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22話 拗らせた想いとともに

 見慣れた天井だった。


 エリセがまぶたを開き、真っ先に目にしたのは見慣れてきた天井だった。


 実家、いや、住んでいたあばら屋同然の小屋の天井よりも、はるかに上等な造りをした天井。


 小屋の天井はだいぶ傷んでいたうえに、ところどころで腐っていた。それどころか、穴さえも空き、雨が降れば雨漏りもあったほど。


 東屋と比べれば四囲の壁がある分ましではあったものの、傷みきったうえに、ところどころで腐り、雨漏りもする天井を踏まえると、「本当に東屋よりもましか?」と首を傾げるところだ。

 

 そんなあの小屋と比べると、このコテージははるかに上等な住処だった。


 なによりも雨漏りをしないのが最高だ。


「妖狐の里」でも雨は降る。が、長雨の季節はなく、長くても数日ほど、しとしとと降り続けるくらいだ。


 だが、しとしとと降る雨でも、あの小屋の場合、小屋の中が水浸しになるほどには雨漏りをする。


 さすがに水没にまでは至らないが、近いレベルで悲惨な状況に陥ることは多々あった。


 その時々に比べれば、現状はなんとも恵まれたものだ。


 特に、最愛の人と想いを交わし合うことができることは、なによりも恵まれていると思える。


「……エリセ」


 不意に名前を呼ばれた。


 ぼんやりと天井を眺めていただけだったのだが、それでも起こしてしまったかとエリセが恐る恐ると視線を向けるも、当のタマモはすっかりと夢の中に旅立っていた。


「……寝言どすか」


 起こさなくてよかったと思う反面、驚かさないでほしいともエリセは思った。


 が、それ以上に眠りながらも求めてくれているのだと思うと、自然とエリセの頬は緩んでいた。


「……ほんまに旦那様は」


 緩まる頬を擦りながら、エリセは溜め息を吐く。


 溜め息を吐きつつも、頬は緩んだままだ。

 

 寝言で名前を呼ばれたというだけなのに、なんでこうも嬉しいのやら。


 緩みっぱなしの頬を揉みつつ、エリセはひとり悶々とする。


 悶々としつつも、視界の端にタマモを映すたびに、どうしようもないくらいに胸の奥が温かくなっていった。


「幸せって、こないな感じなんかいな?」


 いままで生きてきて、「幸福」という言葉をここまで感じたことはなかった。


 せいぜいが酒を飲んでいるときくらいだろうか?


 酒を飲んでいるとき、多幸感はある。


 が、同じ幸せであっても、基本的に「楽しさ」が先行し、「幸せ」と感じるのはそこまで多くはない。


 あくまでもエリセにとっての飲酒は「楽しい」のであって、「幸せ」を噛み締めるものではない。


 だが、タマモのそばにいることは、いままでになかった「幸せ」をエリセに与えてくれる。


 自分でも抑制できないほどに頬が緩むのも、その一環だろう。


 数百年の人生の中で、最も幸福な時間。まだ半年も経っていないというのに、いままでの人生で最も濃く、そして最も輝きに満ちた日々。


 この日々はこれからも続いて行ってくれる。


 それをエリセは感じ取れていた。


 眠りに就く少し前までは、不安に駆られていたのが嘘のようだ。


「……悪いことしたなぁ」


 タマモには本当に悪いことをしてしまった。


 よく確認もせずに、勝手に浮気判定をしてしまっていたし、その結果、勝手に不安に駆られてしまっていた。


 エリセが見たのは、せいぜい見知らぬ女性がタマモを膝枕しているところだけ。


 たったそれだけを見て、浮気判定をするなど、どれほど器が小さいのか。


 キスをしていたのであれば、浮気判定となるだろうが、そんなことをする様子は一切なかったし、そもそもそんな雰囲気もよく考えてみればなかった。


 なのに浮気判定は、いま考えればひどいものだ。


 それこそ、エリセがタマモに呆れられて、見捨てられてもおかしくないほどには。


 そう、よくよく考えればエリセの行動は、あまりにも褒められたものではなかった。


 むしろ、責められるべきことであろう。


 なのに、タマモはなにも言わなかった。


 それどころか、タマモみずから「自分が悪かった」と謝ってくれたのだ。


「なんで旦那様が謝るのか」と思いながらも、どうにも申し訳なさをエリセは感じていた。


 タマモが散々謝りつつ、誤解を解こうとする姿を見て、エリセは本当に誤解であったことを理解した。 


 誤解であったことをわかってからは、なんとも言えない申し訳なさを感じていた。


 いや、申し訳なさというよりも、居たたまれなさを感じていたのだ。


 あまりの居たたまれなさに、つい塩対応になっていたのだ。


 というか、居たたまれなさに打ち据えられすぎて、塩対応になるしかなかった。


 ……いま思うと本当に申し訳ないことをしてしまったものだ。


 その分、たっぷりと「奉仕」を、普段以上に「奉仕」をしたので、それでどうにか賄えたのであればいいのだけども。


「……許してもらえるかいな」


 たったそれだけで許して貰えるのかはわからない。


 わからないが、少なくともなにもしないよりかはましだったはず。


 ましだろうけれど、それでも罪悪感を拭うことはエリセにはできなかった。


「……旦那様」


 隣で眠るタマモを見やる。


 タマモは行為の疲れもあるが、昼間の建築の疲れもあり、すっかりと眠ってしまっていた。


 いや、行為も建築も関係なく、タマモは一度寝たら朝まで起きることはほぼない。


 時折起きることはあっても、それは本当に稀である。少なくとも今日は起きそうにはない。


「……かんにんえ」


 エリセは本心から謝罪をした。


 本当ならちゃんと起きているときに謝るべきだ。


 だけど、どうにも謝りづらい。


 というか、自分の器の小ささを見せつけるのが嫌なのだ。


「……はぁ、ほんまに」


 どうしてこうも拗れた性格をしているのやら。


 とはいえ、それもタマモにはお見通しだろうけれど。


「旦那様には敵わへんなぁ」


 惚れた弱みとでも言えばいいのだろうか。


 いまのエリセはまさにそれだ。


 惚れているからこそ、少しでもよく見せたい。


 だからこそ、自分の失敗を認めるのはあまりしたくない。


 それがかえってよくないこともわかっているのだが、わかっていてもどうにもならなかった。


「……情けないなぁ」


 自分の情けなさに打ちのめされながら、エリセはひとり溜め息を吐いた。そのとき。


「……エリセ」


 再びタマモに声を掛けられたのだ。


 また寝言かと思いつつ、視線を向けるもやはりタマモは寝ていた。


 寝ていたが、その顔はなんとも愛らしい笑みを浮かべていたのだ。


 その笑みを見て、いままでの重々しい感情がすべて消えてなくなってしまう。


「単純すぎだろう」と思うも、「単純のなにが悪い」とも思った。


「……ほんまに旦那様は」


 先ほどとは違う意味でエリセは同じ言葉を口にしていた。


「……おおきにな、旦那様」


 眠るタマモに言っても仕方がないと思うけれど、それでもエリセはタマモにお礼を言いながら、そっと頬に口づけを落とした。


 本当は起きているときにすればいいのだろうけれど、それはそれで恥ずかしい。


 やっぱり拗らせているなぁとエリセは思いながら、タマモに抱きつく形でまぶたを閉じた。


 旦那様の夢を見たいなぁと思いながら、エリセは意識を手放すのだった。

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