17話 夢幻の力
「──ふむ、なるほどな。鱗翅王が人の姿をしているわけがわかったわい」
「ええ、そういうことです」
「まぁ、鱗翅王の考えもわからんでもないな。婿殿は「夢幻の支配者」であるくせに、知識がないからのぅ」
「私もその点については驚きましたが、タマモ様のご事情を踏まえれば致し方がないと思いますわ」
「とはいえ、自覚がないのは問題ではある。そなたの行動は尤もと言えるであろうよ」
「そう言っていただけるとありがたく思います。風の君」
「かかかかか、なぁに、女子のためであれば、男児は聞き分けがよくなるものよ。それが美しい女子であればなおさらのぅ」
「あら、口がお上手ですこと」
「かかかかか、まぁ、事実じゃからな」
「あらあら」
タマモと聖風王による醜い争いが勃発して、しばらく経ち、タマモはトワと聖風王に挟まれる形でその場に腰を下ろしていた。
聖風王とトワはタマモについての話を、タマモ本人の前で行っていた。
内容はタマモの自覚のなさについてである。
特に「夢幻の支配者」という肩書きを持っているのにも関わらず、力の自覚があまりにも薄すぎることについてである。
とはいえ、タマモからしてみれば、「夢幻の支配者」となったのは今年に入ってからのことであり、肩書きを得た当初は、この世界をゲーム内世界だと思っていたときである。
しかも「鑑定」しても、詳細はほぼ不明。マスクデータがあるのはゲームとしてはお約束であるが、「EKO」の場合はその範囲があまりにも広すぎた。
リリースしてから約十ヶ月。まだ一年に満たない程度だが、最初のクラスチェンジへと至ったプレイヤーは日に日に増えていく。
が、中でもタマモは二度目のクラスチェンジを経ている唯一のプレイヤーである。
リリースして一年未満のオンラインゲームで、二度目のクラスチェンジを果たせたプレイヤーが出るというのはなかなかに珍しいことであろう。
そもそも、最初のクラスチェンジの条件さえもマスクデータであったのだ。そのさらに上位へとクラスチェンジできる条件判明はより時間が掛かるのは目に見えている。
そんな中でタマモが二度目のクラスチェンジを果たせたことは、もはや奇跡と言ってもいい。
実際、ほとんどのプレイヤーはタマモの二度目のクラスチェンジの報を聞き、驚きの声を上げている。
が、中にはタマモを「チーター」扱いするアンチも少なからず存在するようだが、大抵はあっさりとタマモないし「フィオーレ」ファンによって論破される。
それどころか、運営側から「タマモ様はチーターではありません」や「条件は公表できませんが、タマモ様は正規の手順を踏んで二度目のクラスチェンジへ至っております」という声明が出ているほどだ。
ファンによって論破されても、根強く「チーター」扱いをやめなかったアンチたちも、公式からの声明を受けてはなにも言い返すことはできなくなっていた。
それでもまだ完全にアンチがいなくなったわけではないが、「公式からの声明があったんですけど?」という一言にぐうの音も出なくなるというのが、現在の掲示板の主流となっている。
当のタマモにとっては、「擁護して貰えるのは嬉しいけど」というのが本音である。
が、アンチたちが言うようにチートなど使ってはいない。
というか、チートなど使えるような代物ではないのだから。
「EKO」の舞台である異世界「ヴェルド」は、実際の異世界であるのだから、その異世界に現実での機器などを利用してのチートなんてなんの意味もない。
しかし、アンチたちの言い分もわからなくはない。
傍から見れば、たしかにタマモのプレイスタイルで、プレイヤー中最速で二度目のクラスチェンジへと至れるのはおかしいと思うのも当然といえば当然だ。
タマモ自身、当事者でなければ、チート使用を一度は疑うだろう。
もっとも、公式が声明を出した時点で、疑いの目を向けることはなくなるが。
それでもなお、疑いの目を向けるアンチたちの熱量の高さには正直脱帽しかない。
逆に言えば、それだけアンチたちも「EKO」を楽しんでいるということ。
妬んだり、疎んだりするということは、それだけ「EKO」が好きだからだ。
好きだからこそ、自分よりも恵まれた環境に置かれた者を妬み疎むのだ。
嫌いなのであれば、最初から関わりなど持つことはない。好きの反対は嫌いではない。無関心なのだ。
好きだからこそ持つ熱量あって、アンチたちはどれだけ叩きのめされても、アンチとしての活動をやめない。
でも、それはあまりにも悲しいし、寂しいあり方だとタマモは思う。
そんなあり方ではなく、もっと純粋に楽しめるうちに、「ゲーム」としてのこの世界を楽しめればいいのにとさえ思うほどだ。かつてのタマモがそうだったようにだ。
いまのタマモにとって「ヴェルド」は、もうひとつの現実であり、その現実の中をタマモは生きているのだ。
「ゲーム」としてはもう楽しんでいない。いや、楽しむことはできない。
その代わりに、最愛の女性をふたりも得られた。
彼女たちとの日々を楽しむ。それがいまのタマモの原動力だった。
その原動力を以てしても足りないものがある。
それこそが聖風王とトワが指摘する認識不足なのだ。
元は「ゲーム」だと思っていたからこそ、タマモの認識は薄い。
なにせ、タマモにとってこの世界は元々「ゲーム」だったのだ。
現実かと思うほどに造り込まれた世界。その言葉自体はもはや陳腐と言ってもいいだろうけれど、一度体験するとそれ以外に言いようがなかった。
……実際には現実の異世界だったわけだから、ファンタジーな世界に憧れを持つ者たちがのめり込んでしまうのも当然ではあったわけだが。
そのファンタジーな世界出身者と元プレイヤーであるタマモでは、認識に差が出てしまうのは当然のこと。
今回の件も「夢幻の支配者なのに、なんでその能力についての認識が残念なのか」という聖風王とトワの言葉には、タマモは返す言葉がない。
タマモにしてみれば、「夢幻の支配者」というのはあくまでも特殊な能力を持った称号程度にしかすぎず、認識が足りていないと言われてもどう認識すればいいのかさえもわかっていない。
ただ、それも今回のトワが施してくれた手段、悪夢を見せられたことによって、この世界における悪夢というものがどれほどに恐ろしいのかがよくわかった。
悪夢だけではなく、「夢」そのものを支配下における「夢幻の支配者」がどれほどのものであるのかを、タマモは理解できた。
その理解も本来のそれには比べくもないのだろうけれど、まったく理解していないよりかはマシにはなったとタマモは思っている。
聖風王とトワにしてみれば、まだ足りないと一蹴されるだけなのは目に見えているのだが。
「……トワさんのおかげで、「夢幻の支配者」の力がどれほどのものなのかは、なんとなくわかりました」
「全然足りておりませんけど?」
「じゃな。婿殿の認識ではせいぜい「精神攻撃を一方的に与えられる」という程度であろう?」
「……相違ないです」
「では、まだ足りぬ。よいか、婿殿。「夢幻の支配者」とは、いや、「支配者」と呼ばれる上位者たちはこの世界における最上位の一角であるのじゃ。その中でも「夢幻」は支配者たちの中でも最上位に位置する」
「そう、なんですか?」
「ええ。私でも「悪夢」という形で対象者に精神攻撃を与えることは可能です。が、「夢幻の支配者」はその「悪夢」を現実にすることさえ可能となるのです」
「夢を、現実に?」
「ええ。それこそが「夢幻の支配者」が「支配者」たちの中でも最上位に位置すると言われる由縁であるのですから」
トワは真剣な表情を浮かべながら言う。その言葉に、その表情にタマモはトワが嘘を言っているとは思えなかった。
が、「悪夢」を現実にするというのは、具体的にどういうことなのかがわからなかった。
そんなタマモに今度は聖風王が口を開いた。
「そのままの意味じゃよ、婿殿。「夢幻の支配者」の力とは、「夢」という前提を壊し、その「夢」を現実に顕現させることじゃ」
「夢を現実に」
「そう。現実に顕現させられる。それが「夢幻の支配者」の本当の力なのじゃよ」
聖風王が断言した内容に、タマモはただ言葉を失うのだった。




