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21話 困惑のマドレーヌ

 ぴちゃん。


 ぴちゃん、と水の滴る音が聞こえてくる。


 滴る水が、大きな水面の上に落ちて、波紋を生じさせていく。


 その水面の上を波紋は広がっていた。まるで終わりがないように広がっていく。


 が、いつまでも波紋は生じない。途中で勢いは止まり、ふっと消えてなくなる。


 消えてなくなった波紋の代わりに、滴る水の代わりに、どぼんと彼女は水の中に落ちていった。


 が、すぐに彼女は浮上し、ぷかぷかと水面を漂い、新たな波紋を生じさせていく。


 水面を漂うのはひとりの少女だった。


 頭の上に立ち耳と、耳と同じ毛並みの二本の尻尾を持つ、妖狐族の少女マドレーヌだった。


 マドレーヌは意識がないのか、水面の上をぷかぷかと漂っていた。


 身につけた装備と得物であるEKもあるのに、水の中へと沈んでいく様子はない。


 まるで木の葉のように水面の上を漂っていた。


 そんなマドレーヌにとそれまで波紋を生じさせていた水の一滴が注がれた。


 ちょうど額に落ちた水滴が、マドレーヌの額から左右に分かれてマドレーヌの顔を濡らしながら、滴り落ちた。


 そこでマドレーヌは目を覚ました。


「……ここ、は?」


 目を開くと、そこは見知らぬ場所であった。


 土轟王の居城内とは明らかに違う。


 果てが見えないほど大きく、広い滝壺にマドレーヌはいた。


 見えるのは一面の青。


 いや、一面の水だけ。


 遠くには自身がいる滝壺へと静かに降りそそぐ滝が存在していた。


「滝、なのに音がしない?」


 そう、マドレーヌの視線の先にある滝からは音がしなかったのだ。


 滝は見上げられないほどに高所から降りそそいでるのだが、一切の音がない。


 勢いよく降りそそいでいるはずなのに、その音がまるで聞こえない。


 どういうことだよと言いたくなる光景だが、目の前に存在していることは事実だった。


「……どうなってんの、ここ?」


 マドレーヌはぼんやりとしながら、とりあえずとばかりに自身の頬を引っ張った。


 が、すぐに鋭い痛みが走り、夢の中ではなく現実であることを理解する。


「……夢じゃないなら、ここどこよ」


 マドレーヌは状況を理解できぬまま、みずから頬を引っ張った痛みで若干涙目になった。


 軽く引っ張ればいいのに、寝起きのせいで力加減を誤ったのである。


「いてて」と頬を押さえつつ、マドレーヌは周囲を改めて見回す。


 見えるのは滝と岸、岸に群生する木々。


 群生する木々のひとつからは常に水が滴っている。


 水の滴る木の枝が、マドレーヌの頭上に至っており、その枝から滴る雫が、ちょうどマドレーヌ目がけて降りそそいでいる。


 滴る雫によって、マドレーヌの髪はより濡れていく。


「……水が木から滴り落ちるって」


 それは現実的にはありえないことだ。


 雨が降り、木を通して滴り落ちるなど、なにかしらの水源がなければありえない光景である。


 そのありえない光景を目の当たりにして、いまいるのがはたして現実なのかと疑い始めるマドレーヌだったが、そこでふと水面に浮かぶ自身の姿を見て気付いた。


「……なんで、「マドレーヌ」になっているの?」


 そう、そこにいたのはマドレーヌだった。現実の円香ではなく、「マドレーヌ」がそこにはいた。


 少し前までゲーム内世界にいたが、気を失っていたということは、そのまま強制ログアウトされることになったはず。


 だが、ログアウトしたはずなのに、なぜ円香ではなく、マドレーヌのままなのだろうか。


 ただ、ゲーム内というのであれば、目の前のありえない光景も説明できる。


 説明できるのだが、最初の疑問である「ここはどこなのか?」という疑問の答えにはなりえない。


「……あーし、どこに迷い込んじゃったわけ?」


 頬をぼりぼりと搔きつつ、どうしたものかとマドレーヌが悩み始め、不意に思い出すことがあった。


「っ、そうだ! きよちゃん!」


 そう、気を失う前に、マドレーヌはクッキーを巨大イカから助けたのだ。


 が、仕留めると同時にマドレーヌは意識を手放した。そこから先のことはわからない。わからないが、たしかに腕の中にはクッキーがいたはずだったのだ。


 しかし、そのクッキーはいま腕の中にはいない。

 考えられるとすれば、それは──。


「あのイカ野郎! 生きていたな!」


 ──そう、巨大イカの仕業くらいであろう。


 当の巨大イカは仕留めた。仕留めたが、もしかしたらそう見せかけただけだったのかもしれない。


 もしくは別個体がそばにいたのかもしれない。


 どちらにしろ、あの巨大イカがこの状況の元凶である可能性が高い。


 マドレーヌは牙を剥きながら、「良質の刀」を抜き放ち──。


「……あれ? いつもと違う?」


 ──自身の得物の変化にようやく気付いたのだった。


 マドレーヌのEKであるSRランク「良質の刀」からは、青い波動のようなものが放たれていた。その青い波動はまるで波のように揺らめき、そして滴り落ちている。


「……なに、これ?」


 マドレーヌは自身のEKの変化に驚きながら、「鑑定」を用いて調べた。


 そうして調べた結果、マドレーヌは──。


「……は?」


 ──たっぷりと時間を掛けて、困惑の声をあげたのだ。


 マドレーヌが困惑した「鑑定」の結果とは──。


 名称 玉散


 ランク SSR


 階位 2


 詳細 抜けば玉散ると謳われた一振りにして妖刀。抜けば刀身から滴るような青い波動を携える。孝を重んじし者のみが、この一振りを手にする資格がある。



 ──とんでもない内容であったのだ。


「抜けば玉散る、って、「八犬伝」の?」


 巨大イカと対峙するまでは、「良質の刀」であったはずのEKが、いま「鑑定」したら名称が変わったうえに、ランクもひとつ上のSSRランクへと変化していたのだ。


「特殊進化、はRランク以下じゃないとダメだったよね?」


 EKのランクの変化は、「特殊進化」だけが該当する。


 しかし、「特殊進化」はRランク以下のEKのみが行えるものであり、マドレーヌの持つ「良質の刀」はSRランク。「特殊進化」の該当外であるはずなのだ。


 なのに、マドレーヌのEKはSSRランクへとランクアップしていた。


 その名称自体は馴染みのないものであるが、詳細を見れば、元ネタが「南総里見八犬伝」の村雨であることは間違いない。


「八犬伝」において村雨と言えば、抜けば刀の付け根から露を発生させ、寒気を呼び起こすとされる妖刀だった。


 名称が「村雨」ではなく、「玉散」なのは、いまの階位が2段階目であるからだろう。


「良質の刀」のときはまだ階位は1だったのだが、いまの階位は2となっているので、「村雨」と銘打つのはまだ早いということなのだろう。


 考えられるとすれば、「良質の刀」が進化したということなのだろうが、掲示板でもSRランクのEKがSSRランクにとランクアップしたなどという話は聞いたことがなかった。


「とりあえず、掲示板で……あれ? 開けない?」


 掲示板でSRランクのランクアップについてを検索しようとしたのだが、どういうわけか掲示板を開けない。


 それどころか、メニューを開くこと事態ができなくなっていた。


「え、えっと、どういうことなの、これ」


 いきなりの展開にマドレーヌはパニック状態になりつつあった。


 メニューが開けないと運営への連絡もできないし、そもそもログアウトさえもできないのだ。


 大人びたところがあるものの、リアル年齢で小学生であるマドレーヌにとって、現状は理解不能なのだ。そんな状況下においてパニック状態になるのも無理からぬことだった。


「ど、どうしよう。っていうか、この状態じゃきよちゃんを助けられないじゃんか!」


 ログアウトできないのは致命的であるが、それ以上にクッキー、いや、清香を助けることが出来なくなることがなによりもまずいのだ。


「どうしよう、どうしよう、どうしよう」


 焦りが募り、マドレーヌは「玉散」を握りながら、頭を抱えていた。


 これからどうするべきなのか。


 現状の指針がまるで見えなくなった、そのとき。


「ここ、どこ? まど、ちゃん、どこにいったの?」


 清香の声が聞こえてきたのだ。


 マドレーヌは慌てて声の聞こえた方を見やると、そこには──。


「え? きよ、ちゃん?」


 ──出会ったばかりの頃の清香が、小学校に入学してすぐくらいの頃の清香が涙目で立っていたのだ。


「……なんで、おねえさん、わたしのなまえ、しっているの?」


「へ? いや、ほら、あーし。あーしだよ?」


 小さくなった清香と視線を合わせるようにして屈みながらマドレーヌは自身を指差すも、清香は意味がわからないとばかりに首を傾げた。


「あーし、さん?」


「いや、違う。そうじゃないよ。あーし、ってのは私ってことだよ。ほら、わかる? 私だってば」


 清香の肩を優しく掴みつつ、説明をするマドレーヌ。だが、清香はやはり首を傾げるのみである。


「おねえさん、だれ?」


「うぅ、わからないのか」


 がくりと肩を落とすマドレーヌ。そんなマドレーヌに清香は困ったように眉を顰めるも、すぐに「あ、そうだ」と慌て始める。


「ねぇ、おねえさん。まどちゃんをしらない? まどちゃんとはぐれちゃったの」


「いや、だから」


「まどちゃんがしんぱいしちゃう。はやくみつけないといけないの。おねえさん、てつだってくれない? おねがい」


 清香は涙目になってマドレーヌの袖を握りながらお願いをしてきた。


 かつての清香は、いつもこうして「お願い」をしてきたのだ。そのお願いにマドレーヌは滅法弱かった。


「……わかった。わかったよ。とりあえず、岸に行こう。ここじゃ溺れちゃうし」


「あ、うん。ところで、どうしてわたし、みずのうえにたっているの? それとおねえさん、だれ?」


「あー、水の上に立っているのはあーし、いや、私もわかんない」


「そうなの?」


「うん。あと、私の名前は、えっと」


「なぁに?」


「……マドレーヌ」


「まどれーぬ?」


「そう、マドレーヌっていうの。よろしくね、きよちゃん」


「うん。マドレーヌおねえちゃん。ところで、なんでわたしのなまえ、しっているの?」


「あ、えっと、それはねぇ」


「それにきつねさんのおみみと、しっぽがあるのもなんで?」


「あ~、うん、それは」


「なぁに?」


 清香からの矢継ぎ早の質問に徐々に答えを窮していくマドレーヌ。


「そういえば、昔からわからないことは、すぐに質問していたよねえ」と当時から変わらない清香の性質を改めて感じつつ、「どうしたものかなぁ」とマドレーヌは清香の質問にどうにか答えていったのだった。

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