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27話 優越感と真実

 振り子時計の音が聞こえてくる。


 規則正しい振り子時計の音と心臓の鼓動が重なって聞こえていた。


 目の前には訳知り顔で、にまにまと笑う土轟王と、そんな土轟王を横目に見て、小さくため息を吐くヨルムがいる。


 土轟王は明らかに「楽しくて仕方がない」と言わんばかりの顔をしているのに対して、ヨルムは隣にいる主人を見て大いに呆れているようだった。


 ふたりの反応を見る限り、どちらの方が人格者であるのかは一目瞭然だった。


 ふたりの様子をぼんやりと眺めつつ、円香は土轟王が口にした言葉を、口の中で転がしながら反芻していた。


 タマモが先駆者。


 もともと「EKO」内でタマモが先駆者となることが多かった。


「妖狐族」の名前を知らしめたのは他ならぬタマモであるし、「三称号」の発見、クラスチェンジとタマモの功績は他にも多くある。


 功績は多々あるものの、なにからなにまでタマモが第一号だというわけではない。


 だが、なにかしらの大きな出来事は基本的にタマモが絡むことが多いことは事実である。


 いつからか、大きな発見=タマモの功績という図式ができあがり、その図式は、いまの「EKO」内の共通の認識なのだ。


 が、いま土轟王が口にしたのは、同じ先駆者であっても、意味合いは異なるものだった。


 たしかに第一号という意味であれば同じだ。


 しかし、その内容はいままでの発見とはあまりにも異質なものだった。


 異世界「ヴェルド」──「エターナルカイザーオンライン」の舞台となるゲーム内世界が、現実の異世界であることを知った最初のプレイヤーだと土轟王は告げたのだ。


 告げられた答えを聞いて、円香は呆然としていた。


 その呆然はいまも続いている。


 告げられた言葉を口の中で反芻するのも、その一環だ。


 ただ、呆然としながらも、円香はいま驚き以外の感情を抱いていた。


 それは振り子時計の音と重なるように心臓の鼓動が聞こえる理由でもある。


 そう、いま円香は土轟王の返答を聞き、高揚感を抱いていた。


 タマモの大ファンであるユキナとフィナンでさえも知らないことを知った。


 それもそう簡単には話せないし、話したとしても信じて貰えないこと。


 だが、少なくともタマモと円香だけが知る共有の秘密だ。


 その共有の秘密を得たことに、円香の胸はやけに高鳴っていた。


 普段では考えれないほどの高揚感。その高揚感は若干の妖しさを含んでいるものの、どこか甘い。


 その甘さに円香の胸はどんどんと高鳴り、ふたりが決して知り得ないであろう情報の共有という優越感が円香の胸の中に広がっていた。


 高揚感と優越感のふたつは自然と円香の表情にも影響を及ぼしていき──。


「いい顔しているね、マドレーヌくん? まるで我が弟子と共有の秘密を持てたことに、フィナンくんとユキナくんでさえも知ることのない秘密を持てたことに、優越感を抱いているように見えるね?」


 ──目ざとく気付いた土轟王に指摘されてしまったのだ。


 円香は指摘された言葉と、手渡された手鏡に映る自身の姿を見て愕然となった。


「そ、そんなことは」


「ないと言い切れる?」


「……」


 にんまりと口元を歪める土轟王。その言動に円香は反論できなかった。


 反論できない円香を見やり、土轟王はニコニコと笑っていた。


 まるで内面をすべて見透かされているような気分だった。


 それでも、どうにか自分自身を奮い立たせて、円香は改めて土轟王を見やる。


「まぁ、フィナンくんとユキナくんも知り得ない共有の秘密だ。我が弟子の大ファンである彼女たちへと密かにマウントを取れている現状は、君がそうなるのも無理もない優越感を抱かせてくれるだろうね」


「……」


「あぁ、すまない。別に責めているわけではないんだよ? 実に人間らしい表情だなぁと思っていただけさ」


「……我が君。おふざけがすぎるかと」


「あははは、そうだね。たしかに虐めすぎたな。すまないな、マドレーヌくん」


「マドレーヌ殿。我が君ともども私からも謝罪をいたします」


 ヨルムによる掣肘を受けて、土轟王は笑いながらも謝った。ヨルムも申し訳なさそうに頭をさげてくれた。


「気にしていませんから」と慌てる円香。


 実際に、フィナンとユキナに対しての優越感に浸ってしまったのは事実であるため、謝られるとかえって申し訳ないのである。


「とはいえ、虐めすぎたのも事実だしねぇ。そうだ。ちょっと待っていてね」


「え? は、はぁ?」


 ヨルムともども謝っていた土轟王だが、いきなりどこかへと連絡を始めたのだ。


 いったい誰にと思ったが、すぐに「どこかじゃないか」と思い至った。


 いままでの話の流れを踏まえれば、土轟王が誰に連絡をしているのかなんて、考えるまでもなくて──。


「やぁ、起きていたかい? いまちょっと迎えに行ってもいいかな? あぁ、いますぐに。うん、うん。じゃあいまから行くから」


 ──土轟王はその誰かと話を終えた。


「それじゃ、ちょっと行ってくるね」


 そう言って、土轟王はふっと姿を消したが、すぐに再び姿を現した。


 ただし、姿を現したのは土轟王だけではなかった。


「待たせたね。ほら、存分に話をすればいいよ」


 ニコニコと笑う土轟王。そんな土轟王のそばには頭を痛そうに押さえるタマモがいた。


 タマモは少しばかり服が乱れているし、若干汗を搔いているようでもあったが、普段通りの姿で目の前にいた。


「……タマモさん、こんばんは?」


 いきなりすぎる展開に再び呆然となる円香。円香の声を聞いてタマモはじっと円香を見つめると「もしかして」と言った。


「マドレーヌちゃん、ですよね?」


「あ、はい。えっと、マドレーヌ、です」


 現実の姿を見せるとは思っていなかったため、円香はなんとも言えない居心地の悪さを感じていた。


 特にいまはTシャツとその上からフリースとスパッツという寝間着姿であるため、憧れの人に見せる姿ではないという羞恥心から、居たたまれなくなってしまっているのだ。


 円香の反応を見て、いろいろとタマモは察してくれたのか、頬を搔きつつも、ぎろりと土轟王を睨み付けた。


「……お師匠様、いったいどういうことですか?」


「ははは、見たまんまだよ」


「答えになっていませんが?」


 再度、土轟王を鋭く睨み付けるタマモ。


 円香の反応から察したにしては、少々やりすぎな態度である。


 それこそ普段のタマモらしからぬ反応だ。


 どうしたんだろうと思う円香だったが、土轟王の返答によって状況を理解できた。


「いやいや、すまないとは思っているんだよ? お嫁さんとよろしくしているときだったとは、まさか思っていなかったんだ。でも、ほら、マドレーヌくんに状況を理解してもらうには、こうするのが一番かなと思ってね」


「そう、ですか」


 土轟王の返答に対して、タマモは短く返事をしながら、ため息を吐いた。


 そのやり取りを聞いて、円香はさきほどとは違う熱が顔に溜まっていくのがはっきりとわかった。


 円香の反応に、「あー」となんとも言えない声を出しながら、タマモは再び頬を搔いた。

 

「お年頃の子に聞かせることじゃなかったですね。ごめんなさい」


「あ、い、いえ、気になさらないでくだしゃいませ!」


「……言葉がおかしくなっていますよ?」


「す、すみません」


「いや、謝られるとボクも困るので」


 ぽりぽりと頬を搔くタマモ。そんなタマモに再び「すみません」と頬を真っ赤に染めて謝る円香。


 ふたりの様子を見て、にんまりと口元を歪めて、人の悪そうな笑みを土轟王は浮かべていた。


「とりあえず、お師匠様は反省、いや猛省してくださいね?」


「ははははは、なにをかな?」


「……わかっていて言っていますよね?」


「ははははは、なんのことだか、さっぱりわからないねぇ~?」


「……そうですか」


 力なくため息を吐くタマモと、とても楽しそうに笑う土轟王。ふたりのやり取りを円香は依然として顔を染めながら見守っていたが、意を決して円香はタマモに声を掛けた。


「あ、あの、タマモさん」


「なんです?」


「お聞きしたいことが」


「……いまのマドレーヌちゃんの姿と関係していることですね?」


「はい。土轟王様から、その、この世界が」


「現実の異世界であると伝えられたということ、ですね?」


「……はい」


 タマモの言葉に円香は頷く。円香の頷きにタマモは「そうですか」と言うと、重たそうに口を開いた。


「お師匠様が語った内容は、事実ですよ。メニュー画面の時計の表示の通り、本来ならいまは「ログアウト中」であり、ログインできるわけがない。そのログインできるはずのない時間にこうしてゲーム内世界であるはずのこの世界にいられる。その理由は、この世界が本物の異世界だから、です」


 タマモは土轟王が告げた内容を、改めて事実だと伝えてくれた。


 その言葉に円香は「そう、ですか」と衝撃を受けながらも頷くのだった。

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