4話 リフォームの規模
タマモたちは本拠地のリフォームをすることを決めた。
全員がいまの場所からの移動を希望しなかったから。
クーたちとの思い出が残る、この場所を去りたくなかったからだ。
そうして本拠地の人数問題の解決に関しての大前提はあっさりと決まった。
だが、決まったのはあくまでも大前提であり、それだけで会議が終わるわけではなかった。
「──さて、リフォームすることになりましたけど、次の議題に進みますよ。……ずばり、どのくらいの規模のリフォームにするかってことです」
そう、次の議題はリフォームをどこまでするかということである。
普通に考えれば、追加メンバー用の部屋と今後のために予備用の部屋を用意する程度だろう。
だが、タマモの表情を、なにかしらの考えがあるのだろう。やけに輝かしい笑顔を浮かべているタマモ。
その笑顔を見て、アンリとエリセは頬を染めて、フブキは不思議そうに首を傾げ、ヒナギクとレンは「あぁ、悪巧みしている顔だぁ」と遠い目をしていた。
「そう言うってことはさ、タマちゃんにはなにかしらの考えがあるってこと?」
レンは代表してタマモに問い掛けた。タマモは「その通りです」と頷いた。
「前々から考えて、ちょっとずつですが図面を引いていたんですよ」
そう言って、タマモは丸太のテーブルの上に作製した図面を広げた。
タマモが広げた図面には、三階建てとなった本拠地が描かれていた。
それもただの三階建てではなく、広々とした二階建ての別邸を込みでの本拠地であった。
「これは」
書記役であったヒナギクが目を見開いた。質問者であったレンも驚きを隠せないでいる。
驚いているのはふたりだけではなく、アンリたちもまた目をまん丸にしていた。
「ボクの構想は、ずばり「タマモのごはんやさん」付きの三階建て本拠地です」
むふぅと鼻息を荒くするタマモ。
そう、タマモの構想は、いまの時計塔広場から「タマモのごはんやさん」を移動させ、本拠地の隣に二階建ての「ごはんやさん」にするうえに、現在の本拠地を三階建てかつスペースを倍にするという、とんでもない規模のものであった。
「これ、すごいですね」
はぁとアンリが驚愕とした様子を見せる。普段目を閉じているエリセも目を見開いて驚いているし、フブキもまた口を大きく開けて硬直していた。
「「ごはんやさん」をオープンしたときから、常々考えていたんですよ。いつまでもいまの店舗のままというのは考え物だと」
「屋根ものうて、壁もあらへん店舗やさかいどすなぁ?」
「その通り。正直、いまの「ごはんやさん」でも十分かなと思うんですけど、やはり屋根なしで壁もない、いまの店舗はいろいろとお客さんに不便かなぁと思っていたんですよ」
「タマモのごはんやさん」はオープンテラス席しかないという、屋台を大規模にしたような店舗である。
もちろん、店舗内であることを示す区切りはあるものの、店舗内と店舗外の境目は少しわかりづらい。
特に、入店待ちの列に関しては。
現状、入店待ちの列は、店舗の周囲を回るようにして並んで貰っている。
以前は、単純に直線で並んで貰っていたのだが、それだと他の店舗に迷惑が掛かるうえに、他の店の列と交雑してしまったのだ。
結果、いまは周囲を回るようにして並んで貰っている。
幸いなことに一周するまでにはまだ至っていない。
だが、そのうち店舗の周囲を一周するまでに至りそうなのだ。
そのときは、入り口に差し掛からない位置で折り返して貰うという処置をするつもりだが、根本的な解決には至っていない。
そもそも、周囲を回るように並んで貰っている現状だと、別の問題が生じているのだ。
それは壁がある店舗であれば、生じることはない問題。そう、並んでいる客からの恨みがましい視線である。もしくは、羨望の視線とも言うべきか。
どちらにしろ、まだ自分で享受できない幸福を目の前で見せられるという行為は、案外精神に来るものである。
そんな視線を投げ掛けられれば、店舗内の客も堪ったものではない。
とはいえ、少し前までの自分たちとて、同じ立場であったことを踏まえると、下手な反応はできない。
ゆえに羨望のまなざしを黙って受けることしかできない。
そのためか、タマモ宛ての要望メールには、「並んでいる人たちの視線が辛いです」というものが続出している。
中には奇特な人もおり、「あの羨望のまなざしが堪らないです」となかなかにまずい扉を開けている人もそれなりにいるようで、その手のメールが来るとタマモは無言でメールを消していた。
とにもかくにも、現状のオープンテラス席だけの店舗では限界が見えている。
もともと、「武闘大会」へ向けて、タマモの経験値稼ぎのために始めた店舗だ。
もっと言えば、期間限定オープンでもいいと考えていた店舗であったのだ。
実際、「武闘大会」期間中は休店していたし、大会終了後に営業を再開したものの、「武闘大会」で優勝したことで、以前よりも客足が良すぎているのだ。
それこそ「タマモのごはんやさん」だけでは、キャパシティーを超過しているほどにだ。
もっともキャパ超えした客に関しては、自発的に他の店舗に行くか、並んで待ってくれているので、そのことに関してだけは問題とはなっていない。
むしろ、周辺店舗にとっては、おこぼれを頂戴していることもあり、「タマモのごはんやさん」に対して、わりと協力的である。
だが、いつまでも現状維持は問題がある。
ゆえに、タマモは現状の改善のために、店舗付き本拠地の図面を、少しずつだが書いていたのだ。
今回全員に見せた図面は、数回ほど書き直したものである。
現実でも早苗や藍那に見て貰って、ようやく合格を貰ったものだ。
もっとも合格を貰ったものの、問題がなにもないわけではない。
「……タマモ様、これ、誰が建てるんどす?」
そう、一番の問題は誰がこれを建てるのかということである。
以前は図面をタマモ自身が引いたものの、実際の建築はクーや虫系モンスターズの力を借りてできた。
しかし、すでにクーはおらず、虫系モンスターズもかつての数もいない。
そもそも、クーや虫系モンスターズが以前のようにいたとしても、今回の規模は以前のそれとは桁違いである。
クーや虫系モンスターズたちと言えど、そう簡単に建てることはできないだろう。
しかも、クーもかつてほどの数もいない現状では、果たして建築だけでどれほどの期間が掛かることやら。
「それに、これだけの規模だと資材も相当いるよね? どうするの?」
「店舗はまだいいとして、本拠地のスペースを倍にして、三階建てにする必要ってあるの?」
そこに追撃とばかりに、ヒナギクとレンが畳み掛けてくる。
それらの追撃を受けて、タマモは「まぁ、そう来るよなぁ」と思いつつも、考えていたプランを口にしていく。
「本拠地に関しては、実を言うとユキナちゃんやフィナンちゃんたちのためなんです」
「ユキナちゃんはいいとして、フィナンちゃんたち?」
「ええ、実はフィナンちゃんたち、本拠地がまだないみたいなんですよね。いまはまだ四人とも大ババ様の宿屋を仮の本拠地にしているみたいで」
「あぁ、そうなると宿泊代が常に掛かっちゃうか」
「ええ。フィナンちゃんたちも優勝賞金を貰っているとはいえ、いつまでもそれだけで過ごせるってわけじゃないですからねぇ」
フィナンたち「一滴」もビギナークラスとはいえ、「武闘大会」の優勝者だ。
だが、いくら優勝賞金を得たとはいえ、いつまでも宿屋に宿泊し続けていては、いつかはその送金も底を尽くことになる。
そうなる前になにかしらの手を打つべきであるが、いざどうするべきかをフィナンたちはまだ考えついていないようなのだ。
まだ賞金に余裕があるからこそなのだろうが、底が見えてからでは遅い。
そうなる前に手は打つべきなのだ。
それに加えて、ユキナもフィナンたちと一緒の生活に慣れてしまっていることもある。
となれば、だ。
ユキナのためでもあるが、フィナンたちの生活を改善させるためにも本拠地の改築は必須だったのだ。
それにフィナンたちは「武闘大会」の際、喉を嗄らすほどに応援をしてくれたという恩もある、
フィナンたちにとってみれば、推しを応援するのは当たり前と言うだろうが、タマモがフィナンたちへの感謝を抱いていることは事実だ。
その感謝を形にするということもあり、今回の大規模リフォームという手段に打って出たのだ。
「……なるほど。そういう事情ならいいんじゃないかな?」
「そうだね。あのときのお礼も兼ねてというなら、うん。私も問題ないよ」
ヒナギクとレンは賛成してくれた。
ふたりも「武闘大会」のときの応援の件に関しては、いずれ礼をしたいと思っていたのだろう。
加えて、人数問題もさることながら、ゲームを開始してからいままでずっと同じ宿屋で過ごしていた四人をいまさら引き離すことに抵抗があったのであろう。
その解決策というのであれば、今回の大規模リフォームも賛成してくれたのだ。
「アンリたちはどうですか?」
タマモはアンリたちを見やる。アンリたちはそれぞれに顔を見合わせると、静かに頷いた。
「アンリたちも問題はないです」
アンリが代表して答えると、タマモは「そうですか」と嬉しそうに微笑んだ。
「まぁ、それでも誰がこの規模を建てるのかって問題と資材の問題は解決できていないけどねぇ」
「だよねぇ。その点どうするの、タマちゃん?」
全員の賛成を貰ったとはいえ、まだ問題が解決したというわけではない。
いまだ誰が建築するのかという問題と、そのための資材をどうするのかという問題は手つかずのままであった。
「そのことに関してなんですけど、一応解決策はあるんです」
「と言うと?」
「資材に関しては、農業ギルドに掛け合ってみたようかなと思うんです。最近新人のファーマーさんが増えているそうなんですが、どうもボクたちが優勝したことが起因しているみたいなんですよ」
「そうなの?」
「ええ。とはいえ、そこまで大幅に増えているわけではないでしょうけど、多少は広告塔のまねごとみたいなことができているみたいなので、その広告料代わりとしても資材の融通ができるかどうかを確認してみようかなと。……心苦しくはあるんですけど」
資材に関しての解決策は農業ギルドを素直に頼ろうということ。
さすがに丸投げまではしないものの、いくらかの資材を融通してほしい程度の交渉はしてもいいのではないかと思ったのだ。
……実際は、農業ギルド側にしてみれば、いくらかどころかすべての資材を受け持っても問題ないくらいなのだが、農業ギルドがそこまで考えているとはタマモたちも考えてはいなかった。
それでも、個人で用意するにはいくらか無理がある量であるため、素直に農業ギルドの組織力に頼るというのはおかしな話ではない。
特にタマモたちのように、たしかな伝手があるというのならば、なおさらだろう。
「……たしかに、そういうことならありかもね」
「まぁ、どこまで影響を及ぼしているかはわからないけれど、ありといえばありじゃない?」
「ですよね。農業ギルドの交渉に関しては、アンリにお願いしたいんです。アンリ、いいかな?」
「ええ、お任せください」
アンリは自身の胸をとんと叩きながら頷いてくれた。
交渉がどこまで上手くいくかはわからないものの、アンリであれば、リィンもある程度の融通は利かせてくれるだろうとタマモたちは思っていた。
実際はある程度の融通などというレベルではなないのだが、このときのタマモたちがそのことを知る由もなかった。
「じゃあ、残す問題は誰が建てるかってことだよね。宛てはあるの?」
「そのことに関しても一応の解決策はあるんです」
「そうなの?」
「ええ。でも、受けてくれるかなぁと思うんですが、一応話はしようかなと」
「いったい誰に?」
「それは」
タマモは心当たりのある人物の名前をゆっくりと口にしていった。




