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30話 言い訳

 深緑の天井から日が差し込めていた。


 差し込む日の光をマドレーヌは手を翳しながら眺めていた。


 世界樹の葉を透過して、地底農園に降りそそぐ日の光を体いっぱいに浴びながら、マドレーヌは湖畔でひとり日向ぼっこをしていた。


「……夢みたいだったなぁ」


 昨夜のことを思い出しながら、マドレーヌは自身の相棒をゆっくりと抜いた。


 マドレーヌが手にしたのは、SRランクの「良質の刀」ではなく、進化した「玉散」を日に晒した。


「玉散」は青い波動のようなものを放ちながら、日の光を浴びて青く輝いていた。


 青く輝く刀身はとても美しく、それでいて見栄えのするものだった。


 見栄えのする刀身をぼんやりと眺めながら、マドレーヌは体を起こした。


 体を起こしてすぐマドレーヌはメニュー画面を開き、現在の時間を確認した。


「……ログアウト中のまま、か」


 本来なら残りのログイン時間が表示されるはずの時計は、いまだに「ログアウト中」となっていた。


 本来ならまだログイン制限が解けていないタイミングであるのにも関わらず、マドレーヌはログインをしていた。


 その理由をマドレーヌは昨夜のタマモたちと秘密の茶会で知った。


 すなわち、ゲーム内世界である「異世界ヴェルド」が本当の異世界であるという事実を知ることになったのだ。


 そんな秘密の茶会は数時間ほど続いた。


 清香との赤裸々な話を散々させられた後に、「今日のところはこれで」とタマモが茶会を終わらせたのだ。


 というよりも、円香自身が眠気の限界に陥ったことで終わらせてくれたのだ。


 タマモに感謝しつつも、「できるならもっと速く終わらせてほしかった」と思いながら、現実の円香のまま眠りに就いたのだ。


 次に気付いたときには自室の天井が見えていた。


 見慣れた木目調の天井をぼんやりと眺めながら、現実に戻ったことを確認し、円香は自身のスマートフォンを操作し、ある電話番号を入力した。


 その電話番号は茶会の最後に教えて貰ったもので、何度も反芻したものだ。


 その反芻した番号を、掛け間違えていないことを確認しつつ、円香は電話を掛けた。


 数回のコールの後、目的の人物と繋がったのだ。


「あ、あの、おはようございます」


 円香は緊張していることを自覚しながらも、恐る恐ると電話の向こう側の人物に挨拶をすると、すぐに穏やかな声が返ってきた。


「おはよう、円香。さっきぶりね?」


「は、はい。先ほどはお世話になりました、姉様」


 円香が起き抜けで電話したのは、他ならぬタマモことまりもであった。


 まりもは、電話越しに、「まさか、朝から電話してくれるとは思っていなかったわ」とくすくすと笑っていた。


「あ、す、すみません。いきなり」


「いいのよ。いつでも電話してちょうだいって言ったのは、ほかならぬ私だから。それにこうして電話越しとはいえ、実際にあなたと話ができるのは、私としても嬉しいからね」


「そ、ソウデスカ」


「声裏返っているけれど、どうかした?」


「な、ナンデモナイデス!」


「そう? ならいいけどね」


 まりもは楽しげに笑っていた。が、その言動はどう考えても殺し文句であった。


 電話越しだというのに、円香は自身の頬が真っ赤になっていることに気付いていた。


 それでも、顔を赤らめながらも、円香は小一時間ほどまりもとの電話を行った。


 その後、お互いに朝食の時間となり、同時に電話を切った。電話を切った後、円香はすかさず、まりもの電話番号を登録した。登録名はもちろん「姉様」であった。


 アドレス帳に登録された「姉様」に、円香は頬を綻ばせた。


 その後、祖父と両親とともに朝食を取ったのだが、母はなぜか機嫌良さそうに笑って、祖父はなにやら神妙そうに頷き、そして父はという、どういうわけか、かなりショックを受けているように悲しげな顔をしていた。


 父に「なにかあったの?」と尋ねても、父は「……なんでもない。なんでもないんだよ」と乾いた笑い声をあげるだけだった。


 そんな父の肩を祖父はぽんと叩き、「いつかは必ず来るものだ」とよくわからないことを諭していた。


 が、その理由はすぐにわかった。


 母が「電話の声、漏れ聞こえていたよ」と伝えてくれたのだ。


 曰く「全部聞こえていたわけじゃなかったけれど、「どこかに一緒に出かけるっていうのは聞こえていたから」と母が教えてくれた内容は、小一時間のまりもの話の最後に、近いうちに実際に会ってお話をしたいと円香自身がまりもにお願いしたものだった。


 漏れ聞こえる程度では、ちゃんとした聞いていなければ、勘違いされる内容であったことはたしかであった。


「円香に、円香に彼氏が、彼氏ができたなんて、そんなの、そんなのぉぉぉぉぉ!」


 どう反応するべきかと考えている間に、父は泣き出してしまった。


 そんな父の肩を祖父はぽんぽんと叩きながら、「仕方のないことだ」と慰めていたのがとても印象的だった。


 その後、円香は必死に勘違いであることを伝えたのだ。伝えたのだが、父は最後まで泣いたままであり、おそらくは伝わってはいなかったであろう。


 対照的に母と祖父は優しげに笑ってくれていた。ただ、母も祖父もやはり勘違いしていたことは間違いない。


 家族からの勘違いを解くことはできなかったことを痛感し、円香は乾いた笑いをあげた。


 必死の説明も功を奏することなく、朝からどっと疲れてしまった円香。


 これが平日であれば、疲れた状態で登校することになったのだが、ちょうど日曜日だったこともあり、「ちょっと休むね」と自室に戻ったのだ。


 その際にも、母と祖父は「頑張って」と声を掛け、父はついに泣きじゃくってしまっていた。


 あまりにもな家族の姿に、より疲れを増した円香は、重たい足取りで部屋に戻ると、そのままベッドに潜り込んだ。


 潜り込みながら、買って貰ったばかりのVRメットを装着すると、本来ならログインできないはずの時間にログインし、マドレーヌとしていまに至っているのだ。


「……父さんたちったら、なんで変な勘違いするかなぁ」


 たしかに勘違いするようなことを言ったかもしれないが、三人のそれは完全なる勘違いである。


 が、悲しいかな。その勘違いを払拭できなかった。


 今ごろ、家のリビングでは母と祖父がふたりがかりで父を慰めている頃だと思うと、頭が痛くなる。


「……でも、そっか。考えてみれば、デートみたいなもん、だもんね」


 完全な勘違いではあるものの、父たちが言う通り、まりもと現実で過ごすことは、たしかにデートと言えばデートである。


 ただ、男女で行うデートではなく、女子同士のデートであり、それくらいなら何度も経験はある。


 経験はあるが、年上の女性と行うのは初めてであった。


「……どうすればいいんだろう?」


 普段のデート相手はユキナやフィナンなどが多い。気心が知れた友人相手なので、気は楽であるが、今度の相手は憧れの姉様である。


 どういう風に接すれば正解なのかがまるでわからなかった。


「……今夜にでも姉様にお聞きしてみるかな?」


 電話番号を教えて貰った際に、タマモからは「また今夜にね」と言われていた。


 つまり、今夜も秘密の茶会が行われるということである。


 その際に、いろいろと話を詰めるかとマドレーヌは決めた。


 ついでに、「玉散」のこともどうやって説明すればいいのかもまた。


 昨夜の茶会では「玉散」の話題は出たものの、具体的な話にはならなかったのだ。ただ、土轟王とヨルムが言うには、「流れに任せておけばいい」ということだった。


「流れに任せておけばいい、って言われても、いったいどうすれば──ん?」


 SRランクからSSRランクへと進化した相棒について、どうすればいいのかをマドレーヌが考えていた、そのとき。


 不意に運営からのメールが届いたのだ。メールは二通届いており、一通はいままで通りの運営からのメールで、「新しい機能がアンロックされました」という題名のもの。そしてもうひとつのメールはというと──。


「言い訳の詳細?」


 ──「言い訳の詳細」という題名のメールであったのだった。メールを開き、その内容をマドレーヌは一から確かめていった。

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