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8話 説明会

 アンリたちが資材の協力を取り付けたのと同時刻──。


「──というわけで、いずれ移転することが決まりました」


 ふたりで「タマモのごはんやさん」へと向かったヒナギクとエリセは集まっていたスタッフたちにと「ごはんやさん」の移転を伝えていた。


 その日はタマモがトワへの協力要請の交渉に向かっていたため、「ごはんやさん」は臨時休業となっていた。


 が、臨時休業の連絡の際に、今後についての話をするということで、非番のスタッフにもできるだけ来て欲しいと招集の連絡をしていたのだ。


 そうして「ごはんやさん」には、ほぼすべてのスタッフが集まってくれていた。


 いないのは、タマモとユキナ、そして急な仕事のため、ログインできなくなってしまったデントの三人だけ。


 もっとも、タマモを除くふたりはすでにタマモから今後の営業についての話はされているということもあり、元から招集はされていない。


 ゆえに、この場にいるのはタマモから事前に話をされていなかった残りのスタッフたちだ。


 全員は無理だろうなとタマモたちは思っていたのだが、意外なことに全員が招集に応じてくれていた。


 壁と天井もないオープンテラス式の店内に、すべてのスタッフが集まる光景はなかなかに珍しい。


 臨時休業であるにも関わらず、全スタッフが集まっているのを見て、周囲のお店の店長たちが様子を見に来ていた。


 その店長たちには、後日お話をすることがあると伝えて、その日は帰ってもらった。


 開店後から、それなりの関係を築いてきた人たちであるため、今後の営業について話をしておくべきではあるが、スタッフと一緒に話をするのは考え物だったからだ。


 これについてはタマモの考えではなく、現場にいるヒナギクとエリセの独断だ。


 独断ではあるが、いずれ話しておくことではあることには変わらない。


 ただ、そのいずれはいまではない。懇切丁寧にお願いして、他店の店長たちには帰ってもらったのだ。


 もっとも、その際、なにやら悲痛そうな顔を浮かべている店長もいたので、いらぬ誤解を与えてしまったかなとは思ったふたりだったが、まずはスタッフへの説明だと気持ちを切り換えて、ふたりは店内へと戻ったのだ。


 そうして始まった説明会は、ヒナギクの冒頭のセリフによって、最初から騒然となった。


 移転するなんていきなり言われても、すぐに飲み込めるものではない。


 たしかに、いろいろと制約が多かった店舗ではあるが、なんだかんだで数ヶ月間も営業してきたのだ。


 いまの場所に思い入れがあるプレイヤーも多いだろうし、反応としては当然である。


 スタッフだけでもこの反応であるからして、他店の店長への説明でも同じような反応をされることは間違いない。


 中には明らかに「ごはんやさん」のおこぼれを頼っている店舗もあるため、移転はまさに死活問題と言ってもいいことだろう。


 が、すべての店がおこぼれを頼っているわけではなく、「移転するのも無理もないか」と理解を示してくれている店長もいるはずだが。


 先々の問題は面倒そうだと思いつつ、ヒナギクは手を叩いた。その音に騒然としていた店内は徐々に落ち着きを取り戻していった。


 ほどなくして、スタッフたちが口を閉ざした。それを確認してからヒナギクは続きを話した。


「新店舗が完成するまでは、この店舗のままで営業を続けるつもりですが、いままでのように私たちが揃わずに営業することにもなる可能性があります」


「申し訳あらへんどすけど、これだけは旦那様の交渉次第やさかい、いまはなんとも言えしまへん」


「場合によっては、一日私たちの全員が不在となり、皆さんで営業をして貰うことも十分にありえます」


「私たちだけで、ですか?」


 スタッフのひとりが恐る恐ると発言する。あくまでもその可能性があるというだけだが、タマモの交渉次第ではスタッフだけでの営業をする日がある可能性は否定しきれなかった。


「あくまでも、可能性でしかありませんし、断言はできないんですが、可能性のひとつとして考えておいてください」


「うちらもなるたけ、こちらに来るけど、なんべんも言うけど旦那様次第やさかい」


「その交渉相手というのは、どなたなんですか?」


 別のスタッフが挙手をして、いったい誰と交渉をしているのかと尋ねた。


 オーナー兼店長であるタマモみずからが交渉に向かうほどの相手とはいったいどんな相手なのかという疑問は、挙手したスタッフだけではなく、他のスタッフたちも考えていたのだろうか、みなじっとヒナギクとエリセを見つめていた。


 全員の視線を浴び、ヒナギクとエリセはお互いを見やるも、すぐに頷き合った。 

 

「今回タマちゃんが交渉しているのは、とある王様です」


「王様?」


「ええ、いまはまだそこまでしか言えません。が、悪い人、人? ではないですね」


「……あの、なぜ人の部分で疑問系にになるんですか?」


「……まぁ、その、なんと言いますか」


 しどろもどろな発言をするヒナギク。トワについてどこまで語っていいのかがわからないようであった。


 タマモたちにとっては、「トワさん」で通じるものの、一般プレイヤーにとって「トワさん」なんて言っても、「誰のことですか?」と返されるだけである。


 とはいえ、「「エンシェントバタフライ」という種族のモンスターさんです」なんて言えるわけもない。


 むしろ、モンスター相手に交渉なんてどういうことだと言われるのは目に見えている。


 どうしようかなとヒナギクが悩んでいると、エリセが小さくため息を吐いた。


「……うちから説明するなぁ。旦那様は現在西の砂漠にて座すお方の配下のお一方との交渉をされてます」


「西の砂漠に、ですか?」


「それって、噂の謎の少年のこと?」


「あれって都市伝説じゃなかったのか?」


 ざわざわと騒ぐスタッフたちに、今度はエリセが手を叩いた。その音に再びスタッフたちは口を閉ざした。


「そのお方についてはうちから説明はできしまへん。ただ、この世界における四人の王のひとりであり、旦那様にとってはお師匠様にあたるお方ちゅうことくらいどす」


「タマモさんは、そんな人と」


「もしかして、「武闘大会」で疲労された謎の「武術」ってその人から?」


「可能性はあるなぁ」


 再び騒然とするスタッフたち。さすがはゲーマーと言うべきか、新しい情報に対しての反応は凄まじい。貪欲と言ってもいいほどにそれぞれの考察を口にしていく。


 が、その考察をエリセは再度手を叩いて中断させた。


「とにかく。そのお方の配下のおひとりと旦那様は交渉に向かわれてます。今回の新店舗兼新本拠地建設には、そのお方のご協力が必須どすさかいね」


「その方はカーペンターなのですか?」


「いえ、近いことはできる方ですね。実際、私たちのいまの本拠地は、その方のお姉さんのお力を借りてできていますから」


 スタッフのひとりの質問に、今度はヒナギクが答えた。


 その返答に「そんな人が」と反応を示すスタッフたち。


 スタッフたちの中には「あれ?」となにやら勘付くスタッフたちもいるが、ヒナギクもエリセも気にすることなく続けた。


「とにかく、その配下の方との交渉次第で、私たちがこちらに来れるかどうかが決まると言えます。できるだけ参加できるように頑張りますけど、できなかったときは、皆さんにお願いすることになります。その頻度も交渉次第です」


「なるたけ負担が掛からんへんようにするけど、万一の場合も考えといてほしいんどす。いきなりで申し訳あらへんのどすけど」


 現時点で話せることは話し終えたふたりは、「以上です」と告げた。


 ここからはスタッフたちからの質問を受けるつもりで、「質問がある人は?」と尋ねた。


 尋ねたのだが、質問のために挙手するプレイヤーはいなかった。


 全員がまっすぐにヒナギクとエリセを見やると、それぞれに答えたのだ。


「任せてください」


「いままで皆さんにお世話になった分、今回は私たちが頑張る番です」


「どのくらいの期間になるかはわからないんですよ?」


「それでも、皆さんのためですから」


「頑張りますよー!」


 スタッフたちそれぞれが威勢良く返事をしていた。


 その返事に、ヒナギクもエリセもお互いを見合うも、すぐに穏やかに笑った。


「交渉の結果はおってお伝えしますね」


「存分に頼りにさせてもらうさかい、覚悟しとってぉくれやすね?」


 ヒナギクとエリセがそれぞれに言うと、スタッフたちは声を揃えて「任せてください」と言ってくれた。


 その言葉をありたがく思いながら、ふたりは揃って頭を下げた。


 こうしてヒナギクとエリセによるスタッフたちへの説明会は無事に終了するのだった。

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