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36話 ままならないこと

 フクロウの鳴く声は、まだ聞こえていた。


 夜更けに聞こえる静かな鳴き声。その鳴き声が地中農園内にこだましていた。


 こだまする鳴き声とともに、タマモは腕の中で眠るマドレーヌをぼんやりと眺めていた。


 つい少し前まで、起きていたマドレーヌだったが、さすがに現実世界に一度戻らないといけない時間だったため、つい数分前に睡眠という形で「ヴェルド」から現実世界へと戻っていったのだ。


 本来なら、ベッドないしテント内でしか、従来のログアウトはできない。


 例外はログイン限界を超過して、強制ログアウトくらい。


 強制ログアウトの場合は、その場でのログアウトとなってしまう。


 しかし、任意でのログアウトとは違い、強制ログアウトはログアウト場所を選ぶことができない。


 ログイン限界を超過しているのだから、ログアウト場所を選ぶことができないというのは、当然のことである。


 それゆえに強制ログアウトは、なかなかに危険な行為でもある。


 なにせ、ログアウト場所を選べないということは、モンスターからの攻撃を受ける可能性を孕むことに繋がるからだ。


 無論、モンスターの出現しない街中であれば、強制ログアウト中でも、モンスターからの攻撃を受けることはない。


 だが、それは常に街中にいるプレイヤーくらいだ。


 そして常に街中にいるプレイヤーなどはなかなかいないものである。


 大抵のプレイヤーは、フィールドに出て、モンスターと戦闘をしたり、素材アイテムの採取などをしていたりするものである。


 ゆえに、必ずしも強制ログアウトの際に、街中にいるわけではない。


 大抵のプレイヤーはそのことを見越して、ログイン限界が迫ってくれば、その時点で攻略や採取を中断して、街中ないしセーフティーエリアへと戻り、強制ログアウトになる前にログアウトをする。


 タマモとマドレーヌという例外を除けば、大抵のプレイヤーはログイン限界を見越して行動するのが鉄則となっていた。


 が、タマモとマドレーヌはログイン限界という縛りから解放されている。


 同時に、ふたりは「ヴェルド」の真の姿を、「ヴェルド」がゲーム内世界ではないということを知っているということでもある。


 いまのところ、タマモとマドレーヌ以外で、「ヴェルド」の真の姿を知っているプレイヤーは、途中から「ヴェルド」の真の姿を知ったプレイヤーはいない。


 タマモとマドレーヌのふたりだけがログイン限界を超過して、「ヴェルド」内に滞在し続けることが許されているとも言える。


 だが、いつまでも滞在できるわけでもない。


 事情を知らない他者から見れば、ずっとログインし続けられるというのは、どう考えても異常な状況であるのだ。


 普通に考えれば、なにかしらのバグが起きたか、チート行為に手を染めていると思われかねない。


 もしくはいわゆるデスゲームに巻きこまれたかと思われる可能性もなくはないだろう。


 実際は、バグでもチートでも、デスゲームでもないが、いろいろと勘ぐられることは避けるべきだ。


 加えて、タマモはともかくマドレーヌはリアル小学生であるため、学業がおろそかになる可能性も否めないのだ。


 タマモも学業という意味あいであれば、すでに支障は出てしまっているものの、元々の地頭があるため、さしたる問題とはなっていない。


 もっとも、問題となっていないのは、あくまでも勉学という意味合いにおいてであり、世間体という意味においては、大きな支障を来してはいる。


 そのことはタマモも重々承知しているため、せめて妹分であるマドレーヌだけは、人生に支障を来さないように配慮し、「あまり長くログインし続けないように」と釘を刺しているのだ。


 マドレーヌはタマモの言葉に素直に頷き、今日もいくらか長めの昼寝となる程度で、現実世界へと戻っていったのだ。


 そのマドレーヌはいまタマモに後ろから抱きしめられる形で眠っていた。


 静かな寝息を立てて眠るマドレーヌ。


 つい先日に現実の姿である円香とは出会ったが、「マドレーヌ」と「円香」は狐耳と尻尾くらいしか違いがなかった。


 小学生という年齢を差し引いても、円香の見目は十分に美少女と言ってもいいものである。


 それは「マドレーヌ」の姿になっても変わらない。


 そんな美しい少女であるマドレーヌを後ろから抱きしめながら、タマモはその姿をぼんやりと眺めていた。


「……タマモや?」


「はい?」


「そなた、少女が趣味であったか?」


 隣にいた焦炎王がとんでもない内容を言ってくれたことにより、タマモはつい咽せてしまった。


 飲み物を飲んでいなくてよかったと思いながら、タマモは口元を拭って焦炎王へとジト目を向けた。


「なにを言われるかと思ったら。そんなことあるわけがないでしょうに」


「ははは、それもそうだな。そなたの嫁たちは揃って少女ではないからのぅ?」


「……まぁ、そうですね」


 今度の一言は否定できなかった。


 というか、否定する意味がない。


 実際、アンリもエリセも少女とは言えない。


 アンリはまだ少女の範疇ではあるかもしれないが、以前ならともかく、いまのアンリは以前よりも落ち着きを見せるようになったため、余計に少女とは言えなくなっている。


 エリセに関して言えば、とっくに成人済みであるため、やはり少女とは言えない。


 ゆえに、焦炎王の言う「少女が趣味」というのは、的外れにもほどがある内容である。


 そもそもの話、タマモの好みの女性像は、「少女」ではないため、最初から的外れの一言であった。


 ただ、焦炎王がそう言い出したのもわからなくはないのだ。


「……円香はかわいい子だけど、私にとっては妹分ですから」


 焦炎王が「少女が趣味」と言い出したのは、タマモからのマドレーヌへの態度からだ。


 タマモにとってはマドレーヌは「かわいい妹分」である。


 が、少々やりすぎなところもあるため、「本当に妹分としか見ていないのか」と思われてしまうのもわからなくはない。


 実際、タマモ自身、マドレーヌを若干かわいがりすぎているという気はしていた。


 そうなってしまっているのも、タマモ、いや、現実のまりもを、マドレーヌ同様に「姉様」と慕う希望が原因である。


 希望は以前のナデシコほどではないが、近しいレベルの慕いっぷりなのだ。


 慕われることは嫌ではないが、大いに過剰であるのだ。


 そんな希望とは違い、マドレーヌからの思慕はそこまでではない。


 むしろ、マドレーヌの思慕こそが普通である。その普通さにタマモはころっとやられてしまい、ついついとかまいがちになってしまっている。


 そのことはタマモ自身理解しているが、どうにも自分を抑制できていないのである。


「……自分でもわかっていて、これでも抑えているつもりなんですがね」


「まぁ、我としては微笑ましく思っているがな。……だからこそ、マドレーヌを不憫には思うが」


「それは、クッキーちゃんとのこと、ですか?」


「……うむ。せっかく通じ合えたというのに、その記憶を改ざんされてしまった。その無念さを思うと、な」


 焦炎王はタマモの腕の中で眠るマドレーヌを見やりながら、そっと頬を撫でた。


 マドレーヌは少しくすぐったそうに身を捩るも、目を醒ます素振りはなかった。


「残酷なものよな。一度手に入れたものを、すぐに奪われてしまう。これほど残酷なこともそうはあるまいよ」


「……そうですね。だからこそ、許せないという気持ちは強いです」


「……あぁ。痛いほどに理解できる」


 無念そうにまぶたを閉じる焦炎王。その様子を見やりながら、タマモは口を開いた。


「……そのスカイディア神を助けることが、私や円香にエルド神が望むこと、なんですよね?」


「……うむ。その通りだ」


 焦炎王の表情が苦痛そうに歪む。マドレーヌの手前であえて言わなかったことだったが、「スカイディア」という名前はエルドからの話で聞いた名であったのだ。


 その「スカイディア」を助けることこそがエルドがタマモたちに求めていることであった。


 だが、いくらエルドから求められるとはいえ、ここまで悪辣なことをされてしまって、助けようと思えるほどタマモは善人ではない。


 当然マドレーヌも同じ気持ちだろう。マドレーヌは被害者であるのだから、なおさらであろう。


「それでも、私や円香はスカイディア神を助けなければならないのですか?」


「……我の口からは「できれば」としか言いようがない」


 苦渋しながら、焦炎王はタマモにとそう返事をした。


「そうですか」と返事をして、タマモは口を閉ざした。


 焦炎王もまた口を閉ざしている。


 穏やかな空気は掻き消えて、張り詰めたものへと変わっていく。


 変わらないのは、世界樹から聞こえるフクロウの鳴き声だけ。


 一定の間隔でこだまするフクロウの声を聞きながら、タマモは「ままらないなぁ」と眠るマドレーヌを見詰めながら思うのだった。

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