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29話 馴れ初め

「──さて、これからどんな話をしましょうか?」


 静かに紅茶を啜りながら、タマモが言う。


 その言葉に円香は同じく紅茶を啜りながら、「どういうことですか?」と尋ねていた。


「そのままの意味よ、円香。お茶会やお見合いみたく、お茶を啜るだけなら意味はないでしょう?」


「それは、そうですけど。私としては姉様とこうしてお話できるのも嬉しいんですが」


 嘘偽りのない本心を告げる円香。円香の一言を受けて、タマモは目を何度か瞬かせると、「そう?」とほんのりと頬を染めて頷いた。


 ほんのりと頬を染めるタマモを見て、円香は「きれいだなぁ」としみじみと感じていた。


 タマモと円香が姉妹関係を結ぶことになってから、数十分ほどが経っていた。


 いままでいなかった「姉」という存在を得られてからというもの、円香は自分でも呆れるほどに浮かれていた。


 浮かれながら、タマモを「姉様」と呼び、タマモは「なにかしら?」と尋ねると、円香は笑いながら「お呼びしただけです」と申し訳なさそうに俯く。俯く円香にタマモは「そう? ならいいわ」と頷くというやり取りを何度も行っていた。


 普通はそんなやりとりを何度も行えれば、相手側、この場合はタマモが痺れを切らしそうなものだが、タマモは気にすることなく、円香の「呼んだだけ」という言葉に一切様相を変えることなく、対応していたのだ。


 というのも、タマモもまた円香というかわいらしい妹分を得たことで、少しだけテンションが上がっていたというのもある。


 従妹の希望という妹分はいるものの、希望の場合は暴走しやすい性質であるため、若干危なっかしく、気が気でなくなることが多々あるのだ。


 その点、円香はというと、「姉様」を得られたことで浮かれてはいたものの、いまのところ暴走する気配はなく、タマモを「姉様」と呼ぶことで満ち足りているという、希望にはない、いや、希望に足りない謙虚さを持っていた。


 とはいえ、希望もまた謙虚ではある。謙虚ではあるのだが、「姉様とお話できる」という状況が希望の謙虚さと理性を一瞬で瓦解させてしまうのである。


 これもすべては最初の出会い以降、一度も会えていないという環境のせいであり、そのことはタマモ自身も重々承知している。


 それでもなお、希望の「姉様への想い」はあまりにも重い。重たすぎるほどに重いのである。


 そんな希望と比べれば、円香のありようはかわいいものだ。


 ただ、タマモを「姉様」と呼ぶだけで、満ち足りたように微笑んでくれる。


 希望と負けず劣らずのかわいらしい妹分であると同時に、希望とは違い、いまのところ一切暴走する気配がないという安心感。


 それらの要素の掛け合わさった結果、タマモが数十分もの間、同じやり取りを行っても気を咎めることがなかった理由であった。


 とはいえ、それもさすがにそろそろ飽きてきた頃合いであり、タマモが「なにを話そうか」と言った理由であった。


 いわば話題の転換をしようとしていたのだが、それも円香の「話せるだけでいい」と言う一言により、タマモの胸はキュンとなってしまった。


 頬を赤く染めつつ、タマモは咳払いをする。咳払いをしながら、タマモは円香を手招きした。


 円香は「なんですか?」と首を傾げた後、タマモの元へと歩み寄った。


 その足取りには迷いなんてものは欠片もなく、警戒心が皆無であることは間違いない。


「この子大丈夫かな」と思いつつも、タマモは近寄ってきた円香の頭にぽんと手を置いた。


「あ、あの、姉様、これは」


「少し撫でさせてちょうだい」


「で、ですが」


「円香が嫌ならやめるけど」


「い、嫌じゃないです。お、お願いします」


 タマモは円香が「嫌ならば」と言うと、円香は首を振った。


 頭に手を置いた時点で円香の頬を赤く染まっていて、その反応はとても愛らしいものであった。


 タマモは「ふふふ」と笑いつつ、円香の頭を撫で始める。


 円香は真っ赤になりながら、タマモに頭を差し出したまま、顔を俯かせている。


 顔を俯かせているものの、わずかに見える顔はほんのわずかににやけていたが、にやけるのを必死に堪えようともしている。


 必死に堪えようとする姿もまた、タマモには愛らしく見えていた。


「円香は、本当にかわいらしいわね」


「そ、そんなことは。私なんて、ただ剣術しか能がないですし」


「なにを言っているの? 剣術もまたあなたの魅力を引き出すもののひとつ。決して剣術しかないわけではないわ。自信を持ちなさい。あなたは私の妹分なのだから」


 にこやかに笑いながら、自身を卑下する円香を励ますタマモ。


 タマモの言葉を受けて、円香は「……はい、姉様」とどこか誇らしそうに頷いた。


 そんなふたりのやり取りを、土轟王とヨルムは意外そうな顔をしながら見守っていた。


 現在ふたりがいるのは、円香ことマドレーヌも所属する「一滴」とタマモがマスターを務める「フィオーレ」において妹枠とされるユキナの四人が合宿場として使っている土轟王の居城内にある宿舎の一室だ。


 その一室にはユキナとフィナン、そしてクッキーがそれぞれのアバターとしての姿で就寝という形でログアウト中であった。


 もし、ログアウト中である三人が、いまのタマモと円香のやり取りを目撃すれば、どういうことになるのかは想像に難くないであろう。


 特にユキナやフィナンが黙っていないことは明らかだが、当のタマモは円香ことマドレーヌを妹として扱うのはふたりっきりのときだけと宣言していた。


 ふたりっきりのとき。すなわち、本来であればログインできないはずの時間帯。「ログアウト中」でのみの関係と言ったのだ。


 その内容を円香は受け入れた。


 というか、受け入れざるをえない。


 なにせ、それまで一切そういう匂わせもなかったのに、いきなり「姉様」呼びなんてすれば、ユキナやフィナンだけではなく、レンたちからも「どういうこと?」と尋ねられることは間違いない。


 さすがに実際のことを話すわけにもいかない。というか、話したところで「ゲームのしすぎ」と断じられるだけだろう。


 円香も、自分自身が同じ立場であれば、同じ反応を示したという自信があるし、そもそもまだ半信半疑ではあるのだ。


 なにせ、いままでゲーム内世界と思っていたのに、それが実際の異世界ですなんて言われても、すぐに頷けるわけがない。


 むしろ、頷ける方がおかしい。


 だが、その頷ける方がおかしい状況の渦中にと円香は至っていた。


 そしてその先駆者としてタマモも同じ渦中にいるのだ。


 少し前までは憧れの人で、いまや尊敬する「姉様」となったタマモが同じ状況下にいるとなれば、半信半疑といつまでも言うことはできなかった。


 できないが、まだ常識という言葉が肩にのし掛かっていることは事実である。


「あ、あの、姉様?」


「うん?」


「お聞きしたいことがあるのですが」


「なぁに?」


「その、姉様はいつから常識を、ですね」


「……あぁ、そういうこと? この世界が現実であるとまだ半信半疑なのね?」


「……はい。姉様と同じ状況下にありながらも、いまだ確信には」


「無理もないわ。私もいまに至るまでは、現実だって考えてさえいなかったもの」


「そう、なんですか?」


「ええ。私の場合は、まぁ、その、なんというか、ね」


「はい?」


 タマモがやけに言葉を濁らせていた。「姉様」としてだけではなく、普段のタマモからも考えられない姿である。


 いったいどうしたのだろうと円香が思っていると、それまで無言を貫いていた土轟王が、タマモの言葉を続けたのだ。


「まぁ、我が弟子の場合は、エリセくんを抱いたことで、この世界が現実であることを理解したからね」


「……我が君、もう少しオブラートに」


「だが、事実だろう? ねえ、タマモ?」


 土轟王が発した言葉に、円香の頬、いや、顔が真っ赤に染まった。真っ赤に染めながら、恐る恐るとタマモを見やる円香。


 当のタマモもまた先ほどよりも、頬を染めながらなんとも言えない顔を浮かべていた。


「ね、姉様、あの、土轟王様が仰っていたのは」


「……事実、よ。残念ながら、ね」


 そう言って顔を背けるタマモ。タマモの反応に、円香は、「ソウ、デスカ」と顔を真っ赤にしながら頷いた。


 頷きながら、円香はちらりとログアウト中のクッキーを見やり、赤裸々なことをつい考えてしまい、より顔を赤くしてしまう。


「……円香はクッキーちゃんにお熱のようね?」


 そんな円香にタマモは追撃となる一言を告げる。告げられた追撃に円香は動揺するが、それではかえって事実だと言っているようなものであった。


「ふむ。そうね。じゃあ、クッキーちゃんのことを聞かせて貰おうかしら?」


「え」


 思わぬ一言に息を呑む円香。だが、タマモの言葉に土轟王も「あぁ、それはいいね」と頷いてしまう。


 あっというまに味方がいなくなってしまった。最後の希望はヨルムだけだが、そのヨルムは目して語らずという体を成すのみで、助け船を出してくれそうにはない。


 四面楚歌。


 つい先日授業で習った言葉が脳裏をよぎらせながら、円香は辿々しい口調でいままでのクッキーこと清香との日々を話し始めるのだった。

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