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10話 修行開始

 新本拠地建設のための報告会を終えた翌日、タマモは皆に話した通り、協力者であるカーペンターのミナモトの元へと訪れていた。


 ミナモトもまた「アルト」内で本拠地を構えるプレイヤーのひとりであり、コンタクトを取りやすい「生産板」メンバーのひとりだった。


 大抵の「生産板」メンバーは、「アルト」内で本拠地を構えているが、中には先の都市でも拠点を構えている者もいて、拠点を週替わりで転々としているらしい。


 今後はそういうプレイヤーも多くなるだろうという話をミナモトと交わしながら──。


「──ダメだな、やり直し」


「またですかぁ」


 ──タマモは「やり直し」の地獄を経験していた。


 タマモがいるミナモトの本拠地は、一見すると材木屋さんのような風体だった。


 西洋と東洋が入り混じった街並みを擁する「アルト」だが、ミナモトの本拠地は異質である。


 本拠地の外には無数の材木が、壁に立てかけられる形で天日干しされており、それら材木は住居部分をぐるっと一周する形で置かれている。


 住居部分の入り口は前面のガラス戸のみ。そのガラス戸も透明というよりかは、曇りガラスである。


 ガラス戸の上部にある軒下には看板で、両端のガラス戸には直接「ミナモト屋」と書かれていた。


 そのガラス戸は引けば、がららという音を立てて開き、内部は土間のような造りとなっていて、奥には座敷と仕切りの襖で構成されている。


 座敷部分はだいぶ広いうえに、いくつもの部屋があるようだった。


 先述した通り、西洋と東洋が入り混じる「アルト」においても、ミナモトの本拠地は異質だ。


 そんな異質なミナモトの本拠地である「ミナモト屋」の外、壁に立てかけられた材木よりもさらに外側、作業用スペースにて、タマモはミナモトの指導を受けていた。


 タマモが受けている指導は、鉋掛けだった。


 ミナモトが用意してくれた木材の上に鉋が置かれており、その木材をタマモは慣れぬ手つきでどうにか動かしているのだが、ミナモトからの合格はいまのところ出ていない。


 すでに鉋を掛けた木材は十を超えている。


 鉋掛けをし続けたせいで、鉋を掛けられないほどに薄くなってしまっている。


 その証拠にタマモの周囲にはいままで鉋掛けした木材の残骸が転がっていた。


 ミナモトがお手本として見せてくれた鉋掛けでは、削られた材木はとても薄い屑となっていた。ミナモト曰く「削り華」と呼ばれるもので、ミクロン単位で削れるものを呼ぶそうだった。


「まぁ、すぐに「削り華」はできないが、最終目標は「削り華」ができるようになることだな。かなりの修行が必要だが」


 ミナモトが削った「削り華」は本当に見事の一言であった。


 大根の桂剥きのように、とても薄く、そして美しいものだった。これもまた職人芸と呼ばれるものだろうなぁとタマモはミナモトの「削り華」を観察しながら思っていた。


「あの、これ、もらってもいいですか?」


「うん? あぁ、そんなもんでいいなら、いくらでもやるよ。是非参考にしてくんな」


「ありがとうございます!」


 ミナモトの許可を受け、タマモは「削り華」を早速インベントリに仕舞い込み、いざ鉋掛けに挑戦した──のだが。


「くっ!? なんで、こんなに引っかかるんですか!?」


 タマモの鉋掛けは初手から悲惨であった。


 いざ鉋掛けをしてみると、ミナモトの様に流れるように動かず、どうしても引っかかってしまう。それも引っかかりを抜けても、すぐにまた引っかかるの連続で、最初の一回が終わるまで数分を擁するほど。


 ミナモトはほんの数秒で終わらしていたのに対してである。


 しかもミナモトの「削り華」とは違い、ミクロン単位とはとてもではないが言えない木の塊ばかりが排出されていた。


 隣でタマモの作業を見守っていたミナモトが苦笑いを浮かべていたのが、タマモにとってはとても印象的だった。


 それでもどうにかこうにか最初の鉋掛けを終えられたタマモ。


 しかし、連続で引っかかり続け、木の塊を排出する鉋掛けをした木材が、果たして鉋掛けの目的──表面を整えることができるかと言われたら、答えは否であった。


「……すっごいですねぇ。目でも視認できるほどのでこぼこですよぉ」


「初めての鉋掛けであれば、こんなもんさ」


「ミナモトさんも最初はこうだったんですか?」


「ん? ん~。たしか、そうだったかな? 半世紀以上も前のことだからうろ覚えだけど」


「半世紀以上……」


「あぁ、中卒で師匠の元に弟子入りして、そっから大工一筋だったからなぁ。いまは師匠の代わりに棟梁しているしなぁ。まぁ、それも半ば引退して、若えのに任せているけれど」


 そう言って、ミナモトは懐から煙管を取り出してくわえ込んだ。

 

 タマモは指を鳴らして狐火を灯した。


「お、悪ぃな。狐ちゃん」


「いえいえ、お気になさらずにですよ」


「ははは、謙虚だねぇ。狐ちゃんがお嬢様でなければ、是非弟子に欲しかったぜ」


「え、こんな有様ですけど?」


 ミナモトが削った木材とタマモが削った木材は、元々同じ材質の木材ではあるが、その差は歴然である。


「ははは、言ったろう? 最初はみんなそんなもんさ。大切なのはそれからどう成長するかってことよ。なにせ、狐ちゃんは最初調理もからっきしだったろう?」


「……そうですね」


 いまは人並み以上に調理はできるようになったタマモだが、当初はとてもひどいものだった。


 ヒナギクの鬼の指導と実際に店舗を持つようになって、どうにかいまに至ることができたのだ。最初からできたわけではなかった。


「調理と同じよ。いや、生産と名の付くものは最初からうまくいくもんじゃねえ。始めた当初はみんな下手くそからだ。だが、そこで腐らずどうすれば向上できるかを試行錯誤していく。それが肝要ってもんよ」


「……たしかに、そうですね、って、あ、すいません。知ったような口を」


「あははは、なぁに、言ってんだい? これがうちの若えのだったら叱り飛ばすところだが、狐ちゃんはもう一国一城の主だ。その主がいままで未知の分野に足を踏み入れたってのに、うちの若えのと同じ扱いはできねえよ」


「ですが、腕前は」


「んなもん、しつこくしつこくくり返していりゃ勝手に向上するってもんよ。さっきも言ったろう? 腐るなって。腐らず、気持ちを持ち続けられればいつかは芽が出るもんよ。そして一度芽が出れば、あとはあっという間さ」


「……もし腐ってしまったら?」


「そうしたら、その部分を切り落とせばいい。ほれ、熟成肉ってやつは、トリミングってのをするだろう? 人も同じさ。腐っちまったら、腐った部分を切り落とせばいい。かえって腐った分だけこなれてよくなるんじゃねえかな?」


 ミナモトは喉の奥を鳴らすようにして笑っていた。


 その言葉に「なんですか、それ」とタマモは笑っていた。


「ははは、まぁ、気持ちの持ちようってもんよ。ってなわけで──」


 にやりとミナモトが人の悪そうな笑みを浮かべた。その笑みに嫌な予感を憶えるタマモ。その予感は現実となった。


「──とりあえず、百から行くかぁ」


「……百ってなんですか?」


「ん? 木材百本ってことよ」


「もくざい、ひゃっぽん?」


 言われた意味がわからず、オウム返しをするタマモ。そんなタマモにミナモトは「おう」と返事をした。


「現実だったら、百本も木材を用意してやることはできえねえけど、この世界なら木材を百本を用意できるしな。それをぜんぶ削りきってくんな」


「……えっと、本気ですか?」


「ん? 本気だが?」


 ミナモトは冗談を言っているようには見えなかった。タマモはあんぐりと口を大きく開けたが、ミナモトはそんなタマモを置いて「さぁて用意するとするかねぇ」とどこからともなく鋸を取り出した。


「とりあえず、俺は鉋掛けする用の木材切っておくから、それを次々に鉋掛けしてくんな」


「……」


 この人マジだ、とタマモは戦慄した。


 が、いくら戦慄したところで、ミナモトの手は止まらず、次々にタマモが鉋掛けするための木材を量産していく。


「ちなみにだが、次は鋸の使い方を憶えて貰うために、木材百本切ってもらうからな?」


「え?」


「建築のいろはは、それからだなぁ」


 喉の奥を鳴らすようにして笑うミナモト。その姿にタマモは再び戦慄する。


 だが、もう賽は投げられているのだ。


 タマモができることはただひとつだけである。


「……ガンバリマス」


「おうよ、頑張んな」


 ミナモトは高笑いしながら、鋸を振るう。


 その様を眺めながら、「大変なことになったなぁ」としみじみと思うタマモであった。


 こうしてタマモの大工修行は始まりを告げたのだった。

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