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24話 桜吹雪の下で

 風が吹く。


 遠くにあるはずの滝から舞い上がった水しぶきを纏った風が吹きすさび、古木の桜の花をかすめ取っていく。


 水を纏った風によって生じた桜吹雪。その桜吹雪を浴びながら、マドレーヌは幼い清香と向かいあっていた。


「守られるだけじゃ、嫌だった?」


 マドレーヌは清香の発言をオウム返ししながら、あ然とした顔で清香を見やる。


 清香は「うん」と自信を持って頷いていた。


 清香はまっすぐにマドレーヌを見つめている。その視線は、成長した清香と、クッキーと同じだった。


 普段のクッキーであれば、マドレーヌもやや乱暴に言い返すものの、いま目の前にいるのは、かつての清香。


 かつてのマドレーヌの背後で隠れていた、マドレーヌが守っていた子だった。


 クッキー相手であればできるが、かつての清香にはそんなことはできなかった。


 マドレーヌにできるのは、清香を見つめて無言で続きを語って貰うことだけ。


 清香もそのことを理解しているのか、「あのね」と少しばかり緊張しながら、マドレーヌを見つめたまま続けていく。


「わたしが、マドレーヌおねえちゃんのおひめさまさんだったら、まもられてばかりじゃやだもん。おひめさまばかりじゃ、やだっておもうもん」


「……でも、私の方が強いから。強い人が弱い人を守るのは当然でしょう? お父さんやお母さんが子供を守るみたいに。私の方がその子よりも強かったから、私はその子を守ろうとしていて」


「だから、それがやなの」


 鼻息を鳴らして、清香は言い切った。


 その言動は、いまのクッキーに重なって見えてしまった。


 だからだろうか、清香の言葉がいまのクッキーの言葉に、泣きながら溜め込んでいた想いを吐露しているクッキーのように思えてしまったのは。


「だって、おひめさまさんはまもってもらえるけれど、マドレーヌおねえちゃんはきずついてばかりだもん」


「それ、は」


「わたしもまどちゃんがなぐられるのをみて、すごくいやだったもん。マドレーヌおねえちゃんのおひめさまさんも、きっとおんなじだったんだとおもうの」


「……」


 反論がしづらかった。


 たしかに。


 たしかに清香の言うことは一理ある。


 クッキーであれば、いま目の前にいる清香が成長したクッキーであれば、清香がいま言ったことと同じ想いを抱くだろう。


 なにせ、同一人物なのだ。


 かつてのクッキーである清香が、マドレーヌとなる円香が殴られるのを見て嫌がってしまうというのはわかる。


 そしてその嫌がったという気持ちが源泉となり、強くなるために格闘技を習って体を鍛えた。すべては守られるだけのお姫様のままでは嫌だったから。ひいては、円香が傷付くのをこれ以上見たくなかったから。


 清香の言葉は端的にクッキーの有り様を言い表している。


「……だけど、そんなの私は、私は望んでいないよ。私はもともと強かったんだ。強いからこそ守りたいと思う人を守れていたんだ。だから、無理をして強くならなくてもよかった。ただ、そのまま私の後ろにいてくれれば、それで」


「だから、それがいやだったんだってば」


 だが、その有り様をマドレーヌは首を振って否定する。


 いや、否定というよりも、理解ができなかった。


 マドレーヌにとってクッキーは守られるべき存在であった。


 そのクッキーがわざわざ鍛えて強くなる必要などない。


 元から強いマドレーヌに守られるままでよかったのだ。


 いつか、マドレーヌに代わってクッキーを守ってくれる誰かが現れるまで、マドレーヌはクッキーを守っていられればそれでよかった。それだけでよかったのだ。


 しかし、そんなマドレーヌの想いを、清香は頬を膨らまして「それがいやだ」と言い切ったのだ。


「なんで?」と清香を見やるマドレーヌ。清香はかわいらしく頬を膨らまして続けたのだ。


「マドレーヌおねえちゃん、じぶんでいっていたよ」


「……え?」


「ささえてあげればいい、って。わたしがまどちゃんのこころをまもってあげれいいっていっていたもん」


「それは、清香ちゃんたちに対して言っただけで」


「そうだよ。でも、マドレーヌおねえちゃんたちにもいえることだっておもう!」


「私、たちにも?」


 清香の言葉にマドレーヌは尋ねた。清香は「そうだよ」と頷くと、さらに続けていく。


「だって、わたしとまどちゃんみたいなんでしょう? マドレーヌおねえちゃんとおねえちゃんのおひめさまさんは」


「ん、まぁ、そう、だね」


「じゃあ、おなじことがいえるもん」


 また否定のしづらいことを言われてしまった。


 というか、かつての清香と円香の関係についてのアドバイスは、そのままマドレーヌとクッキーの関係についても言えることではある。


 とはいえ、それはあくまでもマドレーヌが言い出したことであり、クッキーが同じことを考えていたというわけではないだろう。


 もしかしたら、クッキーは本当にマドレーヌを嫌っていて、それでという可能性もなくはない。


 ただ、そうなると、なんで頬にキスなんてされたんだという疑問が残ることにはなるのだが、いまのマドレーヌにはそこまで考える余裕はなく、クッキーに嫌われていたという勘違いをしそうになっていったが──。


「だいすきなひとにまもってもらえるのは、うれしいよ。だけど、だいすきなひとがそれできずくつのは、だれだっていやにきまっているもの」


「だ、大好きって」


「わたしは、まどちゃんがだいすきだもん。マドレーヌおねえちゃんのおひめさまさんだって、マドレーヌおねえちゃんがだいすきにきまっているよ」


「な、なにを言っているの!?」


 清香の言葉に顔を赤く染めるマドレーヌ。しかし、清香の勢いは止まらなかった。


「わたしがまどちゃんをだいすきになったみたいに、マドレーヌおねえちゃんのおひめさまさんだって、マドレーヌおねちゃんがだいすきになるもん。そうじゃなかったら、「つよくなりたい」なんて、マドレーヌおねえちゃんにまもってもらえているのに、「つよくなりたい」なんておもわないでしょう?」


「それ、は」


「それは?」


「……」


 言葉がでなかった。


 清香の言葉にマドレーヌは反論できなくなってしまった。


 清香の言う通り、マドレーヌという強者がいてなお、クッキーが強くなろうと頑張っていた理由。それはクッキーがマドレーヌが大好きだから。大好きな人が傷付く姿をただ見ているだけではいたくなかった。


 だが、そうして強くなった結果、マドレーヌとクッキーの間には大きな溝ができてしまっているのは、ひどい皮肉である。


「……だけど、強くなってどうするのさ」


「そんなの、マドレーヌおねえちゃんがさっきいってくれたように、マドレーヌおねえちゃんをささえようとしてくれたんでしょう? それいがいにはかんがえられないもん」


「そんな、そんなこと」


 ないとは言えなかった。


 不思議なことに、クッキーが支えようとしてくれたんだと思うと、納得できたのだ。


 そして思ったのだ。ちゃらんぽらんな私を支えようとクッキーは必死になってくれていたんじゃないかと。


 そう仮定すると、いままでのクッキーの言動は、口うるさいお小言は、すべてマドレーヌを想ってのものだった。


 ああしろ、こうしろと言うことは簡単にできる。


 できるが、それを何度もくり返して言うことなんて普通はしない。


 したとしても、せいぜい数回。クッキーのように顔を合わせるたびに言うはずがない。


 言うとすれば、それは責任感とか、義務感とではなく、本心からマドレーヌを想って言っていたということ。


 たとえ、口うるさく思われようと、たとえ、嫌われたとしても。


 すべてはマドレーヌのために。マドレーヌを支えるためだった。


 大好きな人を、マドレーヌを支えようと、クッキーはいつも必死になってくれていたのだ。


 でも、そのことをマドレーヌは気付かなかった。そのせいですれ違いが起きてしまっていた。


 あくまでも仮定だ。


 そう、あくまでも「たられば」の話でしかない。


「たられば」の話だが、そう考えれば、すべて納得できた。できてしまうのだ。


「……そっか。私が悪かった、んだ」


 クッキーが辛辣になった理由。クッキーとの関係が悪化した理由。そのすべてはマドレーヌ自身にあったのだ。


 どれほど想われたとしても、報われない日々は、人をすれさせてしまうものだ。


 それは清香だって同じ。大好きだからこそ、気付いてくれない恨み辛みは重なってしまう。


 その結果が、辛辣となったクッキーだった。その発端はどう考えても、マドレーヌ自身。マドレーヌ自身の行いのせいなのだ。


 そのことにマドレーヌはようやく気付けた。気付いた瞬間、マドレーヌの目尻に涙が浮かび、浮かびあがった涙はそのまま決壊した。


 決壊した涙は、マドレーヌの頬を濡らしていく。


 滝から浮かびあがった水滴を孕んだ風が、マドレーヌの頬を撫でつける。


 撫でつけられた風によって涙が宙を舞い、きらきらと輝いていく。


 涙を攫った風をぼんやりとマドレーヌは眺めていた。


「……マドレーヌおねえちゃん」


 涙の風を眺めていると清香が、気遣うようにマドレーヌにと声を掛けてくれた。マドレーヌは涙を流しながら清香を見つめ、そして──。


「……あはは、ごめんね。私、バカだったね。自分のことばかりだった」


 ──マドレーヌは清香を、そっと抱きしめた。


「おねえ、ちゃん?」


 清香はわけがわからないとばかりに、首を傾げているけれど、マドレーヌは涙目になりながら、清香を強く抱きしめた。


「……支えてくれていたことに、気付いていなかった。あんたが、ううん、君が支えてくれていたことに私は気付けなかった。ごめん。いままで本当にごめんね、きよちゃん」


 マドレーヌは腕の中の清香へと謝罪する。清香は状況が理解できないのか、困惑した表情を浮かべている。そんな清香にマドレーヌは本心を告げた。


「ありがとう、きよちゃん。あーし、ううん、私も大好きだよ。だから、きよちゃんは私が守る。でも、きよちゃんも、私を守って? お互いにお互いを護り合って行こうよ」


 清香へと本心を告げるマドレーヌ。すると、腕の中の清香に変化が訪れた。


「まど、ちゃん」


 清香がマドレーヌを「まどちゃん」と呼んだのだ。そして変化はそれだけではない。小さかった清香の体が徐々に大きくなっていき、そして──。


「……なに、恥ずかしいこと、言ってんの、バカじゃないの」


 ──いつものクッキーへと戻ったのだ。いつもの姿に戻ったクッキーにマドレーヌは笑いかける。笑いかけながら、「お返し」と言ってクッキーの頬にキスをした。


 そのとたん、クッキーの顔が真っ赤に染まる。


「えへへ、お返ししちゃったぁ~」


 口角をあげて笑うマドレーヌ。クッキーはマドレーヌの腕の中から抜けだそうともがくも、その度にマドレーヌは腕の力を強めていく。


 それでもどうにか抜けだそうともがくクッキーだったが、ついには諦めたのか、がくりと肩を落としてしまった。


 そんなクッキーにマドレーヌは追撃を行った。


「じゃあ、きよちゃん」


 とんとんと自身の頬を指差すマドレーヌ。クッキーはマドレーヌの仕草を見て、「う~」と唸るが──。


「私のこと、大好きなんでしょう? なら、してほしいなぁ~? ダメ?」


 ──マドレーヌの言葉にクッキーはお手上げとなったのか、意を決したように顔を近づけた。が、そこでマドレーヌは再び口元を歪めると、クッキーの動きに合わせて体をずらした。


 が、クッキーは顔を近づけた際に、まぶたをぎゅっと閉じていたため、マドレーヌの行動に気づけなかった。


 ゆえに、ふたりの距離がゼロとなったのは、軽やかな水音が鳴ったのは必然だった。


 思わぬ衝撃に目を見開くクッキー。クッキーがまぶたを開くとそこには、まぶたを閉じたマドレーヌがいた。


 まぶたを閉じたマドレーヌの姿にクッキーは叫びそうになったが、自身を抱きしめるマドレーヌの手が震えていることに気付くと、クッキーは恐る恐るとまぶたを閉じ、マドレーヌの背にそっと腕を回した。


 ふたりがより密着すると、同時に風が吹いた。


 それまで通りに水しぶきを含んだ風。その風が古木の桜の花を舞い散らせ、桜吹雪を舞わせていく。


 まるでふたりを祝福するかのようであった。祝福という名の桜吹雪の下、しばらくの間、ふたりの姿は重なり合っていた。

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