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2話 知らない部屋

 実父である種なしが消えた後、エリセの目の前に広がったのは、広大な真っ白な部屋だった。


 天井は見上げることもできないほどに高く、壁は目を凝らしても見えないほどに遠い。


「……どこやろう?」


 はて、と首を傾げながら、エリセは辺りを見回すも、これと言って思い当たる場所はどこもなかった。


 強いて言えば、「風の妖狐の里」の里長であるリーゼの試練後の部屋に似ていると思える程度か。


 そのほかにはこれと言って、この大部屋に似た部屋など見たことはない。


「……夢やなかったんかいな?」


 種なしの顔を久しぶりに見たから、てっきり昔の夢だとばかり思っていたのだが、どうやら夢というわけではなかったようである。


 もっとも、夢であろうとなかろうと、エリセにとってみれば種なしなどどうでもいい存在でしかないのだが。


 血の繋がりがあると思うこと自体が穢らわしい。


 それこそ、できることならば種なしの血を取り除いて、母の血だけにしたいところである。


 ……そんなことなどできるわけもないのだが。


 仮にできたとしても、やるのであれば、エリセだけではなく、弟のシオンに対してもしてあげたいところだ。


 シオンは実父の顔を覚えていない。


 種なしはシオンが乳飲み子の頃に死んでいるので、シオンは種なしと話をしたことなどないのだ。


 もっとも話をする価値も、あの種なしにはなかったわけだから、記憶にないというのはある意味救いなのかもしれない。


 というか、シオンがあの種なしと話などしようものならば、シオンはまず間違いなく種なしを殴り飛ばしただろう。


 シオンは姉であるエリセを心の底から慕っている。


 慕われるようなことをした憶えは、エリセにはとんとないのだが、それでもシオンは一途にエリセを慕ってくれていた。


 そのシオンが、エリセを冷遇するどころか、エリセを「化け物」扱いする種なしと顔を合わせようものならば、まず間違いなく、シオンは種なしを敵認定することだろう。


 それこそ不倶戴天の敵と言っても憚らないほどに、種なしを実父ではなく、姉であるエリセを冷遇する腐れ外道と認識することになるだろう。


「……あの子ぉならありえるなぁ」


 あくまでも想像でしかないが、種なしがまだ存命であれば、起こりえた現実であったことは間違いないだろう。

  

 エリセとしては、シオンくらいは両親に愛されてほしいとは思っている。


 母は当然としても、あの種なしもシオンであれば愛情を向けることくらいはするだろう。


 ……その愛情がとんでもなく選民思想ゆえの偏ったものになることは間違いないのだろうけれど、それでも愛情であることには違いはないのだ。


 片親だけではなく、両親から惜しみない愛情を、シオンくらいは受けてほしい。


 もし両親が揃って存命であれば、エリセはシオンにそう言って諭したことであろう。


 エリセが言えば、さしものシオンもかなり渋るであろうが、最終的には頷いたことであろう。


 ……それでも種なしに対する態度は、かなりあけすけな酷いものであったことは想像に難くないわけだが。


「……あの子ぉは、ほんまにうちのこと、えらい好きやさかいなぁ」


 どうしてそこまで好いてくれるのかは、さっぱり理解できないが、それでもかわいい弟に慕われるのは悪い気はしない。


 が、良人であるタマモと触れ合っているときに、いつも気絶や吐血するのはどうにかしてほしいとは思うが。


 正直、なんでそこまでダメージを負ってしまうのだろうと思ったことは、一度や二度ではない。


 最初はずいぶんと大げさだなぁと思っていたが、良人曰く、「あれは本気だよ?」ということだったが、いくらなんでも本気で気絶したり、吐血したりなどするわけがない。


 そもそも、シオンの前でする触れ合いなんて、いまのエリセにとってはかわいいものである。


 いまやタマモとは肉体関係を持っているのだ。そのときのあれやこれを見せるよりかははるかにましなことなのだ。


 そんなかわいらしいやり取りを見た程度で、気絶したり、吐血を吐いたりするなど、本当にやるわけがないのだ。


 あれはシオンなりの演技、もっと言えば冗談なのだろう。


 冗談にしては、かなり迫真の演技であるので、もしエリセとシオンの間に「きょうだい」がいれば、シオンが跡取りでなければ役者の道を薦めたいところである。


 が、残念ながらエリセとシオンの間には、「きょうだい」はおらず、血の繋がった家族は、エリセとシオンのふたりだけなのだ。


 だからこそ、エリセはシオンにはできることなら幸せになってほしいと願っているのだ。


 エリセ自身が、タマモと出会ってから幸福な日々を歩めているように、シオンにもシオンなりの幸福な日々を歩んで欲しいと願っているのだ。


 だからこそ、このへんてこな部屋からはさっさと出ていきたいところなのだ。


「……見たとこ、脱出口は見えへん。そやけど、この手の状況やと、脱出口があらへんなんてことはありえへん。となったら──」

 

 冷静になって、状況をひとつずつ整理するエリセ。


 だだっ広い部屋は、一見脱出口が見えない。


 しかし、それはあくまでも見かけの上での話だ。


 完全に脱出口がないなんてことはありえない。

 

 必ずどこかに穴がある。その穴をどうやって見つけるのか。


 エリセはうっすらとまぶたを開きながら、周囲を見渡す。


 四方をじっと見回し、エリセは口を開いた。


「……もし、そこにおる方? そろそろ、お姿を現したらいかがどすか?」


 エリセが見つめるのは、エリセから見て数メートルほど後方。


 そこにはこれと言った物はなく、虚空だけが広がっていた。


 その虚空をエリセはじっと睨み付けるようにして見つめていた。


 すると、突然笑い声が響き渡ったのだ。


「堪忍なぁ。ちょいおちょくっただけなんよ」


 笑い声が響いたと思ったら、次にはエリセと同じ訛りの入った声が聞こえてきた。


 ……もっともエリセから言わせてみれば、かなりわざとくさいというか、違和感のある訛りであったが。


「……発音がちゃいますで? うろ覚えで話さへんほうがよろしいか思うけど?」


 いわゆるジト目でエリセは声の主がいるであろう方を見やる。


 その視線と発言に、声の主は「……まいった、まいった」と溜め息交じりになりながら、その姿を見せたのだ。


「……まさか、そこまで指摘してくるとは思わなかったな」


 困ったものだと言わんばかりに、溜め息を吐いて声の主は姿を現した。


 姿を現したのは、まるで花魁のような着物を身につけた、見たことがないほどに美しいひとりの妖狐族の女性だった。

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