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41話 蛍火の夜会

 温かな光だった。


 闇夜をほのかに照らす灯りが、黄色みを帯びた緑色の灯りが、闇夜を切り裂くようにして無数に飛び交っていた。


 羽音は聞こえない。


 灯りの元である蛍たちが、静かに夜空を舞っていた。


 あちらこちらへと飛び回る様は、でたらめなもので、昼間で見れば特に思うこともないだろう。


 だが、昼間ではなく、夜に見ると印象はがらりと変わる。


 正確にはでたらめだった軌道に、ほのかな灯りが伴うことで、幻想的な光景へと変わった。


 そして母体数が増えるほど、その光景は息を呑むようなものへと変わっていき、いまや圧巻とも言えるほどの壮大なものになっていた。


 夜の闇を照らす蛍の光。その灯りはとても温かく、そして静かだった。


 そこに湖の水面が反射し、より明るく夜空を照らしていた。


 ただでさえ、無数の蛍たちによる共演で幻想的な光景だったのが、湖面の反射が加わることで幻想的な光景はより加速し、神秘的な光景へと変わっていた。


 そんな神秘的な光景をタマモはぼんやりと眺めていた。


 タマモがいるのは、土轟王の拠点である地中農園。その一角にある湖にと足を運んでいた。


 その湖畔にいるのはタマモだけではなく、妹分であるマドレーヌもいた。


 ふたりの傍らでは、焦炎王が蛍を肴に一杯を楽しんでいる。


 なお、当然のように焦炎王の隣にはフェニックスがおり、ふたりはそれぞれ杯を呷っていた。


 先日は不在だったフェニックス。だが、今日の夜会には参加していた。


 というよりも、今日の夜会は焦炎王が、フェニックスに突かれて開いたものだ。


 理由は、主である焦炎王の護衛ができなかったからではなく、単純に焦炎王に嫉妬してのものであった。


「タマモ殿の妹分となる方と、我が君だけがお会いしているなんてずるいです。あんまりです。断固として抗議いたします」


 焦炎王曰く、焦炎王が夜会を開くと言うまで、延々と耳元で囁きかけ続けたらしい。


 さすがの焦炎王もあまりのしつこさに折れた結果、今日の夜会にと繋がったのだ。


「いやぁ、まことに美味しいお酒ですねぇ」


 かんらかんらと楽しげに笑うフェニックス。笑っている通り、その顔はとても満足そうである。


「……そうか」


 対照的に焦炎王は、いささかげっそりとした様子である。よく見ると、普段よりも頬がこけてやつれているようであった。


 焦炎王がわずかでもやつれている理由がなんであるのかは、もはや語るまでもない。


 寝ても起きても、ずっと耳元で怨嗟じみた内容を囁きかけられれば、誰だってやつれてしまうのも当然だ。


 そしてそれは「四竜王」の一角である焦炎王とて変わらない。


 むしろ、焦炎王であるからこそ、多少のやつれで済んでいるというべきだろうか?


 逆に言えば、焦炎王が多少なりともやつれてしまうほどに、フェニックスの強請りは執拗だったということだ。


「ええ。私のわがままを叶えていただきありがとうございます、我が君」


「……わがまま、な」


「はい。わがままです」


「……わがままの定義が我と貴様とでは、いささか異なるかもしれんのぅ」


「はて? そうですかね?」


「うむ。きっといささか、いや、大いに違うかもしれんな」


「そうですかねぇ?」


「そうだと思うぞ」


 ふぅとため息を吐きながら、杯に酒を満たしていく焦炎王。


 その隣でフェニックスは「はて?」としきりに首を傾げながら、杯を傾けていた。


 なお、「強請る」という言葉は、「ねだる」と「ゆする」という似ているようでまるで意味の違う読み方をする。


 今回のフェニックスの場合、はたして「ねだり」だったのか、それとも「ゆすり」だったのかは人ぞれぞれで受け取り方が異なるという答えに行き着くことになるであろう。


 なんとも言えないやり取りを交わす主従の隣で、タマモとマドレーヌはともに夜空を彩る蛍たちを眺めていた。


 ふたりの間で言葉はなく、どちらもぼんやりとした様子で湖畔に腰を下ろして蛍を見上げていた。


 ふわり、ふわりとふたりの尻尾は左右に揺れている。特にマドレーヌの尻尾はしきりに揺れており、そのままでは千切れてしまうのではないかと思うほど。


 尻尾同様に、マドレーヌ本人も、だいぶテンションが高い様子で、いささか興奮したように蛍たちの共演を眺めていた。


 そんなマドレーヌをタマモは横目で見やっていたのだが、不意にマドレーヌと視線が合った。


「姉様?」


「うん?」


「いえ、私を見つめられていたので、どうなさったのかなって」


「あぁ、ちょっとね」


「お気に障ることをしてしまったでしょうか?」


「そういうわけじゃないわ。単純に、円香がかわいかったからね」


 くすくすと笑いながら、傍から聞けば殺し文句のようなことを告げるタマモ。


 そしてその言葉に、マドレーヌの頬がぼんと赤く染まってしまう。


 かわいいなと思うタマモだったが、不意にがしりと両肩を左右同時に掴まれてしまう。


 両肩を掴むのが誰なのかは確認するまでもないが、恐る恐ると振り返ると背後に腰を下ろしていたアンリとエリセがにっこりと笑っている。


 エリセなんて、普段は閉じているまぶたをうっすらと開いているほどである。


「……Oh」とタマモは声を漏らすが、すでに時遅しである。


「「旦那様?」」


 そのつもりはなかっただろうが、自然とふたりの声は重なっていた。


 いや、重なっているのは声だけではない。見開かれた目は揃って縦に裂けていた。


 あきらかにお冠であった。


「……そういうつもりじゃなかったんだよ?」


 タマモは声を震わせながら、ふたりを宥めようとするが、ふたりはニコニコと笑うだけでなにも言わない。


 ただただじっとタマモを見つめているだけである。


 その視線にごくりと昼間とは違う意味で、生唾を飲むタマモ。


 しかし、それでふたりが止まってくれるわけもなかった。


「「ちょっと、お話しましょうか?」」


「……はい」


 タマモは素直に頷いた。


 頷かないとより酷い目に遭うことは間違いない。


 そもそも、これから酷い目に遭うこと自体が確定しているというのに、より酷い目に遭わされたら堪ったものではないのだ。


 ゆえに、タマモは素直に頷いたのである。つい先ほどの自身の考えなしの言動に怨嗟を抱きながら。


「あ、あの」


 自分の言動にタマモが後悔を抱いていると、マドレーヌが顔を青くしながら、アンリとエリセに声を掛けたのだ。


 瞬間、風切り音を立てて、ふたりがマドレーヌに視線を向ける。マドレーヌは「ひぅっ!?」と悲鳴を上げた。


 青かった顔はより蒼白となり、体をガタガタと震わせ、涙目になるマドレーヌ。


「「なにか?」」


 だが、涙目のマドレーヌを相手にしても、アンリもエリセも手を抜こうとはしておらず、口元に弧を描いて笑いかけたのだ。


 ふたりの笑顔によって、再び悲鳴を上げるマドレーヌ。


 が、それでもふたりは止まらない。止まらず、「なにか?」と再度告げたのだ。


 再びの問い掛けにマドレーヌは「は、はひぃ!」と涙目になった。


 タマモは居たたまれなくなり、意を決してふたりに声を掛けた。


「……もう、そのくらいにしてあげてください」


 敬語でふたりに話し掛けると、ふたりは再び風切り音とともに振り返ったのだ。


「「なんですか?」」


「……話があるのは、ボクでしょう? だから、円香は許してあげてください」


「「……それもそうですね」」


 ふたりはタマモの言葉にようやく矛を収めてくれた。その様子にほっと一息をタマモだったが、再びふたりに肩を掴まれたのだ。


「「では、行きましょうか」」


「……はい」


 マドレーヌに対しては矛を収めたものの、タマモに対して矛を収めたわけではない。


 そのことを改めて突き付けられたタマモは、心の中で十字架を描く。


「ね、姉様」


「……行ってくるね、円香」


 ふりふりと手を振りながら、タマモは笑う。


 笑うタマモの姿に、マドレーヌは涙を溜めながら、不格好な敬礼を以てタマモを送り出した。


 それからすぐにタマモはふたりに引きずられる形で、湖畔から少し連れ出されることになった。


 その後、タマモは大きく頬をこけさせ、かなりやつれた姿になって、エリセに背負わされて、湖畔に戻ることになった。


 ちなみに、そのときのアンリとエリセは、タマモとは違い、とても艶々としていたのだが、それはまた別の話である。 

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