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1話 ただいま修行中

 だいぶ気の早い蝉の声がしていた。


 桜の花はとうに散り、葉桜が生い茂るも、夏というにはまだ早すぎる。


 夏には早いが、春というにはいささか暑く、現実であればもう長袖を着てはいられなくなっていた。


「EKO」内では、そこまでの季節の変動はまだない。


 とは言っても変動がないのは、常に一定の気温を保っているアルトだからであり、掲示板や先のエリアを進むプレイヤーたちの話では、先のエリアは寒暖の差が激しいらしい。


 その話を聞いて「へぇ」とどこか他人事に思いながら、タマモは手を止めることなく作業を進めていた。


 タマモがしている作業は、「調理」ではなかった。


 かと言って「農業」をしているわけでもない。


 現在タマモがしているのは、鉋掛──木材の表面を鉋で削る作業である。


 現在は平面の木材を鉋掛けしており、これでかれこれ十数枚目となる。


 十数枚となるのは総数ではなく、これからの作業で使う材料の分だ。


 総数であれば、とっくに百は超過するほどにタマモは鉋掛をしていた。


 最初はかなりの苦戦を強いられた作業だが、いまや難なくとまでは言えないが、スムーズに鉋を掛けることができるようになっていた。


 なお、タマモが鉋掛している木材は、タマモ自身が鋸で切断したものである。


 鋸に関しても、最初はまっすぐに切るどころか、どうしても途中で止まってしまっていたが、いまや最後までちゃんと切れるうえに、まっすぐに切ることもできるようになった。


 なお、鋸での切断もやはり百は超過していた。


 そんな悪戦苦闘をくり返していたことを懐かしみながら、タマモは鉋を掛ける手を止めた。


「──ふぅ、こんなものですね」


 ふぅ、と一息を吐きながら、タマモは掛け終わった木材に触れる。


 触れてわかるかぎりの凹凸はない。ほかの十数枚の木材同様の仕上がりであろう。どれもこれも長短の差はあるものの、すべて同じ品質で揃えることはできたはずだ。


「お? 狐ちゃん、終わったかい? お疲れさん」


 ひととりの確認を終えたタマモに、鉢巻きを巻いた男性ドワーフが声を掛けてきた。


 タマモは「お疲れ様です」と男性ドワーフこと大工のミナモトへと返事をした。


「いましがたですね。どうでしょうか?」


「どれどれ? ……ほう、悪くねえな。狐ちゃんはなかなかに筋がいいな。現実でも弟子にしたいくらいだ」


 鉋掛を終えた木材を、ミナモトが隅々にまで触れてチェックをする。


 内心ドキドキとしていたタマモだったが、ミナモトからの返事は良好なものだった。


 当初は「やり直し」の嵐であったものの、いまや「やり直し」と言われることは稀となっていた。


 そうなるまでの道程はなかなかに大変であったものの、なかなかに楽しめる時間でもあった。


「ミナモトさんのご指導あってのものですよ」


「そうかい? まぁ、そう言って貰えると指導した甲斐があったってもんよ」


 ミナモトは鼻を擦りながら笑っていた。


 笑っているものの、その笑顔は実にドワーフらしい厳つい笑顔であるが、その厳つさがかえって愛嬌があるようにもタマモには思えていた。


「さて、これで見習いの最終試験だな」


「いよいよ、ですか」


 ごくりと生唾を飲むタマモ。そんなタマモにミナモトは笑いながら「あんまり緊張しないようにな」と笑いかけた。


「前以て言っているが、改めてお題を言うぞ。お題は犬小屋だ」


「はい。頑張ります」


「おう、頑張ってくんな」


 ガルドのように豪快に笑うミナモトと力強く頷くタマモ。


 そう、タマモが用意していた木材は、すべて犬小屋を作製するためのものである。


 とはいえ、最終目標が犬小屋を作ることではない。


 あくまでも犬小屋作製は、最終目標を目指すための過程のひとつであり、ミナモト曰く見習い卒業の、「大工」の見習い卒業の最終試験らしい。


 そう、タマモは現在、ミナモトの下で「大工」の修行中なのだ。


 すでに「大工」スキルは生えており、そのレベルも十に達している。


 ミナモト曰く、スキル十でようやく犬小屋くらいであれば作製できるようだ。


 タマモの最終目標に関しては、「まぁ、遠いな」というお達しを受けており、その言葉でどれほどまでに先が長いかは想像に難くない。


 とはいえ、千里の道も一歩からであり、スキルレベル十までの道程も前途多難ではあったのだ。


 それが二週間かそこらで至れたのだ。最終目標のためのスキルレベルもいつかは達することができるだろう。


 ……そのいつかがいつになるのかはさておきだが。


「まぁ、とりあえずだ。まずは犬小屋だ。材料は揃えた。以前に手本は見せてある。あと問題はあるかい?」


「いえ。なにもないです。あとはボク自身です」


「そうかい。じゃあ、頑張ってやってくんな」


 ミナモトはそう言って、そばにあったベンチに腰掛ける。


 卒業試験とは言うものの、ちゃんと見てくれはするようだった。


 本来ならここからは、ひとりで最後まで作り上げて、その確認をして貰うという程度なのだろう。


 最後まで見て貰うというのは、完全に特別扱いだ。


 いや、そもそも、ここまで付き合って貰えた時点で最初から特別扱いだったのだ。


 その好意を無碍にしないためにも、できる限りの高品質な犬小屋を作ろう。そう誓いながら、タマモは長短様々な木材を手に取るのだった。


 タマモが「大工」の修行を始めて、はや二週間。


 なぜ「大工」の修行を始めたのか。それは二週間前のこととなる。

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