巡り巡って解けゆきて
あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。
大晦日の更新のマドレーヌ視点となります。
気に入らない。
どうしてか、そう思った。
私はずっと一緒にはいられない。
なのに、あの子はずっと姉様と一緒にいられる。
それがひどく気に喰わなかった。
……自分勝手で、幼稚な嫉妬であることはわかっている。
それでも、どうして気に入らなかった。
あの子を見るだけで、少しだけ腹が立った。
どうして、と思った。
なんで、とも思った。
それでも、一度点いた火を消すことはできなかった。
だからこそ、私は自分でどうかと思う態度を取ってしまっていた。それはその日も同じだった。
「着いて来ないでよ」
短い一言を告げた。
目の前にいるのは、私よりも見た目が幼い女の子。
姉様のそばにいることが唯一許されているのだと言わんばかりの態度の女の子。
「……そう言われましても」
困ったように彼女は言う。
まぁ、困るよねとは思う。
だけど、同情はできないし、する気もなかった。
「姉様になんて言われているかなんて知らないけれど、私は少なくとも着いてきて欲しくないの」
「ですが」
「ですがもなにもない! 来るなって言ってんの!」
語尾を強めると、彼女は一瞬びくんと体を震わせた。
かわいそうなことをしているという気持ちはある。
でも、その一方で震える姿をひとつとっても、まるでぶりっこのように思えてしまった。
そうやって「かわいそうな女の子」として振る舞おうとしているだけでしょう、と嫌なことを考えてしまう自分がひどく情けなくなった。
それほどまでに、自分を抑えきれないほどに、私は彼女が、フブキちゃんが嫌いだった。
……その日を迎えるまでは。
その日、私はフブキちゃんと一緒に姉様に頼まれて買い出しに向かっていた。
ようやく完成した新店舗。
そのお披露目の前に悲しいことが、あまりにも悲しすぎることが起きてしまった。
それでも、姉様は気丈に振る舞われていた。
だけど、気丈に振る舞いつつも、おひとりでいるときは、いつも声もなく泣かれていた。
その同時期に、フブキちゃんは、姉様の従者となった。
決して笑うことのない従者に。
少なくともそれまで遠目で見ていた彼女は、いつも笑っていた。
従者として振る舞いつつも、笑顔を絶やさないでいた。
けれど、あの事件が起きてからは、フブキちゃんの顔から笑顔は消えてしまった。
姉様はそんなフブキちゃんに優しく接しておられていた。
……それが私には気に入らなかった。
フブキちゃんの事情はわかっている。
姉様にも事情は説明してもらっていたし、私も実際に現場を見ていたからわかっていた。
それでも、と思った。
なんでその子ばかりなんだろうと思ってしまった。
情けないとは思う。
つまらない嫉妬だとも思う。
それでも。
それでも、私は一度点いた嫉妬の火を消すことができずにいた。
姉様だけじゃなく、レン様やヒナギクさんにも窘められることがあった。
それでも、私はフブキちゃんへの態度を改められなかった。
そんなある日、姉様から買い出しを頼まれた。
それもなぜかフブキちゃんと一緒にだ。
正直意味がわからなかった。
だけど、姉様からは「フブキちゃんをお願いするね」と言われてしまっていた。
だから、姉様の言う通りにするしかなかった。
姉様の言いつけ通りに、フブキちゃんと一緒に店舗兼本拠地を出て、アルトの街へと買い出しに向かった。
アルトの街はいつも通りに夕日に包まれていて、足早に行き交う人々ばかりだった。
その中で何人がプレイヤーであり、何人がNPCという扱いになっているのだろうかと思ったけれど、話題を投げ掛ける気にはなれなかった。
フブキちゃんは街中に出ても、ずっと黙っていた。
私は主人ではない。
でも、フブキちゃんの主人になった姉様の妹分だ。
言うなれば、フブキちゃんよりも立場は上のはず。
なのに、なにも言わずに黙っているというのはどういうことだろうかと思った。
……とはいえ、話し掛けられたとしても、返事なんてしなかったんだろうけれど。
あぁ、本当に嫌になるくらいに私は子供だなぁと思うよ。
だからこそ、ついついと言わない方がいいことを口にしてしまった。
「もう帰りなよ」
「え?」
「買い出しなんて私ひとりでもできるし」
「ですが」
「ですがもなにもない。帰って」
はっきりとそう突き付けてしまった。
その言葉にフブキちゃんは困ったような顔をしていた。
……その顔にひどく腹が立った。
まるで聞き分けのない子供を見ているかのような、その顔に腹が立ったんだ。
「ねぇ、聞いてんの? 来るなって言ってんの」
「ですけど」
「うるさいな、私はいらないって言ってんだから、帰れ」
……いまでも本当にひどいことを言ってしまったなぁと思う。
それでも、そのときはそれが正しいと思ってしまい、私はつい言い過ぎてしまった。
それどころか、着いてくるなと言ってフブキちゃんを置いて駆け出してしまったもの。
フブキちゃんは手を伸ばしながら、その場で佇んでいた。
一向に追いかけてないことに私は安堵しつつ、なんとも言えない落ち着きのなさを感じていた。
それでも、言いつけの通りの買い出しを行い、本拠地に戻った。
先にフブキちゃんも帰っているだろうと思ったのだけど──。
「あれ? フブキちゃんは?」
──姉様のそばにフブキちゃんはいなかった。
そばにいないどころか、本拠地のどこにもフブキちゃんはいなかったんだ。
「先に帰ったんじゃ」
「帰ってきていないよ?」
姉様の返答に私は「……え?」とあ然となった。
私の様子に姉様は「なにがあったの?」と尋ねられた。
私は尋ねられるままに答え、姉様に叱られた。
「頼むね、って言ったよね? なのに、なんで」
「……す、すみません」
「私に謝っても。あぁ、もういい。探しに行かないと」
姉様は慌てられていた。
慌てられていたのは、姉様だけじゃなく、レン様やヒナギクさん、アンリさんも同じだった。
姉様たちだけじゃなく、ユキちゃんやフィナンたちも同じように慌てていて、その様子を見て私は自分がなにをしてしまったのかをようやく気づけた。
……自分がどれだけ幼稚であることに気づけたんだ。
「私が行きます!」
罪悪感とともに私は本拠地を飛び出した。
後ろから「マドレーヌ!」という姉様の声が聞こえたけれど、止まることなく、私はアルトの街へと駆け戻っていた。
買い出しに行ったお店を逆順に巡った。
もしかしたら私を追いかけて、お店に向かっているのかもしれないと思ったから。
けれど、フブキちゃんはいなかった。
お店の人に聞いても、「見ていない」という返事しかなかった。
いったいどこに行ったのかと思いながら、最初のお店へと向かうための道に、農業ギルドへと続く道を歩いていたとき、私はフブキちゃんを見つけたんだ。
フブキちゃんは、道の端で体育座りしていた。
いまにも泣きそうな顔で、「エリセ様」と呟きながら。
その姿に私は自分がとてもひどいことをしていたことに、ようやく気づけたんだ。
でも、すぐに謝ることはできなかった。
どうして帰らなかったのかと尋ねると、フブキちゃんは「もう居場所なんかない」と言っていた。
居場所ならあるでしょうと思ったけれど、そのときのフブキちゃんの目はとても暗く澱んでいた。
私がここまで彼女を追い込んだ。
本当に許されないことをしてしまった。
罪悪感がふつふつと沸き起こる中、フブキちゃんは自分がいなくなればよかったなんて言い出してしまった。
そんなことあっていいわけがないのに。
そもそも、そんなことを言ったら、エリセさんの行動がすべて無駄になってしまうじゃないか。
声を荒げて言うことは簡単だった。
だけど、私は声を荒げずに淡々とした口調で、傷付ききったフブキちゃんを抱きしめながら語ったんだ。
エリセさんがそんなことを望んでいるわけがない、と。
エリセさんのために笑えるようになって欲しいとも。
フブキちゃんは「そんなに強くない」と泣きながら言っていた。
その姿はどうしてだろう?
かつての私に、おばあちゃんが亡くなった当時の私に重なって見えた。
気付いたときには、こう言っていた。
「今度から私がお姉ちゃんになる」と。
エリセさんの分まで、私がフブキちゃんを守ってあげると。
フブキちゃんは最初きょとんとしていたけれど、「ほら、笑顔を作って」と無理矢理頬を引っ張って笑顔にしてあげた。
フブキちゃんは困惑していたけれど、次第に笑顔になってくれた。
そうしていると、姉様たちが追いつかれてきて、私とフブキちゃんは姉様たちに事情を話すと、すぐに「仕方がないなぁ」と許してくれた。
ただ、当分は皿洗いをふたりでするようにと厳命をされてしまったけれど。
やらかしを皿洗いの罰則で許して貰えるなら安いものだと私は思った。
けれど、フブキちゃんは顔を青くしていた。
その理由は、新店舗が正式にオープンしたときに、嫌になるくらいに痛感した。
ふたりでもヘトヘトになるまでこき使われてしまったけれど、その甲斐あって私はフブキちゃんのお姉ちゃんになれたんだ。
「──今後もよろしゅうおたのもうします、マドカ様」
フブキちゃんはずいぶんと久しぶりに笑ってくれた。
その笑顔に「私こそ」と言って、私たちは握手をした。
こうして私とフブキちゃんは、姉妹となることができたんだ。
その理由が私のくだらない嫉妬なのは、恥ずかしいけれどね。
でも、その恥ずかしさを今後も忘れないようにしたい。
もう二度とフブキちゃんを泣かさないために。
だって、私はフブキちゃんのお姉ちゃんなのだ!
だから、もうかわいい妹を泣かさない。
そのために、私は私の失態を忘れない。
失態を教訓にして、私は私のできる限りの力を以て、フブキちゃんの笑顔を守っていこう。
それがいまの私の誓いなのだから。
改めまして、今年もよろしくお願いします




