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13話 タマモとトワ

「──エリセっ!」


 タマモは声を荒げながら、愛おしい人の名前を口にした。


 息は自然と荒くなっており、視界もずいぶんと歪んでしまっていた。


 が、タマモは自身の変化よりも、エリセを、命の灯火が消えてしまったエリセを優先していた。


 どうにか、どうにか助けられないかと思いながら、その名を叫んだとき。


「……あれ?」


 視界に映るものが変わっていた。


 少し前までは、たしかに光を失ったエリセが、額に矢が突き刺さったエリセがいたはずなのに、いま見えるのは鬱蒼とした木々だった。


 木々の間からは淡い緋色の光が、木漏れ日となって差し込んでいるが、変容したエリセの姿はどこにもなかった。


「目を醒まされましたか、タマモ様」


 どういうことだと困惑しているタマモの耳に、穏やかな声が届いた。


 声とともになにやら目の前に真っ白ななにかが鎮座しているのが見える。


 これはなんだろうと思っていると、真っ白ななにかの向こう側から、知らない女性の顔がひょいとタマモを覗き込んだのだ。


「……えっと?」


 女性はなぜかタマモの名前を知っていた。


 だが、タマモはその女性を知らなかった。知らないし、会ったこともないはずなのだが、どこかで見覚えがある気がした。


「ん~?」


 覗き込んでくる女性の顔をタマモはまじまじと眺めた。


 髪は長く、色はまるで深緑のような、ちょうど森の木々を思わせるような緑色で、アンリの髪色よりもいくらか明るい。


 瞳は湖のような透き通った水色。いつまでも眺めていられるような色であるが、いつまでも眺めているとこちらの心の底を読まれてしまいそうに感じられた。


 顔立ちは非常に整っていて、すれ違えば誰もが目を奪われるであろうほど。誰もが認めるほどの絶世の美女だった。


 そんな絶世の美女は、真っ白なワンピースで身を包んでいた。ワンピースはそれなりに薄めであるからなのか、女性のボディラインははっきりと出てしまっている。いわゆるボン・キュッ・ボンという二次元キャラのようなスタイルをしている。


 正直なことを言うと、タマモにとっては非常に好ましい女性であるが、同時にタマモであれば、「一度でも見かければ忘れない女性」でもある。


 だが、その忘れないはずの女性を、どういうわけかはっきりと憶えていないのだ。


 どこかで会ったないし、見かけた記憶はある。


 しかし、それがどこでなのかやいつだったのかもわからないのだ。


「こんなにもきれいでスタイルのいい人を忘れるわけがないんですけどねぇ」と思いつつも、この女性がいったい誰なのかについて考えていた、そのとき。


「どうでしたか? 悪夢の味は?」


「え?」


「相当に辛かったでしょう? まぁ、この世界の悪夢というのは、得てして精神攻撃でありますから、堪えるのは当然と言えば当然のことなんですが」


 女性はどこか申し訳なさそうにしつつも、淡々と「悪夢」についてを語っていく。


 その内容に、いや、「悪夢」という言葉にタマモは女性の正体に勘付いた。


 そして「どうりで見覚えしかないはずだ」と納得したのだ。


「……トワさん、ですか」


「ええ。鱗翅王のトワです。そういえば、この姿をお見せするのは初めてでしたわね?」


 そう、目の前にいる絶世の美女の正体とは、トワだったのだ。


 タマモが知るトワの姿は、普段の巨大な美しい蝶の姿だけ。


 だが、以前一度だけ、「幻雪花」を納品した際に、タマモはいまの姿をおぼろげに見ていたのだ。


 見てはいたが、あくまでもおぼろげだったため、もっと言えば見間違いだったと思っていたため、見覚えがあるという程度の認識となっていたのだ。


 その見間違いだったはずの認識を、いま現実としてタマモは直面しているのだ。


「……えっと、実は一度」


「あら? そんなことありましたか?」


「「幻雪花」の納品に向かったときに、トワさんがひとりで踊られているのを見たんです。そのとき、いまのお姿をされているのを見たんです。まぁ、そのときは見間違いかなにかとしか思っていなかったんですけど」


「あぁ、あのときですか。たしかに、あのときも「人化」しておりましたから、ね。もっとも「幻術」で普段の姿となるように見せていたはずだったんですが、やはり「支配者」クラスには、それも「夢幻の支配者」たるタマモ様には完全には通じませんでしたのね」


 納得が言ったと言わんばかりに、トワは頷いていた。


 頷くたびに、胸元が大きく揺れ動いていた。


 その揺れ動くものに視線がつい向いてしまうタマモ。


 すると、トワはめざとく、タマモの視線に気づいたようで、にんまりと笑いながら、わざとそれを揺れ動かしていく。


 その動きに合わせて、タマモの視線はあっちへ行ったり、こっちへ行ったりと忙しなく動き続けていく。


「ふふふ、タマモ様は本当に好き者ですわね?」


「はっ!?」


「同じ女性であるはずなのに、そんなにもこの脂肪の塊がお好きなのですか?」


「……う、うぅ~、自然と目で追ってしまうのですよぉ。ボクの意思ではなく、体が勝手に動いてしまうのです!」


「……筋金入りですわね?」


 トワはタマモの返答に、頬を若干引きつらせていた。


 トワにとっては、タマモは好ましい人物であるが、それでもこの趣味趣向は少々引き気味となってしまうようだ。


 タマモの性別が男性であるのであれば、まだ理解はできた。


 男性というものは、大抵女性の体の部位のうち、もっとも女性らしさを象徴するそこに惹かれる者が多い。


 中には臀部だったり、脚だったりと人によって惹きつけられる部分は違えど、大部分の人はわりと共通してタマモのようにそこに惹かれる人は多い。


 が、タマモは男性ではなく、女性である。


 異性ではなく、同性であるはずなのに、なぜかタマモは女性の象徴たる部分に惹かれてしまうという事実。


 女性同士だから、触られるのが嫌というわけではない。


 ただ同性だからなのだろうか? 同性のそこが好きと豪語されると、やけに拒否反応が強まってしまっていた。


 とはいえ、それでタマモを嫌うというわけではない。


 嫌ってはいないが、少しばかり距離感を気を付けた方がいいかもしれない、とトワがほんのりと思うには十分すぎた。


 そしてそのことをタマモは、トワの反応からはっきりと感じ取り、若干、いや、大いに落ち込んでしまった。


「ふ、ふふふ、トワさんから変態さんみたいな目で見られるのは、とってもキツいですね」


「あ、いえ、別にそこまでは思っては」


「……そこまでということは、近いことは感じられたということですよね?」


「え、あ、その、なんと言いますか」


 トワはそれまでのはっきりとした物言いから、しどろもどろになっていた。


 さもありなんである。


 が、それがタマモにとっての救いになるというわけではない。


 より一層「やらかしてしまったのです」とタマモが、タマモ自身を責める原因となってしまった。


「ふ、ふふふ、いいのです。ボクが変態扱いされるのはいまに始まったことではないのですから」


「た、タマモ様、そんなに落ち込まないでください」


「いいんです。ボクなんか、変態でいいんですよ。ふふふ」


 ついにはタマモは自虐し始めてしまう。


 自虐を始めたタマモにトワは慌てていく。慌てながら、膝の上に寝かせていたタマモをそっと抱き起こした。


 ちなみに、タマモは先ほどから、いや、トワによって「悪夢」を見せられてからずっと、トワの膝の上で寝ていた。


 地面の上に寝かせるよりも、人の体となって膝で寝かせてあげた方がいいと思ったのだ。


 が、それがいまは逆効果となってしまっていた。


 トワもまた「失敗でしたわね」と思いつつも、どうにかタマモを宥めるべく、膝の上から抱き起こすと、トワはそのままタマモを抱きしめたのだ。


「落ち着いてくださいまし、タマモ様」


「だけど」


「少し衝撃的なだけで、別に嫌というわけではありませんので、落ち込まないでくださいませ」


「……本当ですか?」


「ええ、本当ですわ。だから、そろそろ、ね? 落ち着いてくださいな」


「……はい、わかりました。すみません、トワさん」


「いえいえ、お気になさらずにです。さて、それではもう少しお話をしましょうか」


「……はい、そうですね。お願いします」


「ええ、任されました」


 トワは笑う。その笑顔につられてタマモもまた笑っていた。


 笑い合いながら、ふたりはタマモが見ていた「悪夢」についての話を進めていく。


 その内容は笑いながらするものではなかったが、それでもふたりは気にすることなく笑っていた。


「……」


 笑いながらも真剣な話をするふたり。だからこそ、ふたりは気づけなかった。


 遠巻きからふたりの様子を窺う視線に、呆然となってふたりを見つめる視線の持ち主の存在に気づくことなく、ふたりはそのままの状態で、タマモがトワに抱きしめられたままの状態で、話を続けてしまっていた。


「っ!」


 そして、ふたりは視線の主が堪らず立ち去ったことにも気づくことはなかった。


 初夏とは思えないほどの、寒々しい風が吹く。寒々しい風が吹き抜ける中でも、タマモとトワの話は続いていったのだった。

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