44話 暑い日差しの下で
照り返しが強かった。
日に日に照り返しが強くなり、その分だけ汗をよく流すようになっていた。
現実でも、少しずつ気温は高くなっているが、それは「ヴェルド」内でも変わらない。
日に日に暑い日が増えていく。
まだ真夏日にはなっていないものの、真夏日が今後は少しずつつ増えていくのは、誰もが理解していた。
が、まさか「ヴェルド」内でも真夏日近い気温が訪れることがあるとは思っていないプレイヤーもいたようで、「暑いなぁ」と漏らす者もそれなりに多かった。
それは地下空間にある地中農園内でも同じだった。
隠すものもない砂漠の入り口の地下深くにある地中農園は、本来年中適温で過ごせるのだが、ここ最近の地中農園は、外界の気温に引っ張られているのか、やけに暑くなっていた。
上空から差し込む強い日差しは、世界樹を通してマドレーヌたちの頭上を照らしていた。
いつもであれば、世界樹の葉が日差しをある程度遮蔽してくれるのだが、今日の日差しはあまりにも強すぎて遮蔽していても、気温の上昇に対してあまり歯止めになっていなかった。
その結果、マドレーヌたちは、地下深くにおいてもなお、暑さに苦しめられていた。
「あっついぃ~」
ふへぇと熱い吐息を漏らしながら、マドレーヌは舌を覗かせて倒れ込んだ。
「マドレーヌちゃん、お行儀悪いよぉ~」
そう言って、ユキナはマドレーヌの隣でぐでぇと倒れ込んだ。
「ユキちゃんも人のことを言えないよ~?」
ユキナの隣では、フィナンもまた体を火照らせながら横になっていた。
「……いや、全員だらしなさすぎでしょう?」
ただひとりクッキーだけは、暑い日差しに負けて倒れ込むことなく、麦わら帽子とタオルを身につけて木陰に腰を下ろしていた。
マドレーヌたち三人も、クッキーと同じく麦わら帽子とタオルを身につけているが、それでもまだ夏でもないのに、暑い日差しに負けてしまっている。
クッキーも暑さには参っているものの、それでも三人ほどではないのか、いくらかの余裕は感じ取れる。
とはいえ、完全に余裕があるわけではない。
あくまでもマドレーヌたちに比べれば、余裕があるように見えるだけであり、実のところはクッキーもかなり堪えてはいる。
が、マドレーヌたちのように木陰に入るやいなや倒れ込むほどではないだけである。
「クッキーちゃんだけ、どうしてそんなに平気なのぉ~」
ぐでぇと倒れ込みながら、ユキナはまるで批難をするような口振りで尋ねる。
実際のところは、批難するつもりなんてユキナには毛頭ない。
いつもであれば、そういう風に取られるような
ことを言うユキナではない。
しかし、その日の暑さがそれほどまでにユキナを追い込んでいたのだ。
その結果、ユキナは勘違いされやすい発言をしてしまっているうえに、自分がなにを言ったのかも理解していないのである。
当然、クッキーもそのことは理解しており、「平気と言われてもなぁ」と軽い口調でユキナに向かってうちわを扇いでいた。
うちわによる風を浴びて、ユキナは「あぁ~」といくらか野太い声をあげながら、気持ちよさそうに表情を緩ませていく。
「私の場合は、真夏でもランニングして慣れているからかなぁ?」
「うへぇ~。真夏にランニングとか狂気の沙汰だよぉ~」
そう言ったのは、「一滴」のマスターであるフィナン。その顔ははっきりと「ありえない」と書かれており、クッキーの発言にドン引きしているのは明らかであった。
「いや、狂気の沙汰って。真夏にランニングしている人結構いるでしょう? ねぇ、マドレーヌもしているでしょう?」
「ん、ん~。していると言えばしているけれど、私の場合は日が落ちてからだからなぁ。夜は危ないからっていつもおじいちゃんが付き添ってくれているけれど」
「そうなの?」
「そうだよ。っていうか、真夏に真っ昼間から走るのは、フィナンの言うとおり狂気の沙汰だよ? 下手したら熱中症か、脱水症状でぶっ倒れるよ?」
「そ、そうかなぁ~?」
クッキーはマドレーヌの言葉に困ったように頬を搔いていた。
が、実際真夏のランニングはなかなかに危険な行為である。
それも気温の高い日中のランニングは狂気とまでは言わないが、熱中症ないし脱水症状との戦いになることは請け合い。
どれほどランニングに慣れている人であっても、真夏の日中でのランニングは避け、日が落ちて気温がいくらか落ち着いた夜間でのランニングを行うことが多い、というか、望ましいとされている。
ランニングは健康のために行う人も多い趣味にして、トレーニングでもある。
が、その結果病院に搬送なんてされたら笑えない事態である。
ゆえに、クッキーのように真夏に日中のランニングは控えるべきである。
もっとも、当のクッキーにはあまり効果がないようで、「そこまでかなぁ」という体を崩さないでいる。
「でも、日中でも肉体労働する人とかいるわけだから、問題ないんじゃないかなぁ」
「いや、それはそうだけどさ。そういう人たちって、水分と塩分の補給に、きちんと休憩もしているからね?」
「私もしているよ?」
「……あんたの場合は休憩になっていないからね?」
「そ、そうかな?」
「そうだよ」
マドレーヌは真顔でクッキーに告げた。
それはフィナンとユキナも同じで、ふたりも真顔で頷くほどだ。
ちなみに、クッキーの休憩というのは、せいぜい信号待ちをしているときや、水分補給のついでに公園で五分ほど休むというレベルである。
……去年、クッキーに誘われて四人全員で真夏の日中ランニングを行った際、クッキーの休憩を知り、マドレーヌを含めた三人はありえないものを見る目でクッキーの行動を見ていた。
さすがにクッキーのそれには付き合えず、三人は早々にランニングを切り上げて、最初の休憩として選んだ公園で三人は留まり、クッキーは「仕方がないなぁ」と言って、公園周辺を十週ほどしてその日のランニングを終えたのだ。
それから一年経っているのだが、いまだクッキーの暴挙とも言える行動は改善されていないようだった。
「とりあえず、しばらく休憩だからね」
「どのくらい?」
「えー、そうだなぁ。三十分くらい?」
「長くない? 十分くらいで」
「「「短すぎるから」」」
「……そう、かな?」
「「「そうだよ」」」
クッキーが長すぎると不満を漏らすも、即座にマドレーヌたちが否定したため、さすがのクッキーも言葉を濁すことしかできなかったようだ。
「とりあえず、続きは三十分後でけってー」
「「異議なーし」」
「……長すぎる気がするんだけどなぁ」
マドレーヌが告げ、フィナンとユキナが同意する中、クッキーだけは若干の不満を持っているようだったが、さすがに三対一では勝ち目はない。
クッキーは溜め息を吐きながら、うちわを片手に広がる畑を眺めていた。
そんなクッキーをマドレーヌは密かにじっと見つめていた。
しかし、その視線にクッキーは気づくことなく、暑い日差しが照らす自分たちの畑を眺めていた。
「暇だなぁ」
そんななんとも言えないぼやきを口にしながら、クッキーは口にしたとおりに、暇そうに頬杖を突いて休憩時間が終わるのを待っていたのだった。




