14話 クッキーとマドレーヌ
夕焼け空が枝葉の間から見えていた。
その影響なのか、木漏れ日の色も少し変わって、淡いオレンジにと変わっている。
青いオレンジ色の木漏れ日を浴びながら、マドレーヌとクッキーは鍬を振るっていた。
「ふー、ふー、こんな、もんっしょ?」
「はー、はー、これで終わりでいいよね」
……ふたり揃って汗だくになりながらだが。
なぜ、ふたりが汗だくになっているのかと言うと、現在ふたりはユキナとフィナンの四人で管理している試験用の畑をふたりだけで耕しているからであった。
どうしてそうなったのかは、実に簡単なことで、ふたりがユキナを突き飛ばし、怪我をさせそうになったからだ。
その罰として、フィナンからふたりで残りはやるようにと言われたのである。
普段であれば、ふたりとも非難囂々とするものの、今回ばかりは自分たちに責任があることを理解していたため、フィナンからの罰を素直に受けることになったのだ。
もうひとつ加えるとすれば、ガチ切れしたフィナンが怖かったからというのもある。
ふたりもフィナンやユキナとは長年の友人であるからこそ、ガチ切れしたフィナンがどれほど恐ろしいのかは、身を以て知っていた。
ゆえに、久しぶりのフィナンの怒りを受けて、ふたりは怯えてしまい、現在へと至っていた。
すでに土轟王もヨルムも住居に戻り、フィナンとユキナも宿舎へと戻ってしばらく経っていた。
その間もせっせと畑を耕し続けて、ようやくふたりの罰はいま終わったのだ。
「……疲れたぁ」
「もう、嫌だぁ」
のろのろと畑から出て、揃って地面に突っ伏すふたり。
それでもふたりの手は鍬を握りしめていた。あまりにも強く握りしめていたからか、鍬にはふたりの手の痕がくっきりと残されている。
「……フィナンっち、これだけすれば怒らない、よねぇ~?」
「……さすがにはそれはないでしょ? たぶんだけど」
「たぶんはやだぁ~。絶対じゃないとやだぁ~」
「……そんなことを言われても、わかんないよ」
「なんでよぉ~」
「フィナン次第だから」
「……それを言われるとなにも言えない、マドレーヌちゃんなのです」
「なに、それ? そもそも、フィナンに怒られることになったのも、あんたのそういう態度が」
「はぁ~? それを言うのであれば、そっちがいちいち突っかかってくるからでしょうが」
「は?」
「あ?」
地面に突っ伏しながら、お互いを睨み付け合うふたりだったが、すぐに力なく突っ伏してしまう。
「……やめよう」
「……そうだね」
ゲーム内世界とはいえ、疲れるものは疲れる。
そういう意味で言えば、すでに疲労困憊状態のふたりにとって、これ以上疲れることなどしたくなかったのだ。
ギャル系と委員長系という、真逆のテンプレであるふたりはよくケンカをするものの、なんだかんだで仲は悪くないのだ。
「……ねぇ、聞いてもいい、クッキー?」
「なによ? マドレーヌ」
「どうしていつもあーしに突っかかってくるの?」
「は?」
「あ、いや、ケンカを売っているわけじゃなくてさ、単純にどうしていつも突っかかるのかなって。だって、本当に嫌なら無視すればいいじゃん?」
「……」
「ほら、ティアちゃん先生が昔言っていたっしょ? 「好きの反対は嫌いじゃない」って憶えている?」
「……憶えている」
「なら、わかると思うんだけど、本当に嫌なら無視すればいいのに、なんで突っかかってくるのかなぁって」
マドレーヌは普段から思っていた疑問を、クッキーへとぶつけていく。
マドレーヌの疑問は当然なものだった。
マドレーヌの言う「好きの反対は嫌いじゃない」という言葉は、かつてマドレーヌたちの担任をしていたティアナが口にしたものである。
「好きの反対は嫌いって思うかもしれないけど、好きの反対は嫌いではないの。好きの反対は無視なんだよ」
どうしてティアナがそれを語ったのかは、マドレーヌもクッキーも憶えていない。
だが、その際に語られた内容はしっかりと憶えていた。
「好きと嫌いは反対のものだって、よく言われることはあるけれど、本当は違うの。嫌いは好きのもうひとつの形なんだよ。好きでないのであれば、気にすることなんてないのだから。つまりは無視になるんだよ」
ティアナは教壇に立ちながら語っていた。そのときのことをマドレーヌもクッキーもはっきりと憶えていた。
だからこそ、マドレーヌにはわからないのだ。
どうしてクッキーはことある毎に突っかかってくるのかが、マドレーヌにはわからなかった。
マドレーヌとどうしても相容れぬのであれば、完全に無視をすればいいだけなのだ。
なのに、クッキーは無視をせずに突っかかってくる。どうして相容れぬはずなのに、突っかかってくるのか。無視という一番の手段を選ばないのかがわからなかった。
突っかかってきたら、お互いに傷つき合うだけで、なんの特もないというのに、なぜ傷つき合う行為を選択するのか。
どれだけ考えてもマドレーヌには、正解を導き出すことができなかった。
とはいえ、それで諦めるマドレーヌではない。
わからぬのであれば、直接尋ねればいいと思ったのである。
が、クッキーとふたりっきりになる機会などなかなかなかったため、いまのいままでマドレーヌ自身尋ねることを忘れていたのだ。
現実ではマドレーヌもクッキーも、別のグループに所属していた。
昔は、小学校に入ったばかりの頃は、ユキナとフィナンを入れて四人のグループだった。
だが、高学年になる少し前に、マドレーヌは同じギャル系の子たちと、クッキーは真地面な子、いわゆる委員長タイプの子たちのグループにそれぞれ入っていった。
ちなみにユキナとフィナンは中間くらいの、あまり目立たないおとなしめな子たちのグループにいる。
それでも、こうして同じゲームで遊ぶくらいに、交流は続いている。
とはいえ、その交流もいつまでも続けられるわけでもない。
クッキー以外の三人は地元にある女子校へと進学することになっているが、クッキーは三人とは別の進学校への受験を予定していた。
その時点でクッキーとは疎遠になってしまうし、マドレーヌもおそらくは地続きでギャル系の子たちとの交流が深くなっていくだろう。
言うなれば、四人でこうして交流ができる最後の機会がこのゲームだったのだ。
フィナンたちは当初どうやってユキナを説得するかの話し合いをしていた。
が、三人にとっては想定外な形で、ユキナは先んじてゲームを始めていたのだ。
説得する手間が省けたと言えばそうなのだが、いままでの相談はなんだったんだろうと、三人は思わずにはいられなかった。
が、先んじてゲームをしてくれていたおかげで、三人はそれぞれの憧れの相手と知り合うこともできたわけなので、痛し痒しというところであろう。
そうして四人で一緒にゲームを楽しんでいるうちに、マドレーヌはいままでずっと聞こうと思っていたことを、クッキーがなぜ突っかかってくるのかという疑問を思い出し、こうして尋ねたのだった。
「どうして、か」
「うん、よければ教えて貰えないかな?」
「っ」
マドレーヌは体を起こして、いわゆる女の子座りをしながら、クッキーを見やる。
クッキーはというと、マドレーヌに背中を向ける形で丸まってしまう。その様子はまるで寝転がる猫のようで、ついマドレーヌは笑ってしまった。
「……なに、笑ってんのさ?」
笑い出したマドレーヌに、クッキーは顔を真っ赤にして睨み付けた。
「怖い、怖い」と言って笑いながら、マドレーヌは「それで」と顔を近づけた。
「理由あるんだよね? 教えてくれるの? くれないの?」
じっとクッキーを見つめるマドレーヌ。すると、なぜかクッキーの頬がより赤みを増したのだ。
「はて?」と首を傾げるマドレーヌ。いままでの付き合い上、これだけでクッキーが顔を赤らめることなどなかったのだ。
そもそも、なぜ顔を赤らめるのだろうかとクッキーの反応に疑問符を浮かべるマドレーヌ。
そんなマドレーヌの様子に、クッキーは唸り声を上げつつ、突如その襟首を掴んだのだ。
「え」とあ然となるマドレーヌだったが、クッキーは完全に無視して顔をずいっと近づけると──。
「んっ」
「っ!?」
──マドレーヌの頬に唇を落としたのだ。
あまりにも唐突な状況に硬直するマドレーヌと「やってしまった」とばかりに頭を抱えて天を仰ぐクッキー。
対照的すぎる反応を見せるふたりだったが、先に反応を見せたのはマドレーヌだった。
「な、なななな、なにしてくれんのさぁぁぁぁぁ!?」
顔を真っ赤にして叫ぶマドレーヌ。その際に、思いっきり後ずさりをしてクッキーとの距離を空けていく。
その光景に「やっぱり」と言わんばかりに、悲しそうに笑うクッキー。笑っているものの、それは自嘲しているようにしか見えないものだった。
「……そう、なるよねぇ。わかっていた。わかっていたから、言いたくなかったのに」
はぁとため息を吐いて、今度は体育座りをして蹲るクッキー。蹲る際にマドレーヌにはクッキーの目尻に涙が溜まっているのがはっきりと見えた。
クッキーが泣いているのを見るのは、ずいぶんと久しぶりであり、どう反応すればいいのか、すぐにはマドレーヌにはわからなかった。
「……ごめん、忘れて。本当にごめん」
そう言って黙ってしまうクッキー。蹲って沈黙する姿は、すべてを拒絶しているようだった。
「あ、あの、クッキー」
恐る恐ると、空けた距離を縮めるマドレーヌだが、クッキーの鋭い声が響く。
「来ないで!」
クッキーの声に、マドレーヌはびくんと体を震わせた。
いままでクッキーとは散々ケンカをしてきたものの、こんな風に拒絶されたのは初めてだったのだ。
いきなりの拒絶に、どうすればいいのか、マドレーヌにはわからなくなってしまった。
そうしている間に、クッキーは立ち上がり、無言で駆け出してしまった。
「あ、く、クッキー!」
マドレーヌはもう届かないとわかっているのに、クッキーに向かって手を伸ばす。が、その手がクッキーの肩を掴むことはなく、空を切ってしまう。
「……ぁ」
なにも掴めなかった自身の手を見やりながら、マドレーヌは遠ざかるクッキーの背中を見つめることしかできずにいた。そのとき。
「ふむ。追いかけなくていいのかい?」
がさりという音とともに土轟王の声がマドレーヌの耳に届いたのだ。
「ど、土轟王様?」
なんでここにとマドレーヌは困惑したが、土轟王はじっとマドレーヌを見て一言告げる。
「僕を機にしている暇あるの? ここは限られた空間ではあるけれど、結構広いよ? 追いかけないとどこに行くかもわからないけど?」
「え、あ、で、でも」
「別に応えろとは言っていない。ただ、話くらいは聞いてあげてもいいんじゃないかい? たとえ、あの子の要望通りに行かなくても、その想いを終わらせてあげるのも大切なことだと思うけど?」
「想いを終わらせる」
「そう。君が応えるつもりがないって言うなら、さっさと終わらせてあげるのが彼女のためだよ? 君があの子を友人だとしか思えないのであれば、解釈をしてあげるのも優しささ。でも、もし他に答えがあるのであれば、それはそれだけどね。でも、どちらにしろ、いまを逃すともう二度と話すことはなくなるよ? 後悔しない道を選びなさい」
じっとマドレーヌを見つめる土轟王。その言葉に、どう返事をすればいいのかはマドレーヌもわからなかった。
わからなかったが、居ても立ってもいられないということだけはわかっていた。
「……行ってきます」
「うん。頑張りなさい」
「はい!」
土轟王が笑う。その笑みに背中を押される形でマドレーヌは、もうたいぶ小さくなってしまったクッキーを追いかけるのだった。
この後、「でゅふふふ」と妖しい笑みを浮かべる土轟王さんがいたと書くと、「台無しだよ」と言われそうなのであえて書きません←




