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12話 合宿

 タマモがミナモトのもとで修行を行う最中──。


「──あー、疲れたぁ~」


 ──土轟王の元でユキナたちはファーマー修行として、地底農園で合宿を行っていた。


 修行と言ってもやることはそこまで多くはない。


 地面を耕し、種苗を植え、水を撒く。ときにはすでに生育しきった作物の採取の手伝いをするということを、日長一日行っていた。


 やることは単純ではあるものの、その割りには体力を消費してしまう。


 見た目は地味なのに、作業量は重労働でかつ長時間。そのうえ休日なんてものは基本的に存在していない。


 農業がいかにブラックであるのかの証明と言えよう。


 そんなブラック企業さえも真っ青になる作業を、ユキナたちはどうにかこなし終えて、就寝するために土轟王が用意してくれた宿泊施設へと戻ってきていた。


 宿泊施設に戻るやいなや、自身のベッドへと真っ先に飛び乗ったのは、「一滴」のエースであるマドレーヌだった。


 作業に適した格好として、土轟王から提供されたシャツとオーバーオールに、麦わら帽子のままでベッドに飛び乗ったマドレーヌ。


 顔や手足は泥だらけなのだが、疲れ切ったマドレーヌはそのことにはおかまいなしとばかりにベッドに直行してしまっていたのだ。


「あー、このまま寝たいなぁ」


 ごろごろとベッドの上で寝転がりながら、備え付けの枕を抱きしめて、表情を緩ませるマドレーヌ。


 放っておけば、そのまま眠ってしまいそうなほどにその顔はとろんと蕩けていた。


「うん、やっぱり、あーし、もう寝る~。おやすみ──」


「いいわけないでしょう」


 やはり、このまま寝ようとして、マドレーヌはそっとまぶたを下ろそうとした。


 が、それよりも早くマドレーヌの頭を、「一滴」のブレーンであるクッキーがやや強めに小突いたのだ。


 スパンといい音を立てて頭を小突かれ、マドレーヌは枕を抱きしめたまま、先ほどとは別の意味合いでベッドの上を転がっていく。


 クッキーは両手をパンパンと叩いてから、身につけていた軍手を外し、被っていた麦わら帽子を壁掛けにと掛けていく。


 その間、クッキーがマドレーヌを見ることはなかった。


 むしろ、存在していないのかのようにマドレーヌを無視して淡々と片付けを行っていた。


 そんなふたりを部屋の入り口からフィナンとユキナは呆れと苦笑いというそれぞれの表情を浮かべながら見つめていた。


「こ、このぉ! いきなりなにをすんのさ!?」


 痛みがどうにか抜けたマドレーヌは、元凶であるクッキーをやや血走った目で睨み付ける。


 が、当のクッキーは気にすることなく、次の日の準備に取りかかっていた。


 準備と言っても、せいぜい今日着ていた作業服と軍手を洗濯用の籠に放り込み、洗濯されている作業服と軍手を自身のパーソナルスペースに置くだけであるのだが。


 だが、たったそれだけのことが意外と大事なことでもある。


 当日になって準備をする、事前に準備を行っておけば、当日に慌てることもないのだ。


 実際、入り口に立っていたフィナンとユキナもすでに翌日の準備を進めていた。


 準備をしていないのは、マドレーヌだけとなっていた。


 だが、当のマドレーヌにとってみれば、準備云々よりも自身の頭部をいきなり小突いたクッキーへの恨み節が勝っており、とても剣呑な標高でクッキーを睨み付けていた


 しかし、そんなマドレーヌの恨み節を一身に受けてもクッキーは動じることはなかった。


「さて、お風呂に行こう、フィナン、ユキちゃん」


「ん、ちょっと待っていて」


「あ、えっと、マドレーヌちゃんが」


「いいよ、勝手に吼えさせておけば」


「おい、こらぁ! 勝手に吼えさせておけばってなんだよぉ!?」


 クッキーの物言いにマドレーヌは吼えていた。その声に面倒くさそうにクッキーは振り返った。


「そのままの意味だけど? やることやらずにさっさと眠っちゃうんでしょう? なら、もう寝なよ。私は手伝わないからね?」


「な、なんだよぉ! その言い分は!? ひどすぎない!?」


「マドレーヌが不真面目だってことを言っただけですけど?」


「はぁ!? クッキーがバカ真面目なだけでしょう!?」


「それのどこが悪いの? 真面目じゃない人よりも、バカ真面目の方がましじゃない?」


 すっと目を細めるクッキー。……一部の紳士が開けてはならない扉を開けてしまいかねないほどに、その目は蔑んだ目であった。


「バカ正直に生きたってつまんないでしょう!? もっと気楽にさ!」


「「アリとキリギリス」だと、そう言って遊んでいたキリギリスは最終的には死んじゃうけどね?」


「え? 死にそうなところをアリさんに助けられたじゃないの?」


「なにを言っているの? キリギリスは死んじゃうんだよ? 遊んでばかりの人は、いつかは後悔するっていう訓示なんだから、助かるわけがないじゃない」


「え、えぇ~? でも、あーしが読んだ絵本だと、最終的には助けて貰って、それからは真面目に頑張るって感じだったけど?」


「はぁ? なに、それ? ご都合主義にもほどがあるんですけど?」


「いや、だって、実際にそうだったし」


 しどろもどろになるマドレーヌと怪訝そうな顔をするクッキー。


 ふたりの話はすっかりと変わってしまっているが、平行線を辿っていることには変わらない。


 が、今回のふたりの話に限って言えば、どちらも間違っているわけではないのだが。


「あ、あの、ふたりとも? どっちも合っているよ?」


 おずおずと手を挙げるユキナ。その言葉に「え?」とお互いに首を傾げるマドレーヌとクッキー。そんなふたりにフィナンが「はぁ」とため息を吐きながら、ユキナに変わって説明を始めた。


「キリギリスが最終的に死んでしまうのも、アリさんに助けられるのも、どちらも合っているんだよ。正確に言うと、死んでしまうのが原典と言うべきかな? で、マドレーヌが言っているのが改訂版だね。いまは改訂版が主流となっているの」


「そうなんだ?」


「……そういえば、私が読んでいたのって親戚のお姉さんのお下がりだった」


 ふたりの話はどちらも合っているということを説明するフィナン。その説明にシンクロしたように頷くマドレーヌとクッキー。


 しょっちゅうケンカをするふたりだが、なんだかんだで仲は悪くない。ケンカするほどなんとやらなのである。


 なお、ユキナとフィナンが原典と改訂版の内容をどちらも知っているのは、ユキナ自身もお下がりで原典版を持っていたからだ。


 だが、時の移り変わりですっかりとボロボロになってしまい、新しく買い直した際に、改訂版の内容も知ったからだ。


 フィナンはその際に一緒に絵本を読んでいたため、内容を知っていたのだ。


「まぁ、とにかく。ふたりともトムジェリするのはいいけど、そろそろ私とユキちゃんもお風呂入りたいから、さっさと準備をしてくれる?」


 フィナンが咳払いをする。その際の言葉に「トムジェリってないから」とふたりは顔を真っ赤にして叫ぶも、フィナンは「はいはい」と言って、ユキナと一緒に着替えを持って部屋の入り口へと向かっていく。


「早く準備をしないと置いていくよ~?」


「ちょ、ちょっと待ってってばぁ!」


「マドレーヌのせいで、準備が」


「はぁぁぁぁ!? そっちが突っかかってきたくせにぃ!?」


「なに言ってくれてんの!? そっちが不真面目なだっただけじゃんか!」


「違いますぅ! そっちが最初ですぅ!」


「私はただ真面目にやれって言っただけ!」


「なにをぉ!?」


「なにさ!?」


 ごつんと額と額をぶつけ合うふたり。


 そんなふたりにフィナンはため息を吐いた。


「……置いていくねぇ。行こうか、ユキちゃん」


「え? で、でも」


「いいの、いいの。ほら、行こう」


「あ、フィナンちゃん!」


 フィナンはユキナの手を掴みながら、さっさと部屋を出ていった。


 その数分後、ふたりが出ていったことに気付いたマドレーヌとクッキーは慌ててその後を追いかけていったのは言うまでもない。


 こうして「一滴」とユキナの合宿は今日も無事に終わりを告げるのだった。

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