49話 試食会
トワからの協力を得られた翌日──。
「──というわけで、トワさんからの協力を無事に得られることになりました」
タマモとマドレーヌはそれぞれのクランメンバーを「フィオーレ」の現本拠地にと呼び出していた。
正確に言えば、本拠地であるコテージ内ではなく、コテージ外にある丸太を使った休憩スペースにだが。
一般プレイヤーから見れば、アンリとエリセにフブキのNPC組を含めれば、「フィオーレ」と「一滴」のメンバーは総勢十人。
「フィオーレ」だけでも、現在のコテージでは手狭すぎるのに、そこに「一滴」の三人も追加となれば、もはや座る場所どころか、立っている場所もないほどである。
前回の会議の際は、タマモとヒナギクが進行役と書記役になっていたため、どうにかなった。
だが、仮に今回もふたりが同じ役目になったとしても、さすがに八人が座れるほどのスペースは現在の本拠地内にはない。
かと言って、別個で呼び出しをするのも面倒であるし、同じ話を二回も行うのは憚れた。
ならば、とタマモとマドレーヌは一度に話を終えるために、こうしてそれぞれのクランのメンバーを一堂に会したのだ。
それに「フィオーレ」と「一滴」は今後、同じ本拠地を使うことになっている。
言うなれば、合併することが決まっているようなものだ。
もっとも、合併というのも傍から見ればの話であり、「フィオーレ」としては新本拠地の空いている部屋を「一滴」の三人にそれぞれ無料提供するというだけのこと。
もっと言えば、「一滴」と「フィオーレ」が新本拠地をシェアすることが決まっているというだけのことである。
シェアすると言えば聞こえはいいのだが、実際のところは居候同然である。
マドレーヌを含めた「一滴」側は、当然ただで居候なんてするつもりはない。
それこそ新しい看板娘として、併設予定の新店舗での労働などで家賃分を稼ぐつもりではいるのだが、当のタマモたちが家賃を受けとってくれるかどうかはまた別である。
とにかく、ふたつのクランが同じ本拠地をシェアすることには変わりないのだ。
となれば、当然今回の経緯についての説明をそれぞれに行うのは必須。
特に、トワからの協力を取り得た功労者である「一滴」とユキナに関しては謝礼をするのもまた必須である。
が、やはり同じ説明を二度も行うのもだし、それに功を労うのがタマモだけというのも考えものだった。
よって、「フィオーレ」と「一滴」を一堂に会しての説明会が成り立ったのだ。
その説明会の冒頭において、タマモは今回の説明会を開いた理由と経緯、そして功を労いから始めることにしたのだ。
理由と経緯に対しての説明はいま終わり、これからは労いの時間となる。
「今回のトワさんからの協力を得られたのは、「幻雪花」あってのもの。その「幻雪花」を育ててくれたユキナちゃんと「一滴」の皆さんの功を労おうと思います」
タマモは淡々としながら、丸太のテーブルの上座、いわゆるお誕生日席から立ち上がると、「フィーレ」と「一滴」で左右に別れた側の「一滴」側へと向かっていく。
なお、ユキナも今回の件での功労者であるため、本来なら「フィオーレ」側であるのだが、今回は「一滴」側に座って貰っている。
「一滴」側の四人に向かってタマモは歩きながら、それぞれの席の前にインベントリから取り出した一皿を置いていった。
タマモが取り出したのは、いわゆるパンケーキである。
それもただのパンケーキではない。
土轟王にお願いして特別に分けてもらった特殊な小麦とやはり土轟王由来の「幻雪花」の花の蜜を使用した、ヒナギクたちとの合作の特製パンケーキである。
なお、その「鑑定」結果は──。
まぼろしの銀雪パンケーキ
レア度 70
品質 A
幻の小麦である「銀雪穂」と「幻雪花」の花の蜜をふんだんに用いた、世にも珍しい純白のパンケーキ。純白のパンケーキの上に掛かる黄金の蜜とのコントラストは食べるのを躊躇するほど。なお、焦げ目はありませんが、ちゃんと火は通っていますのであしからず。食後三時間全ステータス上昇(大)の効果あり。
──というトンデモ内容となっていた。
レア度は驚きの70。「幻雪花」のレア度が64もあることを踏まえると、当然のレア度と言えなくもない。
加えて、全ステータス上昇(大)のバフもありという、まさにトンデモ内容である。
どう考えても現時点での最高峰と言える逸品となったのだ。
その逸品をタマモはマドレーヌたち四人の前に置いていった。
パンケーキについては、マドレーヌも知らされていなかったため、マドレーヌは「え? え? え?」と困惑していた。
が、困惑しているのはほかの三人も同じだった。
だが、マドレーヌ以外の三人は驚き以上に、言葉を失っていたのだ。
「……きれー」
「……すごい」
「なんですか、これぇ」
ユキナたち三人は揃って語彙を失い、目の前のパンケーキに目を奪われていた。
「鑑定」結果にもあったとおり、世にも珍しい、焦げ目の一切ない純白のパンケーキと、その上にかかる黄金の蜜のコントラストはあまりにも美しかった。
これからこれを食べると思うと、儚さが加わり、より美しさに磨きが掛かるのだ。
黄金の蜜が掛かっても、パンケーキの白さは変わらない。色は変わらないのに、時間の経過につれてその身に黄金の蜜がゆっくりと浸潤していく。
香り高い小麦の匂いと花特有の蜜の香りが合わさり、まだ食べてもいないというのに、涎が出てしまう。
その涎をどうにかマドレーヌを含めた四人は呑み込みながら、目の前のあまりにも美しすぎるパンケーキを見つめていた。
「まだ温かいうちにどうぞ。今回の謝礼です」
タマモは四人にウインクしながら笑いかける。
タマモガチ勢であるユキナとフィナンはそれだけで胸を押さえて「うっ」となってしまったが、目の前にあるパンケーキを潰すわけにはいかず、気合いで耐えきっていた。
が、当のタマモはふたりの様子に気づくことはなく、「ささ、どうぞ」と笑いかけるのみ。
マドレーヌとクッキーは「大変だなぁ」と思いつつ、パンケーキとともに置かれたナイフとフォークを手に取った。
ふたりに遅れて、ユキナとフィナンもナイフとフォークを握り、四人一斉にパンケーキにナイフを入れた、そのとき。
「「「「うわぁ」」」」
「幻雪花」の蜜が浸潤していたパンケーキから小さな火花のようなものが飛び上がったのだ。
実際には火花ではなく、浸潤していた蜜がパンケーキから溢れただけ。
だが、溢れただけの蜜は火花のように宙に弾けたのだ。
音もなく弾けた蜜からは、蜜本来の香りと浸潤した際に合わさったのか、香り高い小麦の匂いのふたつが芳香が周囲を漂っていく。
まるで四人の功を労う祝砲のごとく。
芳香とともに打ち上がった小さな黄金の祝砲。
四人にとっては、まさにこの世のものとは思えない絶景となった。
その絶景に酔いしれながら、四人はナイフを動かし、一口大に切り分けたパンケーキにフォークを刺し、とろとろの蜜を垂らすパンケーキをついに口へと運んだのだ。
その瞬間、四人は一斉に目を見開いた。そして同時にまぶたをぎゅっと閉じた。まぶたを閉じながらも頬は紅く染まり、唇はわなわなと震えていた。その震えは唇だけに留まらず、全身へと広がり、そして──。
「「「「お、美味しいですぅ!」」」」
──四人は一斉に叫んだのだ。
そこから先は、あっという間であった。
四人は言葉を忘れたように、パンケーキを切り分けては口に運び、そのたびに体を震わせていた。
いつしか四人の目には涙が溜まっていた。涙目になりながらも四人の手は止まることはなかった。
ほどなくして四人の皿の上からパンケーキは同時に消失した。
「「「「……ごちそうさまでした」」」」
お決まりの挨拶を口にしながら、無念そうに俯く四人。
そんな四人を眺めつつ、タマモはそれぞれのお皿を回収すると、代わりの一皿を四人の前に置いた。
その一皿には同じパンケーキが鎮座していた。
「一皿じゃ足りないと思いましてね。お代わり分も用意してありますよ。それも全員分です」
そう言って、タマモは「フィオーレ」側に座る面々と自身の分のパンケーキを取り出した。
「フィオーレ」側の面々もようやくかと言わんばかりに「待っていました」と喜色にその顔を染めていく。
「ここからは試食会と行きましょう。それでは、いただきます」
タマモは自身の席に戻り、食前の挨拶を口にする。
タマモに合わせて、全員が食前の挨拶を口にして、パンケーキの試食会は始まったのだ。
身もだえするような甘く美味しい絶品のパンケーキ。
その味にタマモたちは絶賛しながら、試食会はつつがなく進んでいったのだった。
次回から特別編となります。




