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EX-51 メイドたち その5

 屋内とは思えないほどの広大な部屋の中で、柚香は呆然としていた。


「──というのが、私たち「玉森家のメイド」なのよ」


 目の前には柚香も所属する玉森家メイド隊の副長である藍那がいる。


 普段はクラシカルな、メイド隊の正装であるクラシカルなメイド服を身につけている藍那だが、いま柚香の前にいる藍那は普段のメイド服とは異なる姿であった。


 現在の藍那は和装メイドというべき姿で、傍らに大きな長刀を携えていた。


 敷地内だからまだましとはいえ、日本の法律で言えば、十分に銃刀法違反の範疇にあたる。


 もし藍那の持つ長刀を手にして外を闊歩しようものならば、即座に手首におロープが掛かる事態である。


 だが、そんなことは知らんとばかりに、藍那は平然とした様子で柚香と向かいあうようにして正座をしながら、淡々と話を続けていた。


 柚香は藍那と向かい合わせかつ、藍那に合わせて正座をしながら藍那の話を黙って聞いていた。


 そんな柚香の隣には頬杖を突くメイド隊の隊長である早苗が、重厚そうなガントレットを装備した早苗が座っている。


 その隣には早苗にと両手を向ける三席の紫苑がいて、紫苑の手からはなにやら見慣れぬ光が放たれていた。


 放たれた光はまっすぐに早苗へと注がれており、早苗は光を纏いながら、隣にいる柚香をじっと見つめていた。


 柚香としては上司ばかりの状況に居心地の悪さを憶えていた。


「あ、柚香ちゃん、まだ動いちゃダメだよ~?」


「す、すみません、黒子お姉様」


「まぁ、慣れないうちは居心地悪いよねぇ~。でも、何度も動かれると治療が進まないから、気をつけてねぇ~?」


 注意とばかりに、黒子が人差し指を柚香にと突き付けてくる。柚香は「は、はい」と頷きながら、すっと背筋を伸ばして佇まいを直す。


 黒子は「よろしい」と言ってから、両手を柚香にと突き出した。


 そうして突き出された黒子の手からも紫苑と同じ光が放たれていく。放たれた光は柚香の体を優しく包み込んでいく。


 光に包み込まれると、呉羽から受けた暴行の痛みがじんわりとだが消えていった。


 ありえないと思いつつも、黒子の注意を思い出して、どうにか動かないように集中する柚香。


「……」


「どうしたの? 柚香」


「あ、いえ、その、ずいぶんと突拍子もなくて」


「そうね。でも、いまのあなたの状態を鑑みれば、その突拍子もないことが事実であることはわかるでしょう?」


 藍那がじっと柚香を見やる。その言葉になんて返事をすればいいのかわからず、柚香は押し黙った。


 普通に考えれば、一般常識を当てはめれば。現在の状況は説明できないことばかりだ。


 だが、藍那の口にした常識を覆す内容が事実だと考えれば、現状の説明はできる。できてしまうのだ。


 が、さすがにファンタジーにもほどがあるだろうとは思わなくもないのだが、そのファンタジーすぎる力の一片と状況に触れてしまった以上、「夢見すぎですよ」と一蹴することはできなかった。


 ただ、それでも。そう、それでも現状をそのまま納得できるかと問われれば、答えは否なわけであり、柚香としては「夢見ているのかなぁ」と思わずにはいられなかった。


「……柚香はやはり常識人ね」


 藍那はため息交じりに言う。「常識人」という言葉が、この状況でどういう意味合いなのかは容易に察せられた。


「たしかになぁ。本当にこいつはくそ真面目だよなぁ」


「早苗お姉様が不真面目すぎるのですよ」


 不意に早苗が呆れ顔で柚香を見やる。柚香は緊張で体を震わせるも、当の早苗はあまり気にしていない。


 そんな早苗に紫苑がお小言を口にした。早苗はうっとしそうに後頭部を掻きむしった。


「うるせえよ、紫苑。あー、煙草吸いてぇ。あいなー、吸っていいかぁ~?」


「いいわけないでしょう? 怪我人なうえに、これから仕事なんですから」


「少しくらいいいじゃねえかよ。ってか、怪我させたのおまえだろうが」


「それはお姉様が望まれたからでしょう? 責任転嫁も甚だしいですよ?」


「ちぇ~、細かいよなぁ、おまえってば」


「お姉様がずぼらすぎるんですよ。お嬢様のことに関しては、まめというか、神経質なくせに、どうして他のことに関しては神経質ではなくなるのですか?」


「なに言ってんだ、おまえは? お嬢様がこの世でなによりも尊く、そして優先されるべきお方なのは当然だろうが? そんなお嬢様に神経質になるのは当たり前だろうがよ」


「……本当に狂犬信者なんですから、お姉様は」


「は、光栄なこった」


 早苗と藍那が笑いながらなんとも言えない内容を交わしていく。


 柚香はぼんやりとその会話を聞いていた。


「はい、これでおしまい~」


 会話を聞いていたら、黒子の手から放たれていた光が止んだ。


「とりあえず、もう痛みはないと思うよ~。まぁ、若干の後遺症はあるかもだけどねぇ~」


「と言いますと?」


「ん~、ここの傷のことだよ~」


 そう言って、黒子が指差したのは、柚香の胸だった。


 胸を指差されて、「セクハラか?」と一瞬思った柚香だったが、この状況でセクハラはないかと思い直した。


 セクハラでなければ、残るはひとつだけ。柚香は自身の胸に触れながら尋ねた。


「心の傷、ってことでしょうか?」


「うん。暴行とは言ったけれど、事実上の私刑だったからねぇ~。 もう少し行くのが遅かったら、呉羽ちゃんの取りまきちゃんたちも同じことをしていただろうし~」


「……そこまでやっていたの?」


「いえ~。あくまでもそうなるかもしれなかった状況だったというだけです~。ですが~。可能性は高かったと言わせていただきます~」


「そこまで、か。さすがに擁護はできねえなぁ」


 藍那と早苗は黒子の状況説明に、頭を痛そうに押さえていた。隊長と副長であるふたりを以てしても、呉羽は頭が痛い存在であるようだった。


「あの、お聞きしても?」


「呉羽のこと?」


「あたしらが頭を抱えるレベルの存在であるあれを、どうしてまだメイド隊の一員でいさせ続けているかってところか?」


「……はい。あの、呉羽お姉様は」


「もう「お姉様」なんて呼ぶ必要はないんじゃない? 今後はあれがあなたを「お姉様」と呼ぶことになるのだから」


 早苗の治療を続ける紫苑が、さらりと口にする。


 その言葉に柚香はどう反応すればいいのかわからなくなってしまうが、早苗たちは「まぁ、そうか」と相づちを打っていった。


「呼び捨てにしづらいのであれば、呉羽さんとでも呼んであげれば~? 呉羽ちゃんの性格ならまた問題行為を起こすだろうし~。そうしたら、堂々と追い出せるからねぇ~」


 黒子はやけに迫力のある笑顔で言った。迫力のあると書いて、真っ黒な笑顔と読むのは言うまでもない。


 が、そんな黒子を早苗たちは咎めることもなかった。


 呉羽が早苗たちにとってどういう存在なのかをこれ以上となく言い表している光景であった。


「あの、本当に呉羽、さんはどういう」


「問題児。それも面倒極まりないタイプの、な」


 早苗が静かにため息を吐いた。それは早苗だけではなく、藍那と紫苑、それに黒子も同じくため息を吐いていた。


「自分よりも格上であれば媚びへつらい、格下と見なせれ見下す。そのうえで、口八丁で相手を心酔させ、自分の都合のいい存在に仕立て上げる。「オタサーの姫」をより凶悪化したような存在、というところかしらね?」


「加えて、あの子の実家はそれなりの資産家でね。ご当主様とそれなりに関わりがある家の出だから、より助長しているのよ」


「所詮は下位のメイドだってのに、まるで自分が上位の存在みたいな風に振る舞っているんだよねぇ~。本当に困った子なんだ~」


 呉羽の問題児たる由縁を淡々と語る早苗たち。早苗たちを以てしてもフラストレーションを溜めさせるほどの問題児であるようだった。


 柚香自身は、呉羽との関わりはほぼなかった。


 せいぜい名前と序列を知っている程度であり、それ以上はなにも知らなかった。


 同室のひとつ上の先輩からも「関わらない方が身のためだよ」とアドバイスをされていたのだ。


 その理由が今回の暴行と早苗たちの発言ではっきりと理解できた。


「が、まぁ、今回の件はさすがにやりすぎだからなぁ。その取りまきどもも含めて、降格だけにするわけにはいかねえ」


「となると、除隊ですか?」


「あたしの気分的にはそうしたいところだが、せいぜい厳重注意だな。それも「次はない」というおまけ付きのな。それでちっとは正常化すると思うが、まぁ、無理だろうな」


「でしょうね」


「それくらいで正常になるはずもないですし」


「ですよねぇ~」


 一斉にため息を吐く早苗たち。第二応接室に入ってからいろいろと詰め込まれすぎて、さしもの柚香もそろそろ頭がパンクしそうだったが、どうにか頷いていたとき。


「おまえはどうしたい? 柚香」


「……え?」


「だから、おまえはあれをどうしたいと聞いているんだよ」


 早苗からのまさかのキラーパスを受けて、柚香は硬直する。


 だが、柚香が硬直しても早苗は、いや、早苗たちはおかまいなしにと柚香を見やる。


 メイド隊上位者四名からの視線を受け、柚香の思考は停止してしまった。


 停止しながらも、柚香は「なぜ、私に」と尋ねた。


「そりゃ、おまえが「席」候補だからだが?」


 思考停止した柚香に早苗はトドメとばかりの爆弾を投下した。その言葉に柚香は口をあんぐりと大きく開いて卒倒するのだった。

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