11話 見習い卒業
板状になった木材がいくつもあった。
だが、先端部分は二種類、凹凸に分かれていた。
先端を噛み合わせて、角を作っていく。うまい具合に噛み合うように調整してあるものの、それでも完璧に噛み合っているとは言えなかった。
わずかにだが、隙間が生じてしまっている。その隙間部分にタマモは小さな木片を当てた。
「──よいしょ、っと」
小さな木片こと、楔を木材と木材の隙間にタマモは打ち込んでいく。
金鎚で楔を徐々に打ち込むと、隙間は徐々になくなり、ちょっとやそっとではびくともしなくなった。
「ふぅ」とため息を吐くタマモ。すでに四方部分のうち前面以外はこれで終わりである。
「お、いい感じだな」
「どうですかね?」
「うん。いい感じに楔が打ち込まれているな。問題ねえよ」
「ありがとうございます」
ミナモトのOKが出て、タマモはほっと一息を吐いた。
そんなタマモにミナモトはおかしそうに笑った。
大工修行が始まって二週間後、タマモはようやく見習い卒業試験である犬小屋作りに挑んでいた。
ミナモト曰く、「犬小屋が作れれば、人様の家も作れる」ということだった。
犬小屋作りというと、スケールが小さくなるものの、住居であることには変わらない。
ゆえに犬小屋作りは住居を建てるための第一歩であるとミナモトは告げていた。
本当かなぁと思いつつ、犬小屋を作っていたタマモだったが、ミナモトの言わんとしていることは、なんとなくだが理解できたように思えた。
「犬小屋ってバカにできないものですね」
「犬小屋と言うと、なんだそりゃと思うのもいるが、犬が快適に住める住居なんだ。相手が快適に住める家という点で言えば、規模は違えど、犬小屋も人様の家も変わんねえんだ。そのことをまるで理解できてねえ奴が多いこと、多いこと」
嘆かわしいとばかりに、肩を竦めるミナモト。その言葉にタマモは少しばかり縮まってしまう。がミナモトは縮まったタマモを見て、豪快に笑い飛ばした。
「が、狐ちゃんはいまこうして犬小屋作りを通して建築のなんたるかを学んでいる。最初は理解できねえって顔をしていたが、いまはなんとなくだが理解できているんだろう?」
「はい、なんとなくですけど」
「なら、それでいいさ。いまは少しずつ知っていけばいい。いきなりすべてを理解しろ、なんて言われても困るだろう?」
「それは、そうですね」
ミナモトの言うとおりだった。
いきなりすべてを説明されても、理解しきることはできない。
理解するための土台が存在していないのだ。理解することなどできるわけもない。
ゆえに肝要なのは、ひとつずつでいいから土台を作り上げること。
そうして土台が出来上がるに沿って、理解を深めていく。
犬小屋作りもその土台作りの一環であり、その延長線上にあるのが人用の住居だということなのだろう。
単一で終わるわけではなく、すべてが成長のための土台である。
決して怠ったり、蔑んだりするべきではないことなのだ。
それは調理にも言えることである。
包丁の使い方、火の入れ方、ひとつひとつは見よう見まねでもできることではある。
だが、調理とは包丁の使い方がうまければいいわけでも、火の入れ方が上手であればいいわけでもない。
最終的には食べた相手に「美味しかった」と思ってもらわなければならない。
ゆえにすべてが単一で終わるものではない。最終的にできあがる一品へと繋がる大事な行程であるのだ。
それは建築における犬小屋作りも同じことだった。
見栄えももちろん大事だが、最終的には「そこで快適に過ごせるか」が問われるのだ。
「快適に過ごせるか」という意味において、犬小屋と人の住居の差など存在しないのだろう。
「……深いですねぇ」
前面部分、人の住居で言えば、玄関にあたる部分の板を手に取りながら、タマモはしみじみと呟く。
タマモが手にした板は、段階上に穴があり、上部分に至るにつれて穴が小さくなっていた。
百本の木材を切って得られた鋸の技術で、タマモ自身が加工したものである。
鋸での加工も最初は四苦八苦とさせられたが、いまはどうにかミナモトに認められる程度には形にできていた。
「なんだってそうだよ。職人だけじゃねえ。人が携わるものは、みんな実際に触れてみたら奥が深いもんさ。見た目は単純な作業であっても、実際に行ってみたら拘る理由が存在するもんよ」
「理由、ですか」
「おう。たとえば、なんで釘を使わねえかわかるかい?」
「……釘を使わないのはたしか宮大工の手法でしたよね?」
「あぁ、そうさ。宮大工は神様の住居を作るのが仕事だからな。ゆえに釘なんてものは使わん。天然自然のものを使って作り上げる。が、天然自然のものだけとなると、どうしてもつなぎ目が弱くなっちまう。それを補うための工夫が楔なのさ。連綿と受け継がれた教えなのよ」
「……受け継がれた教え、ですか」
「おうよ。が、こうして口で教えられたことはほとんどねえけどな」
「え? そうなんですか?」
「あぁ、唯一口で教えられたのはひとつだけだ。職人は物を語らん。が、職人が作り上げた作品は雄弁に物を語るって言葉だけさ」
「作品が物を語る」
「あぁ、俺は狐ちゃんが作った飯を食って、存分に狐ちゃんの職人としての有り様を知っている。狐ちゃんだって、流れ板や釣りキチたちと触れ合って知ったことはあるだろう?」
「……そう、ですね。触れ合って知ったことは多くあります」
「だから、職人同士で物を語るときは、お互いの作品を見てやるのさ。そこに込めれた想いを知ることで相手を知る」
「……ミナモトさんは、ボクをどう思っていますか?」
「そうさねぇ。まっすぐ、かな?」
「まっすぐ?」
「おう。泥臭いとも言うかな。もっと小狡く立ち回る方法はいくらでもあるだろうに、ただまっすぐに立ち向かおうとしている。バカ正直とも言えるが、そのまっすぐさがとても眩しいと思っているよ」
「そう、ですかね?」
「そうさ。今回の件だってそうだろう? 別に作業監督にさせられたからと言って、大工の修行をする必要なんざねえ。出来る奴に任せればいい。たとえば、俺に全面的に投げて狐ちゃんは後方でふんぞり返っているだけでもよかった。なのに、わざわざ初めての分野に挑戦している。それをバカ正直と言わず、なんて言う?」
「あ、あははは」
ぐうの音も出ない正論であった。
たしかにミナモトの言うとおり、ミナモトにお願いしてタマモは作業監督という建前だけでいることは可能だった。
アドバイザーであるミナモトにすべてを任せきることだって、ミナモト次第ではあるができないことではなかった。
だが、タマモはその選択をしなかった。ミナモトの元で修行をさせてもらっている。
どう考えても利口とは言えない。バカ正直とミナモトが言うのも当然だった。
「だが、その姿勢が俺は好ましい。いや、生産板の連中はみんな狐ちゃんのまっすぐなところを気に入っているよ。狐ちゃんの作品はみんなそのまっすぐな気性が存分に込められている」
「恐縮、です」
「謙遜するねぇ。が、それもまたよしってな。さて、寸法は大丈夫かい?」
「ええ、問題ないはず、です」
手に取っていた前面の板のうち最下段を上からゆっくりとスライドさせていくタマモ。
寸法通りに溝が入っており、その溝に沿って板をスライドさせていくのだ。
寸法通りに行けば、問題なく嵌まるはずなのだが、途中でスライドができなくなってしまった。
「あれ? 寸法通りのはずなのに」
「ふむ。若干の狂いがあったみたいだなぁ。ちょいと退いてくれ」
「あ、はい」
ミナモトの言う通りにタマモは場所を空けると、ミナモトは最下段の板を外し、溝を含めてまじまじと眺めながら手で触れていった。
「あぁ、ここだな。少しばかり仕上げが甘い」
「え? どこですか」
「ここだよ、ここ。触ってみな」
ミナモトが指差したのは左側の溝部分だった。試しに触ってみると、たしかに他とは違い、若干膨れているように感じた。
「本当、ですね。でも、これはどうすれば」
「わずかに削ればいい。とはいえ、削りすぎると今度はぴたりと嵌まらなくなってしまう。だから、ここは任せておきな」
そう言って、ミナモトは懐からヤスリを取りだし、ゆっくりと削り始める。削ったのはほんの少しだけだったが、ミナモトは「これでいい」と手を止めた。
「さて、もう一回やってみな」
「は、はい」
ミナモトに言われた通りに板をもう一度スライドさせていくタマモ。
さきほどは止まってしまった箇所は問題なく通過し、最終的にはぴたりと嵌まってくれた。
「で、できました」
「おう。じゃあ、次々にやってくんな」
「は、はい!」
促されるままにタマモは前面の板を次々にはめ込んでいく。
その様子をミナモトは温かく見守っていたが、タマモはその視線に気付くことなく前面の板を嵌めきった。
「おうし、これで四方は終わりだな。次は屋根だな」
「はい、お願いします」
「おいおい、やるのは狐ちゃんだぜ?」
「ですが、ご指導は受けますので」
「そうだな。じゃあ、引き続き指導をするから、どんどんとやんなよ」
「はい!」
「おう、いい返事だ」
タマモは屋根用に加工した板を手に取った。
ミナモトはその様子を機嫌良さに見守っていた。
その後、タマモは詰まることなく、屋根の設置を終えて、無事に卒業試験である犬小屋作りを終えた。
「おう、お疲れさん。これで見習いは卒業だな」
「ありがとうございます」
「やはり筋がいいな。教え甲斐がある」
「いえいえ、ミナモトさんのご指導あってのものです」
「そうかい? まぁ、とはいえ、ここからが本番だな。見習いから新人に格上げになったものの、一人前にはまだ遠い。びしばししごくから覚悟しなよ?」
「はい、お願いします!」
「おう、いい返事だねぇ」
かかかと高笑いするミナモト。そんなミナモトをまっすぐに見つめながらタマモは、明日への闘志を燃やすのだった。




