9話 報告会
様々な農作物が咲き誇る畝が見えていた。
その畝がいくつも集ってできた畑が、敷地内に流れる冷たい小川越しに無数に見えていた。
畑は空に浮かぶ緋色の太陽によって照らされて、淡い光に染まっていく。
現実であれば、日中の終わりを示す光景。その光景を丸太のテーブルにそれぞれ腰掛けながら、タマモを除いた「フィオーレ」の面々は眺めていた。
それぞれの手元にはお茶が置かれており、中央にはお茶請けが置かれている。
お茶請けは当初それなりに盛られていたものの、いまはだいぶ低くなってしまっていた。
そんなお茶請けへと誰かが手を伸ばし、かじりつく音が聞こえる。
ずずっとお茶をする音もまた聞こえてくる。
誰もなにも言わないまま、お茶とお茶請けが消費されていった。そのとき。
「──ただいま、戻りましたぁ」
ふっと、タマモの姿がその場に現れたのだ。
隣には誰もいない。
タマモだけで転移させれたのだろう。
焦炎王か氷結王が来るかと思われたため、少し意外であったが、ヒナギクたちは慌てることなく、それぞれにタマモを迎え入れた。
「遅かったね、タマちゃん」
「どうだった?」
ヒナギクとレンがそれぞれに声を掛けていく。タマモは「疲れました」とだけ言って、いつもの席に腰掛けると、突っ伏すようにして座った。
そんなタマモにとアンリがお茶を、エリセがお茶請けをそれぞれに差し出していた。
嫁ふたりからの対応に「ありがとぉ~」とお礼を言いつつ、お茶とお茶請けをそれぞれに受け取っていく。
「それで、皆さんはどうでしたか?」
お茶とお茶請けを受け取ったタマモは、場にいる面々を見渡す。
農業ギルドへの交渉、スタッフたちへの説明会。それらふたつはヒナギクたちに任せることになってしまったが、面々の表情を見る限り、無事に終えることができたということはわかった。
あとはタマモによるトワとの交渉結果を知るのみであることもまた。
むしろ、タマモが帰るまでの間に、報告を終えていないはずがない。
タマモをこうして待っていたのも、最後の結果を聞くためであることは間違いない。
もしくは、一番の難題を終えてきたタマモを労おうとしてくれているのだろう。
実際、本拠地に戻って来たのは、タマモが最後である。
他の二組は「アルト」内でのことであるため、タマモのように長距離移動することはない。
さほど時間が掛からなかったことは想像に難くはない。
対して、タマモは土轟王の地底農園に行っていたのだ。
当然、帰ってくるのもそれだけ時間が掛かるというものである。
もっとも、タマモの場合は、焦炎王や氷結王に最終的に転移で送って貰えるため、事実上移動時間はないようなものではあるのだが。
それでも、帰りが最後になってしまうほどに、今回の交渉はなかなかに時間が掛かるものだった。
実際は交渉はすぐに終わったものの、その後の取り決めに時間が掛かりすぎてしまったのである。
特にトワの配下の虫系モンスターズへの報酬関連がなかなかに難しかったのだ。
トワはタマモが提示する報酬では、なかなか納得してくれず、かなり渋られてしまったのだ。
そのうえ、虫系モンスターズの労働時間についても細かく詰めることになってしまった。
だが、本来ならば、前回の本拠地建設の際に、それらのことは当然やっておいてしかるべきことであったのだ。
前回時は、相手がクーだった。
しかし、当時はクーが特殊な存在であることを知らず、「仲間を呼んでくれたんだなぁ」としか思っていなかったのだ。
そのため、クーに徹底的に甘えることになってしまった。
今回のトワとの交渉は、そのときのツケを払わされたようなものだった。
が、帰ってきたばかりでそれを言うのはどうかと思ったタマモは、ヒナギクたちの様子を眺め見て「まずはお話を聞いてもいいですか」と尋ねたのだ。
その言葉にヒナギクたちは、交渉があまりうまく行かなかったのだろうと勘付いたものの、まずはこちらの報告をするべきだろうと、すでに五人の間で行っていた報告を再び行った。
「まずはアンリたちから報告させていただきます」
「どうぞ」
「では、失礼して」
アンリが挙手をして、農業ギルドとの交渉についての報告を始めた。
タマモはお茶を啜りながら、アンリたちからの報告を受けた。
「まず、結果から言いますと、今回の本拠地建設における資材は、すべて農業ギルド側が負担してくださるそうです」
「すべて、ですか?」
「ええ、すべてです。アンリたちもその点については驚いたのですけど、リィン姉様は問題ないと仰っていましたね」
アンリからの報告にタマモは目を見開いた。
まさか、資材のすべてを請け負ってくれるとは思っていなかったのだ。
いくらか融通してくれればいいと考えていたため、すべての資材を融通してくれることになったのはまさに僥倖である。
「いったい、どんな交渉をしたんですか?」
「それが普通に資料を渡して、説明しただけなんです」
「へ?」
アンリの返答を聞いて、タマモはあ然とする。当のアンリも「なんでああなったのか、全然わからないんです」と首を傾げていた。
レンとフブキを見やるも、ふたりとも今回の交渉結果については納得が行っていないようで、首を傾げている。
「まぁ、それだけボクらが貢献しているってことなんでしょうけど……そんなに貢献しましたっけ?」
「さぁ?」
「どうなんだろう?」
農業ギルドが全面的に協力をしてくれることは嬉しいものの、どうしてそうなったのかはさっぱりと理解できない。
理解できないが、まぁ、そういうこともあるだろうとタマモたちは農業ギルドについての話をやめることにした。
「それで、スタッフさんたちへの説明会はどうでしたか?」
農業ギルドへの交渉から、スタッフへの説明会へと話題を変えるタマモ。担当であったヒナギクとエリセが咳払いをし、説明会の話を始めた。
「こっちも結果から言うと、スタッフさんたちから了承を得られたよ」
「皆さん、任せとぉくれやすと息を巻いてたわぁ」
「それは上々ですね。スタッフさんたちには、今後負担を強いることになりますから」
「あ、ってことは」
「なかなか面倒事になった感じ?」
スフッタへの説明会についても、最上の結果となったことを知り、タマモは頷いた。
頷きながら、今後スタッフたちに負担を強いることになると呟くタマモ。
その呟きを聞いて、ヒナギクとレンは想定のうち、あまりよくない結果になったことを悟った。
「……まだ説明会についての話は全部聞いていないですけど、そうですね。こちらも結果を言いますと、だいぶ面倒になりました」
「あぁ」
「やっぱり」
「いったい、どんな内容に」
「……現場監督を任されました」
「え?」
「タマちゃんが?」
「はい。そのうえ、トワさんの配下の虫系モンスターズに対する提示した報酬ではなく、正規の報酬を用意し、彼らの労働時間を遵守などについてもいろいろと詰めてきました」
「……なるほど」
「だから、そんな疲れて」
「……そういうわけなのです」
一息に言い切ってから、タマモはふぅとため息を吐いた。
想定していた中での最良は、クーにほとんど任せたように、トワにいろいろと任せられることだったのだが、さすがに甘すぎであった。
きちんとした報酬も労働時間の遵守も現実であれば、当然の内容であった。
前回がなんでもかんでもクー任せだったのがよくなかったのだろう。
クーの厚意に甘えすぎていたことを、今回のトワとの交渉で突き付けられたのだ。
「とりあえず、目下の問題として、ボクには「大工」のスキルはありません。なので現場監督なんてこなせません。現時点では」
「現時点では、ってことは」
「ええ。明日より修行を始めようかと思います。すでに先方にはお願いしてありますので」
「先方というと?」
「カーペンターのミナモトさんって方にお願いしてあるのです。あと、ミナモトさんにも今後の建築についてのアドバイザーになってもらうようにお願いもしてあるのです。もちろん、報酬を用意してです」
今回のトワとの交渉で痛感した報酬の是非。
いままでは相手の厚意に甘えてきたが、ちゃんとした報酬を支払うことは当然であるということを改めて思い知り、予めこちらから相応の報酬を提示してある。
当然、この件についてはトワにも了承を得ているし、トワとも相談をしながら報酬を提示したのだ。
なお、その相談料についてもトワには支払うことになっているが、必要経費であると割り切っていた。
そうしてトワとの交渉結果についてを話したタマモ。その後は説明会についての補足も語られた。
農業ギルド、スタッフ、そしてトワ。それぞれの協力は得られたものの、まだ協力を得られただけである。
今後それらの協力を繋ぎ合わせていくことになる。
まだやることは多い。
それでも、報告するべきことはすべて終えた。
「まぁ、とにかく、今回の建築についてはだいぶ大変なことになります。ですが、いつも通りに全員の力を合わせて頑張りましょう」
タマモは今回の報告会をその言葉で締めた。今後のことについてはいろいろと山積みであるものの、いままで通りひとつずつこなしていくしかない。
タマモの言葉に全員がそれぞれに頷き、報告会は終わりを告げたのだった。




