34話 焦炎王からの情報
フクロウの鳴く声が聞こえていた。
世界樹の幹からであろうことは間違いない。
が、正確な場所まではわからない。
それでもたしかにフクロウの鳴き声が聞こえており、その声をタマモたちは聞きながら、話を続けていた。
「──ふむ。記憶の改ざん、か」
クッキーの記憶が改ざんされた。
その理由を知るために、タマモとマドレーヌもまた情報を集めることにした。
その第一歩として頼ることにしたのが、土轟王と同じく「四竜王」のひとりである焦炎王だった。
焦炎王はふたりからの話を、しきりに頷きながら聞いていた。
「これはひょっとすると?」と思いながら、ふたりは話せることをすべて話し終えた。
その話はそれなりに長くなってしまったものの、どうにか終わりを告げた。
まだ夜の帳は上がったままだが、それなりに時間は経っている。
特にマドレーヌにしてみれば、そろそろ現実に戻ることを考えなければならない時間帯が近付きつつある。
タマモは時間という制限はないものの、リアル小学生であるマドレーヌにしてみれば、時間の制限はどうしても付きまとってしまうのだ。
「円香、そろそろ戻るべきじゃないかしら?」
「え? あ、もう、そんな時間ですか?」
「そろそろ起きておかないと、ずいぶんと長い昼寝扱いされるわね」
「そう、ですか」
タマモに指摘され、マドレーヌは慌てて時間を確認する。
マドレーヌの時計はいまだに「ログアウト中」の表示になっているものの、その下には現在の現実世界の時間が表示されていた。
「あー、午後三時かぁ。母さんがそろそろ心配しそうな」
「そうね。お昼寝にしても長すぎるし。それに夜寝れなくなってしまうわね」
「……あー」
タマモの言葉に頬を搔くマドレーヌ。
以前も休日の際に、ついついと昼寝をしすぎてしまい、気付いたら夕方だったということがあったのである。
ちなみに、その日は午後からユキナたちと遊びに行く予定があったのだが、その予定を完全にすっぽかす形になってしまった。
当然、クッキーには大目玉を喰らったし、ユキナとフィナンからも呆れられてしまったのだ。
なお、どうして昼寝をしたのかというと、朝から祖父の稽古を受けた疲れによるものだ。
マドレーヌ自身も、午後には用事があることはわかっていた。
わかっていたが、それでもついついと眠りこけてしまい、結果約束を破ってしまったという結果になったわけだ。
なお、マドレーヌが目を醒ましたとき、部屋の中にユキナたちが勉強会を開いており、目を醒ましたマドレーヌにと「おそようございます」とにっこりと笑いかけてくれたのだが、それはまた別の話である。
今日もなんだかんだで朝から「ヴェルド」に赴いているため、そろそろ昼寝というには無理が生じる時間となっていた。
タマモの場合は、だいたい朝方まで起きているようにしているため、長い時間昼寝をしていても、特になにか言われることはない。
そもそもマドレーヌとは違い、タマモには時間制限なんてものはないので、どれだけ寝ていても問題はない。
「ふむ。マドレーヌには時間がないのかの?」
ふたりの話を聞いていた焦炎王が、マドレーヌを見やりながら言う。
タマモは頷きながら、マドレーヌの実年齢を語った。
マドレーヌ自身はタマモの言葉に相づちを打ちながら、時折自分の言葉で焦炎王に事情を説明していった。
「なるほどな。そちらの世界の教育施設か。まぁ、年齢を考えれば当然ではあるか」
「そういうことなんです。現実ではお休みの日なので、このまま「ヴェルド」にいても問題はないのでしょうが、そろそろ一度戻らないと怪しまれますし」
「そうだな。我としては、普段とは違うタマモの口調をもう少し聞いておきたいとも思うし、マドレーヌとももう少し語らいたいところではあるが、制限付きではどうしようもないからなぁ」
「……申し訳ないです」
言葉通りに残念そうな焦炎王の様子に、マドレーヌは申し訳なさそうに頭を下げる。
が、焦炎王は「なにを謝るのだ」と笑い飛ばした。
「マドレーヌ自身のせいではなかろう? なにせ、そなたにはなんの責任もないことだからな」
「ですが」
「そもそも、その教育施設に関しても、そなたの年齢で言えば、通うのが当然なのであろう? いわば、そなたなりの事情である。その事情をそなたのせいにするというのは、道理ではなかろうよ」
「……それはそうですけど」
「ゆえに、そなたが気にすることではないぞ」
そっとマドレーヌの頭に手を乗せて、撫で始める焦炎王。マドレーヌは焦炎王を見上げながら、頬を染めて「はい」とだけ頷いた。
「しかし、本当に愛いものじゃ。タマモもタマモで愛いが、マドレーヌも負けず劣らずというところじゃな」
「私の方が円香よりも年長ではあるんですけどね」
「七つか八つなど我から見れば、大して変わらぬよ。我にとっては等しく愛おしい」
焦炎王が柔らかく笑みを浮かべた。その笑みにタマモはなにも言い返せなくなったし、マドレーヌはマドレーヌで恥ずかしがって、やはりなにも言えなくなってしまった。
そんなふたりを焦炎王は目を細めながら、微笑ましそうに見つめていた。
「さて、マドレーヌの時間もないというのであれば、そなたたちからの問い掛けに答えるとしようか」
「ということは」
「改ざん者の正体を?」
「……まぁ、強いて言えば、じゃな」
焦炎王はそれまでの笑みを消して、頬を搔いていた。それまでの溌剌さはどこへやら、どうにも歯切れが悪く、そして難しそうな顔をしている。
その様子を見て、タマモもマドレーヌも件の実行者が相当の相手であることを理解した。
そんなタマモたちの様子を見て、焦炎王は腕を組みながらはっきりと告げた。
「まず言えることがあるとすれば、この世界の神々の中には、「旅人」であるそなたらに直接手を出そうとする方々はおらぬということ」
「いない、って。どういうことですか?」
焦炎王の言葉にマドレーヌが食いついた。焦炎王は「落ち着け」とマドレーヌを宥めようとしたが、その程度で落ち着くわけもない。
まるで喰らいつかんとばかりに、焦炎王に噛みつくマドレーヌ。
焦炎王は困ったような顔を浮かべつつ、どうにかマドレーヌを宥めようと四苦八苦していた。それでもマドレーヌは落ち着くことはなく、いまにも掴みかかろうとした、そのとき。
「……落ち着きなさい、円香」
タマモがマドレーヌのを腕を掴んだのだ。それまで見せたこともないほどに、真剣な表情を浮かべてである。
タマモの変化にマドレーヌはようやく冷静さを取りもどすことができた。
「……すみませんでした。焦炎王様、姉様」
マドレーヌはタマモと焦炎王それぞれに頭を下げた。
タマモも焦炎王もそれぞれに「気にしなくていい」と告げながら、マドレーヌは穏やかに見つめていた。
「すまなかったのぅ。いきなり本題から言ってしまったわい」
「いえ、焦炎王様は悪くないですから」
「そうか。そう言ってくれるとありたがいのぅ」
申し訳なさそうにするマドレーヌを、焦炎王は笑いながら見つめていたが、その表情を真剣なものへと戻した。
「さて、続きだが、少なくともこの世界の神々の中にはクッキーとやらの記憶を改ざんしようとする方々はおらぬというのは事実じゃ。少なくとも、この世界の神々が、そなたら「旅人」に手を出すことはない」
焦炎王ははっきりと告げた。その言葉に「そんな」とマドレーヌはショックを受けていたが、タマモは焦炎王の言葉を聞いて、焦炎王の言わんとしていることを理解していた。
「つまり、クッキーちゃんの記憶を改ざんしたのは、この世界の神々ではなく、別の世界の神だということですか」
「え?」
焦炎王が言わんとしていることを、タマモが口にすると焦炎王は「その通り」と頷くのだった。




