8話 初めての戦闘
三が日更新最終日です。
まずは一話目となります。
「はぁ~。気が重いですねぇ~」
タマモはため息混じりに歩いていた。
向かっているのは「始まりの街アルト」に近接した狩場である「南の平原」だった。
「アルト」の周辺には四つの狩場があり、「南の平原」は初心者向けの狩場となっていた。
モンスターは「EKO」において最弱の角ウサギしか現れないとあって、ある一定以上のプレイヤーにとっては見向きもされない狩場ではあるが、いまのタマモにはちょうどいい難易度と言える。
タマモのEKはURランクではあるが、見た目が調理器具なことを踏まえると、まともに戦えるどうかも危うい。となれば最弱の角ウサギ相手にどこまで戦えるかを確認するところから始めるべきだろう。
しかしいくら最弱のモンスターとはいえ、モンスターであることには変わりない。
それにタマモのステータスは平均2だった。
こんな低ステータスどころか、運営の悪ふざけとしか思えない数値で、いくら最弱のモンスターを相手にするとはいえ、丸腰のままで向かえるわけがなかった。
タマモは念のためにとよろず屋で下級ポーション三つに携帯食を一食分と「旅人のマント」という装備を購入していた。
「旅人のマント」の能力は単純に防御力を2上げる装備であったが、現在のタマモのVITは2であり、防御力はVITの数値と装備品の数値の合算となる。現時点でのタマモの防御力は4となり、初期の二倍となった。
どちらにしろ心もとない数値ではあるが、初期の2よりかはましになっていた。そう、能力はましになった。ただしその反面別の問題が浮上してしまっていた。
「……どうにかこれで勝たないと明日から野宿ですよ、ボク」
そう、角ウサギに勝てないと、角ウサギのドロップ品を狙わないとタマモはなにもできなくなってしまう。
なにせ現在のタマモの所持金額は0シル。つまり無一文である。
宿屋で200シルを使い、よろず屋で買い物をしてしまったことで残りの800シルを使ってしまっていた。
内訳は下級ポーションがひとつ150シル、携帯食が一食50シル。「旅人のマント」が300シルであった。
「最低でも1000シルは稼ぎたいのです」
最低でも今日使った分は稼ぎたい。それだけ戦えば最低でもレベルはひとつくらい上がるだろう。
さっさとレベルアップをしてステータスを上げなければ、いつまでも弱いままである。それではリメイクを選ばなかった意味がなくなってしまう。
それに1000シルまでどうにか稼げれば、あとは生産品を売りさばくということも可能だった。
「EKO」でも生産職は当然のように存在していた。
タマモ自身は生産職になるつもりはないけれど、資金稼ぎのためになにかしらの生産はしないといけない。そして生産関係はすべて初期投資額が一律で1000シルとなっていた。
「掲示板は便利ですねぇ~」
「南の平原」へと続く道を歩きながら、タマモは掲示板を眺めていた。
正式リリースは今日だが、専用の掲示板は一週間前から利用可能となっていた。
大まかに生産関係、戦闘関係のふたつに分かれているが、現在タマモが見ているのは生産関係の掲示板である。
すでにいくつものスレッドが立っているが、「副業を生産にする人向け」というタイトルのスレッドがあったので現在はそれを熟読中である。
「ん~。生産はどれも大変そうですねぇ~。特に「調理」はボクには向きそうにないのです」
「調理」はその名の通り、料理を作ることだった。
それも専用の屋台を引いて「調理」をして、ほかのプレイヤーに食べてもらうという、「調理」スキルのほかに「接客」スキルも必要となってしまうのである。
そのうえ使用する食材によって満腹度が変わったり、バフがついたりと実際の料理人のように食材に対する目利きも必要となる。
もっとも目利きに関しては「鑑定」スキルを使えばいいだけではあるが、それでもかなり手間がかかる。
現在のタマモはニートでかつ引きこもりであるので、接客なんてできるわけもない。
というか、接客の仕方がわからないのである。どう考えても「調理」はスルーするべきだった。
「ん~。面白そうなのは「農業」とかですかねぇ。こっちも大変そうですけど、そこそこやれそうな気がするのです」
なんの確証もなければ、経験もないが「農業」ならなんとかなりそうだとタマモは思っていた。
あとは「釣り」や「鍛冶」もあるが、一番手っ取り早そうなのは「農業」だった。
農業ギルドへ行けば1000シルで畑を買えるとある。土はかなり低品質になるが、野菜を育てることはできるようだった。
「まぁ、どちらにしろ角ウサギとの戦闘を終えてからですねぇ」
どの生産を選ぶにしろ、まずは戦闘をこなさなければ話にならない。
掲示板を一旦閉じ、タマモは前を見やる。「南の平原」へと繋がる「南の大門」が見えてきていた。
「さぁて、鬼が出るか、蛇が出るかですねぇ」
手持ちのEKの能力はいったいどんなものなのか。言いようのない不安を抱きつつ、タマモは「南の大門」へと向かっていった。
「南の大門」を潜り抜けると、広がったのは大きな夕日と見渡しきれないほどの大草原だった。
草はタマモの身長でも脛ほどの高さしかない。その草が時折風で揺れ動いていた。吹き抜けていく風は思っていた以上に心地いい。
まぶたを閉じて風を浴びていたいという欲求に駆られたが、いまは風情を感じるよりも戦闘をこなさねばならない。
「角ウサギはどこですかね?」
「南の平原」には角ウサギしかいない。戦闘関係の掲示板にはたしかにそう書かれていたが、いまのところ角ウサギどころか普通の動物の姿さえ見えない。
本当にここにモンスターがいるのだろうかと思うほどに「南の平原」は狩場らしくない場所だった。
──ガサリ
不意に草が動いた。見れば額に角が生えた真っ白なウサギが出てきた。
おそらくこれが角ウサギなのだろうが、ぶっちゃけかわいい。
というか、これを攻撃したくない。いや攻撃できない。それくらいにかわいいウサギさんだった。が──。
──シャキーン
「え?」
妙な効果音とともにウサギの額に生えていた短い角が一気に長くなった。
ウサギの全長を超えて、短槍と言ってもいいくらいの長さの角が突如として出現した。
物理法則、なにそれ美味しいのとでもいうかのようなありえない光景である。
しかしどんなにありえない光景であっても、現実であることには変わりない。そして現実だということは、だ。
「や、やっぱり!?」
角ウサギは長くなった角をこちらへと向けると、まっすぐに突進してきた。
スピードはそうでもないが、直撃したら現在のタマモのステータスでは下手したら即死もありえそうな迫力はあった。
タマモは慌ててフライパンを角ウサギに向けた。
なぜそんなことをしたのかタマモ自身もわからなかった。
ただ手持ちの装備で受けとめられるとすればフライパンくらいしかなかった。消去法で選んだとしか言いようがない。
だがその消去法の選択は結果的に正しかった。迫りくる角ウサギの長角とタマモのフライパンが接触した。そのとき。
──ガギンっ
鈍い音がした。しかし痛みは襲って来なかった。
恐る恐るとフライパンの向こう側を見やるとタマモのフライパンは角ウサギの角を防ぐどころか、その体勢を完全に崩していた。
角ウサギは頭を地面に向けた形で動けずにジタバタとしていた。
「い、いまです! そ、それぇ!」
タマモは右手のおたまを全力で無防備な角ウサギの頭へと叩き込んだ。
「き、きゅー」
強かな衝撃とともに角ウサギは小さな声をあげて動きを止めた。そして光となってその身を消した。
角ウサギがいた場所には小さな肉と毛皮にその代名詞ともいえる角が落ちていた。
「か、勝ったのです」
タマモはその場に座り込んだ。こうしてタマモは最初の戦闘を無事に終えることができたのだった。
初めての戦闘は無難に終了したタマモでした。でもまぁ、現実は小説よりも奇なりと言いますので←顔を反らす
続きは六時になります。