ちは、ボクにも理解できますし」


『しかし、今回のはさすがに私の監督不届きかと』


「大丈夫、大丈夫。クライアントのボクが気にしていないのですから」


『ですが』


「気にしないでください。ね?」


 普段のトワでは考えられないほどに弱気な態度であったが、それだけトワは今回のダークマンティスたちのやらかしを気にしているようだった。


 やらかしと言っても、タマモ自身はさして気にしていないことである。


 それに材料調達も、農業ギルドで受付チーフであるリィンに「建築用木材の予備はありますか?」と尋ねるだけだったのだ。


 予備がなかったら、木材の調達に周辺のフィールドを探さねばならなかったが、リィンは念のためにと予備用の木材も手配してくれていたため、ギルドの倉庫から木材を取ってくるだけで終わったのだ。


 さすがに予備がなければ、タマモも少しはなにかを言ったかもしれないが、今回は予備がきちんとあったし、加工についてももう少し触れておきたかったこともあり、タマモとしては問題と思ってはいない。


 タマモ自身は問題としていないが、当のダークマンティスたちやその主であるトワにしてみれば、今回のことは問題として捉えざるをえないことだった。


 なにせ、ダークマンティスたちが調子を乗った結果、木材を消費してしまったのだ。


 ダークマンティスたちが木材を消費した理由。それはクー配下であったリトルマンティスたちに、自分たちの加工技術の粋を見せようとしたためである。


 具体的には作る予定のなかった木彫りの像を量産してしまったのである。


 ちなみに、木彫りする際に使ったのは彫刻刀ではなく、ダークマンティスたち自慢のカマである。


 そのカマを器用に振るい、ダークマンティスたちは渾身の木彫りの像を量産してくれたのである。


 なお、お題はタマモたち「フィオーレ」であった。


 結果、建設予定地には予定のなかったタマモたちの木彫りの像が大量に出来上がった。


 当初はダークマンティスのうちの一体が、自信の加工技術を見せようとして木彫りのタマモの像を作り上げたのだ。


 その精度、その速さは見事の一言に尽きるものであった。


 極めた造詣作品は、いまにも動き出しそうだとか、その場面を切り取ったようだという感想をよく言われるものだ。


 が、実際にその手の作品を目の当たりにすると、それ以上の感想が抱けないものなのだとタマモは、ダークマンティスの木彫りの像を見て思った。


 それ以外で思ったこととすれば、作製のために使用した木材は、本拠地建設用のものだということくらいか。


 とはいえ、元々小柄なタマモの木彫りの像に使う木材など全体から見れば、たかがしれている。


 木彫りの像一体分の消耗くらいならば、とタマモはあえて気にしないことにしたのだ。


 だが、それがいま思えば失敗だった。


 というのも、そのダークマンティスの技術の粋を見た、他のダークマンティスたちの職人魂が大いに刺激されてしまったのだ。


「その程度で図に乗るなよ」と言わんばかりに別の一体が、より緻密なタマモの木彫りの像を作製してしまったのである。


 すると、それが呼び水となり、他のダークマンティスたちも「ならば俺も」「私なら」と次々に木彫りの像作製に勤しみ始めたのだ。


 これはまずいと思ったタマモだったが、時すでに遅く、ダークマンティスたちは本来なら建設用の木材の加工を行ってしまっていたのだ。


 リトルマンティスたちも「あれ、これ、まずくない?」としきりにタマモに視線を向けていたものの、すでに建築用の木材には再加工できないほどに加工された木材を前に、タマモは匙を投げたのだ。


 できることがあるとすれば、ダークマンティスたちの職人魂が収まるのを待つことくらいであった。


 その結果、タマモたち「フィオーレ」の木彫りの像が量産されたというわけである。


 そして量産された分だけ、建築用木材が消費され、必要数を大きく割ることになってしまったのだ。


 これには視察に来たトワも絶句した。


『……あなたたち、なにをしたのか理解していますか?』


 絶句しながら、トワはとんでもない圧力をダークマンティスたちに放っていた。


 その圧にダークマンティスたちは自分たちのやらかしにようやく気付いたものの、すでに建築用木材を大量に消耗した後であった。


 だが、理解したからと言って、トワの怒りが収まるわけもなく、ダークマンティスたちはその日の残り作業時間をすべて使ってトワからのお説教を受けることになった。


 そしてそれはその日の作業が中断することと相成った。


 さすがに隣でお説教が展開される中で、作業なんてできるわけがなかった。


 その分翌日以降に作業時間を上乗せすることになり、そのことも含めてダークマンティスたちは居たたまれなさを感じているわけである。


 悪気があったわけではない。


 ただ、サービス精神が旺盛すぎたこと、職人魂がいらぬ場面で発揮されてしまったことのふたつによって、しなくてもよかったはずの作業をタマモは負うことになったのだ。


 当初はダークマンティスたちも手伝うはずだった作業。


 しかし、ダークマンティスたちもわざとではなかったし、加工以外にもダークマンティスたちは行うべき作業がある。


 やらかしたことは事実であっても、罰則のためにその作業を止めるのはいかがなものか。


 それに作業においてタマモはそこまで役に立っているわけでもない。


 ならば、とタマモは足りなくなった木材の調達と加工をみずから請け負ったのだ。


 正直ひとりでやる作業ではないと思うものの、一度言い出した手前、「やっぱり手伝って」なんて言えるわけもなかった。


 いわば、タマモなりの意地を張っているのだ。

 

 その意地を張った結果、木材の加工に関してはどうにか目処が立ちつつある。


 その分、休憩時間を削ることになっているが、致し方がない。そう思いながらも、タマモはせっせと木材の加工を行っていた、そのとき。


「……旦那様はほんまに意地っ張りなんどすさかい」


 はぁと大きく溜め息を吐くエリセの声が聞こえてきたのだった。

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