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7話 トントン拍子

 タマモがトワとの一方的な交渉を終えた頃、農業ギルドに資材の交渉へと向かっていたアンリたちは──。


「──というわけなので、ご協力をお願いしたいのです、リィン姉様」


「……新本拠地建設、ねぇ」


 ──受付チーフであり、事実上のナンバー2であるリィンとの交渉にちょうど行っていた。


 リィンはキャリアウーマン風の出で立ちで、アンリとの交渉の席に着いてくれていた。


 交渉をメインで行うのはアンリだが、アンリの周囲にはエリセとヒナギクを除いた、レンとフブキがいた。


 この場にいないふたりは、「タマモのごはんやさん」へと向かっていた。


 本当はタマモ以外の全員で交渉を行おうとしていたが、よくよく考えてみれば全員で交渉を行う必要性などなかった。


 補佐役にひとりかふたり。多くても三人もいれば十分すぎる。


 本来ならひとりで行うべきだろうが、アンリの性格を踏まえると、補佐役はどうしても必要だった。


 かといって、調理が大してできないレンが「ごはんやさん」に行っても大して意味はない。


 加えて、レンはラッキースケベ体質の持ち主であるため、リィンがいるとはいえ、アンリとふたりで交渉を行わせるのは不安があった。


 そのため、追加の補佐役としてフブキを伴うことになったのだ。


 要はフブキにアンリの補佐役兼レンのお目付役を任せたということ。


 当のレンにしてみれば、「心外だ」とか「風評被害だ」と異議を申し立てていたものの、幼なじみであり、レンのラッキースケベ体質がどれほどのものなのかを熟知しているヒナギクが、「黙っていろ」と凄んで無理矢理黙らせていた。


 そのやり取りを見て、ふたりとの付き合いが短いフブキでさえ、「レン様はヒナギク様に頭があがらないんどすなぁ」と呟くほどである。


 その言葉にレンがなにも言えなくなったのは言うまでもない。


 こうしてアンリとともにリィンとの交渉役になったのがレンとフブキであったのだ。


 それでも、メインはアンリであることには変わらない。


 そのことはふたりも重々承知しており、アンリのフォローに徹するべく、アンリの両隣にそれぞれ腰を下ろしている。


 アンリたち三人に対するのは、リィン。農業ギルド側はリィンしかテーブルに着いていない。


 本来ならギルドマスターがテーブルに着くべきなのだが、そのギルドマスターは不在であったため、事実上のナンバー2であるリィンが交渉を担当することになったのだ。


 もっとも、アンリたち三人は知る由もないことだが、リィンはどんな内容であっても「フィオーレ」からの要請に応えるつもりでいる。


 タマモたち「フィオーレ」の農業ギルドへの貢献度は、タマモたちが考えている以上に高かった。


 それゆえに、タマモたちが無理難題を言わない限りは、即座に承認することをギルドマスターからも言われているのだ。


 ギルドマスターが言伝しているのは、いつどんなときであっても、「フィオーレ」の要請であれば承認する所存であるからだ。


 まさか、そこまで自分たちが農業ギルドに貢献しているとは、タマモたちは思ってもいない。


 ゆえに、今回は交渉とは名ばかりの出来レースじみたやり取りとなることは決定していたのだ。


 そのことをアンリたちは知る由もなく、新本拠地建設のためにと真剣な表情を浮かべていた。


 が、対面に座るリィンは「……どんな内容でも頷くのになぁ」と思っていた。


 しかし、当のアンリたちが真剣に臨もうとしているのに、そこに水を差すのはとも思っているため、リィンは表面上だけは真剣に対応している体を崩さない。


 ……ここまで双方の温度差がありつつも、すでに結果が見えている交渉など、農業ギルド設立以来初の出来事であろう。


 アンリたちはそのことを知らぬまま、どうにか協力を取り付けようと奮闘するべく、口を開いた。


「すべての資材を、とまでは言いません。ですが、いくらかだけでもご用意いただけませんでしょうか?」


「ふむ。いくらか、ね」


 リィンは腕を組みながら、いかにもな態度を取っていた。


 アンリは牽制打として、タマモに予め渡されていた資料を提示する。


「こちらが必要な資材の資料です。ご参考までに」


「拝見するわね……ふむ、結構な資材が必要みたいね?」


「旦那様、いえ、マスターは今回の新本拠地建設を機会に」


「あぁ、マスターなんて堅苦しい言い方しないでいいよ? いつも通りでいいから」


「え? あ、はい。では。……旦那様は今回の建設を機に、料理店を併設しようとお考えです」


「料理店……「タマモのごはんやさん」を本拠地に併設するということ?」


「その通りです。レン様、例のものを」


「こちらをどうぞ」


 アンリに促されて、レンが資料を取り出し、リィンに差し出す。リィンは差し出された資料を受け取るとレンを見やった。


「これは?」


「現在の「タマモのごはんやさん」の集客数と売り上げのデータです。日に日に右肩上がりであることは一目瞭然かと」


「拝見致します……なるほど、たしかに日に日にどちらも向上が見受けられますね。となると、いくら時計塔前広場といえど、手狭になりますね」


 レンが差し出した資料は、レンが言う通り一目でわかるように集客数と売り上げをそれぞれグラフで纏められており、売り上げはともかく、集客数はあきらかに現状の店舗でのキャパシティーを大幅に超過しており、リィンが手狭と言わざるを得ない数値であった。


「こちらの資料も見とぉくれやす、ではなく、ご覧ください」


「これは?」


「「ごはんやさん」のお客様の要望をまとめたものどす」


 続いてフブキが不慣れな共通語を操りながらリィンに差し出したのは、それなりの厚さのある束であった。


 その束はいままでの要望を纏めたものであるが、纏めてもそれなりの束になってしまったのだ。


 その量に若干目を見張りつつ、リィンは受け取った。


「こちらも拝見いたしますね……奇特な要望もあるようですが、なるほど、列に並ぶ方々の視線が気になる、ですか」


 内容にざっと目を通して、リィンの頬が若干引きつった。


 奇特な要望とやらが、どんなものなのかはタマモからの話で一応知っているアンリたちも、苦笑いするしかなかった。


 頬を引きつらせつつも、リィンは現時点の「ごはんやさん」における最も大きな要望である、「入店待ちのプレイヤーたちの視線が気になる」を理解したようだった。


「たしかに、私も以前「ごはんやさん」に窺った際に、視線は気になりましたね。当時は開店して間もない頃だったはずですが、その当時でも気になったのですし、この繁盛具合を踏まえたら当時よりも視線は気になるでしょうね」


「なので、今回を機に移転しようと旦那様はお考えです。本拠地を大きくすることも踏まえると、資材の必要数もどうしても多くなってしまいまして」


「……この規模だとどうしても相応量の資材は必要ですからね。無理もないでしょう。そして、その量は個人で用意するのは無理がありますね」


「なので、どうか少しでもお力を──」


「いいでしょう。すべてこちらで用意します」


「──お貸しいただければ……ほえ?」


 アンリが頭を下げ、倣ってレンとフブキも頭を下げようとしたのだが、それよりも早くリィンが要請を承認したのである。


 アンリたち三人は揃って口を大きく開けて驚いた。


 アンリたちの反応を見て、リィンはおかしそうに笑いつつ、三人が渡してくれた資料を整理していく。


「要請については承りました。一応、こちらの資料を本日不在のギルドマスターにもお見せしたいのですが、よろしいですか?」


「え? あ、はい、もちろんです」


「ありがとうございます。具体的な資材に関しては後日こちらから連絡しますね」


「お、お願いします?」


「それでは、今後も我が農業ギルドとよき関係を築いていただけると幸いです」


「は、はぁ」


 交渉三人組はまさかの展開に呆然としていた。そんな三人を横目にリィンは、くすくすと笑いながらもテーブルから立ち上がった。


 なお、今回の交渉は農業ギルドのカウンター前のスペースを使用して行っていたため、ギルドの職員はもちろん、ちょうどギルドに赴いていたファーマーたちにも周知されていた。


 特にファーマーたちの動きは素早く、幾人かがすでに掲示板に書き込んでいたり、外へと向かって勢いよく駆け出していたりしている。


 が、驚きの絶頂にいる三人はそのことに気づくこともなく、あまりのトントン拍子に終わった交渉に呆然としていた。


 かくしてアンリたちの交渉は、想定以上の結果を、最良の結果を得ることになったのであった。

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