EX-57 説明を終えて
「──というわけで、マドレーヌちゃんに懐かれてしまいまして、そしたら「姉様」と呼ばれるようになったんです」
だらだらと冷や汗が流れていた。
それこそ、珠のような汗なんてレベルではないほどに、タマモもマドレーヌも汗を搔きながら、事情の説明を行っていた。
いまはタマモが話をしているが、その視線の先にいるのはニコニコと笑っているユキナ。
タマモがメインに話をしているのも、当のユキナである。
ユキナに話をしているのは、ユキナの前でうっかりとマドレーヌと姉妹関係であることをばらしてしまったがゆえにである。
正確に言えば、ばれたのはユキナだけではなく、「フィオーレ」と「一滴」の面々のうち、プレイヤー組に対してなのだが。
が、プレイヤー組の中でも、ユキナの追及が止まってくれないのである。
他の面々は、「いつから?」という程度。もっと言えば、「気になると言えば気になる」という程度のものなのだが、ユキナだけは「どういうことなんですか?」と追及する手を緩めてくれないのである。
タマモとマドレーヌにとってみても、「なんでここまで」と思わなくもないのだが、あまりにもユキナの纏う雰囲気が恐ろしく、ふたりは習得したばかりの「念話」を用いて、急ピッチでの事情を構築していた。
本当の事情を話すことはできないこともあり、ふたりはそれらしい事情を構築するしかなかった。
もっとも、その事情も話し合いをしながら、おいおい構築していこうと決めていたのだが、その話し合いをする前にばれてしまったがために、急ピッチでの構築をする羽目になっている。
急ピッチとはいえ、話し合いの内容もほぼほぼ突っ込まれることがないようにしている。
たとえば、タマモのログイン時間がたまたまずれた日があり、その日に土轟王から呼び出しを受けた際、その時間帯にちょうどマドレーヌもログインしていたことがあったなど。
その具体的な日付についてもきちんと話をし、どうして土轟王に呼び出しを受けたのかの話もしている。
そしてそのときにいろいろと話をした結果、マドレーヌとの姉妹関係を結ぶことになった。
タマモもマドレーヌもお互いに一対一で話をしてみたかったこともあり、その際に意気投合をした結果でのこと。
言うなれば、ふたりの姉妹関係は、偶然が偶然を産んだ結果である、とふたりは言い切ったのである。
……正直、穴がある内容ではあるし、急ピッチに進めすぎて矛盾もある内容になっているが、急ピッチであることを考えれば、及第点と言えるもの。無難な落としどころと言える内容だった。
実際、ユキナ以外の面々は「へぇ」や「そうだったんだ」と頷いている。
ユキナ以外の面々は「そんなことがあったんだなぁ」としか思っていない。
ユキナ同様にタマモ大ファンであるフィナンでさえも、「いいなぁ、マドレーヌは~」と唇を尖らせるだけ。
フィナンもできることなら、タマモのことを「姉様」と呼べるのであれば呼んだみたいとは思っている。
だが、いきなり「姉様」と呼んでも困惑させるだけであるし、そもそも許しもなく、勝手に「姉様」と呼ぶのはいささか失礼であると考えているからだ。
さん付けと姉様呼びを比べると、姉様の方が親密さはあるものの、普通は一言断ってから呼ぶべきものだ。
もちろん、タマモであれば一言断れば、「いいですよ」と頷いてくれることだろうが、大ファンであるからこそ、そこまで一気に距離を縮めることが憚れるのである。
タマモがどういう人物なのかは、知り合って数ヶ月で十分に理解している。
理解しているがゆえに、フィナンは一足飛びに行動に移ることができないでいる。
むしろ、そんな大胆な行動に移れるのはマドレーヌくらいと考えてもいるため、フィナンはマドレーヌを羨ましそうに見つめていた。
タマモもフィナンの思考が読んでいるのか、それとも単純にフィナンの表情があけすけであるのかは定かではないが、タマモはおかしそうに笑っていた。
笑っているのは、タマモだけではなく、ユキナを除いたほぼ全員がおかしそうに笑って、フィナンを見つめていた。
……そう、ただひとりユキナを除いては。
「まぁ、そういうわけで、私は姉様の妹になったんだよ」
むふぅと鼻を鳴らしながらマドレーヌは胸を張る。
その顔はとてもドヤっとしたものだった。フィナンが「むぅ」と唸るほどには。
「ねぇ、マドレーヌ。交代しない?」
「やーだよ。姉様の妹は私だけだもん」
唸っていたフィナンだったが、それも一転し、両手を重ねてマドレーヌに交代するようにと頼み込むも、マドレーヌはそれを一蹴する。
フィナンは「なんでよぉ~」と再び不満を露わにするも、マドレーヌが取り合う様子はない。
そんなマドレーヌとフィナンを、タマモは優しく見守るようにして笑っていた。そのとき。
「……タマモさん、マドレーヌちゃん。本当にそれだけ、ですか?」
突如としてユキナがそんなことを言い出したのだ。
いきなりのユキナの発言にタマモもマドレーヌも「は?」とあ然とする。
いや、ふたりだけではなく、ユキナ以外の全員があ然とする中、ユキナはじっとふたりを見つめながら、再び口を開いた。
「なんだか取って付けたような言い訳みたいな内容だなぁと思ったので」
ユキナは無表情で言う。
その無表情がやけに恐ろしいが、タマモもマドレーヌも「事実、だけど?」と言い繕う。
が、ユキナはその答えでは満足しなかった。
「偶然に偶然が重なりすぎています。いくら偶然だからって、そこまで偶然って重なるものですか? 少なくとも私はそんな偶然っていままで一度もなかったんですけど?」
そう言って、ユキナは笑う。
笑っているが、その笑顔には明かな圧が込められていた。
そのあまりの圧にタマモもマドレーヌも頬を引きつらせる。
が、ここで引き下がるわけにはいかないふたりは、圧をひしひしと感じながらも話を続けた。
「まぁ、偶然が重なりすぎているとボクも思いますけどねぇ」
「姉様の言う通り。私も偶然って怖いなぁって思うもん」
「「だけど、事実は事実だから」」
ふたりはそれぞれに、ユキナの言葉に頷きつつも、あくまでも偶然の賜であると言い切ったのだ。
たしかに、ユキナの言う通り、偶然に偶然が重なるということはそうそう起こりえることではない。
むしろ、偶然など重なるようなものではないのだ。
だが、時には偶然が面白いほどに重なり合うこともある。
リアル小学生であるユキナにとってみれば、まだ経験がないことであろうが、少なくともタマモとマドレーヌにとってはその偶然が折り重なった結果が、いまの関係に至っていることは事実である。
実際のところは、偶然に近しい必然と言えるのかもしれないが、それでもいまの関係が偶然に偶然が重なった結果であるとふたりは自信を以て言うことはできた。
さしもののユキナもそこまで断定されると、否定の弁は出ないようで、「むぅ」と不満げに唸るのみ。
そこにフィナンが一言告げた。
「ユキちゃん。マドレーヌが羨ましくて、ヤキモチ妬くのもわかるけれど、ちょっと穿ちすぎだよ?」
同じくタマモの大ファンであるフィナンの言葉に、ユキナは声を詰まらせる。
声を詰まらせるが、すぐに「そ、そんなじゃないよ」と慌ててしまう。
否定はするユキナだが、その反応では事実ですと言っているようなものであり、フィナンは「まったく、もう」と呆れつつも笑っていた。
笑いながら、フィナンはユキナの頭をそっと撫でたのだ。
「私もタマモさんは大好きだけど、いまのユキちゃんみたいに困らせたいとは思わないよ?」
「こ、困らせるってなに?」
「そのまんまの意味だよ? だって、事情を説明してもらっているのに、「言い訳でしょう」なんて言われたら、困るでしょう、普通?」
「……そ、それは」
フィナンの言葉にユキナの勢いが萎んでいく。が、フィナンは構うことなく続けた。
「そりゃあ、私もね? 偶然が重なりすぎているなぁと思ったけれど、でも、そういうことってよくあるものだと思うけど?」
「……でも、私、そんなことないもん」
「そう? ヒナギクさんを「お姉ちゃん」と呼ぶようになった経緯って、わりとその偶然に偶然が重なったように思えるけれど?」
「そ、そんなことは」
「そんなことは?」
「……ある、かもだけど」
偶然に偶然が重なった経験などない、とユキナは言い切っていたが、フィナンによって「ヒナギクを「お姉ちゃん」と呼ぶようになった」ことを言われてしまう。
ユキナとヒナギクの経緯も、タマモとマドレーヌ同様に偶然に偶然が重なった結果でもある。
いまのユキナはそのことを棚上げにしているようなものである。
そのことを指摘され、ユキナはしどろもどろになっていく。
が、フィナンは攻め手を緩めなかった。
「あるならば、今回のことだってありえるってことだよね?」
「……それは」
「違う?」
「……違わない、けど」
「なら、いいじゃない。それに事実を言っているのに、これ以上怪しいみたいなことを言って、タマモさんに嫌われたらどうするの?」
「そ、それは」
「嫌でしょう?」
「……うん」
「なら、このことはこれでおしまい。せっかく美味しいものを食べているのに、その美味しいものを損なうようなことはするべきじゃないよ」
ニコニコと笑うフィナン。
その言葉と笑顔にユキナはついに陥落し、ユキナはタマモとマドレーヌに「……変なことを言ってすみませんでした」と謝ったのだ。
ふたりは「気にしていない」と笑った。
笑いながらも、ふたりが内心ヒヤヒヤしていたことは言うまでもない。
そしてふたりは思った。
「今後はユキナ(ユキ)ちゃんには気をつけよう」と。
申し訳なさそうに謝るユキナに、今後は最大限の注意を払おうと。ふたりは念話で話をしながら、そう頷き合うのだった。




