EX-48 メイドたち その2
玉森家の応接間。
大事な客人用のその部屋は、こぢんまりとしながらも、絵画等の調度品が品良く置かれていた。
快適性を重視した応接間はもちろんのこと、客人の対応のために付けられる見目麗しいメイドたちに客人たちは挙って称賛する。
見目麗しいメイドたちに心を奪われてしまう客人もおり、その客人と接するうちに恋仲に発展するメイドも中にはいる。
そんなメイドたちの最上位に位置する四人──玉森家メイド隊執行部の面々は、現在玉森家におけるもうひとつの応接間である第二応接室に集っていた。
第二応接室は、その名の通り、もうひとつの応接間であるが、ほぼ使われることはない。
基本的に客人は応接間に通される。その客人も何組も同時に訪れることは稀であるため、第二応接室がその対応に使われることはほとんどない。
が、それもそのはず。
第二応接室は名ばかりの部屋であるのだ。
一応応接室の名の通りに、調度品は置かれているものの、応接間よりもグレードは劣るものばかりだし、その数も申し訳程度にあるほど。
その分、応接間よりも、いや、玉森家にあるどの部屋よりもはるかに広い一室である。
ただ、広いと言っても、現在のどう考えても屋内にはありえないほどの広大さを誇るわけではない。
玉森家の次期党首であるまりもでさえも、この応接室のことは「だだっ広い部屋」としか認識していない。
その認識はまりもだけではなく、ほとんどのメイドたちも同じ認識だった。
「なんでこんなに広いんだろう?」と掃除を担当するメイドたちの不満を募らせるのが第二応接室だ。
だが、不満を募らせるのはあくまでも本来の用途を知らないメイドばかり。
本来の用途を知るのは、一部のメイドと当主夫妻のみ。
その一部のメイドたちこと、玉森家執行部の面々は部屋の中央で床に直座りしながら会議を行っていた。
「──で、だ。新入りの序列はあたしの考えならこのくらいがちょうどいいかと思うんだが」
メイド隊の隊長こと早苗は、片膝を立てながら新入りである柚香の序列についての自身の考えを述べていく。
相変わらず、服装はボロボロなうえ、普段の穏やかな完璧なメイド然とした振る舞いとはかけ離れた、粗暴さを露わにしている。
そんな早苗を手当しながら、うんうんとしきりに頷くのは序列四席の黒子。
執行部の面々では下位にあたるが、他のメイドたちから見れば、最上位のメイドのひとりである。
その黒子は黒髪でおっとりとした雰囲気の大和撫子という言葉がよく似合う女性だが、黒子の両手は白い光に覆われており、その光を早苗へと向けていた。
「今日もやっぱり傷が多いですねぇ~」と黒子は若干嘆きつつも、早苗の治療を行っていた。
「ふむ。概ね納得できる地位かと思います。彼女は新入りでありますが、あの勤勉さとご当主様方への奉仕を踏まえれば、その辺りが妥当と言えるでしょう」
早苗の考えを対面側で黒子の向かい側で聞くのは紫苑。序列三席にして、眼鏡にシニヨンヘアーという知的な雰囲気のメイドである。
そう、知的な雰囲気であるのに、その両手は重厚そうなガントレットを装備しており、知的な雰囲気からはだいぶかけ離れている。
なお、黒子からは「賢者」と呼ばれているが、「賢者」の直上には「森の」という一言が付随し、合わさると女性としては憤慨するしかない単語となってしまう。
なお、「森の賢者」呼びされる理由は、他のメイドたちにも周知されている。
紫苑本人としては、誠に遺憾ということだが、執行部の面々では、「自業自得」の一言で片づけられてしまう。
「黒子、おまえはどう思う?」
「そうですねぇ~。柚香ちゃんは真面目さんですからねぇ~。加えてまりもお嬢様をまるで現人神のように敬っていますから~、その点でも黒子さんポイントを加算できますね~」
「なるほど、なら、なおさらちょうどいいかもしれねえなぁ」
黒子のおっとりとした発言を聞き、早苗はしきりに頷いた。
なお、黒子の口にした「黒子さんポイント」なる謎加点については、あっさりと受け流している。
受け流しているのは、早苗だけではなく、紫苑やいまだ発言していない藍那もまた同じである。
「で、おまえはどう思う? 藍那」
早苗はいまだ発言していない藍那を、自身の対面側に座る藍那を見やる。
当の藍那は紅茶を片手に話を聞いていたが、早苗からの催促を受け、藍那はその手の紅茶を静かにソーサーの上に置いた。
余談だが、紅茶は四人それぞれの前に置かれている。
ティーポッドはちょうど四人の中央に置かれており、それぞれが自分で淹れられる配置になっていた。
「……そうですね。序列に関しては二十がちょうどいいかと思います。メイド隊の人数的には下位に当たる地位ではありますが、最下位というわけではありません。あの子よりも下位の子たちに発破を掛けるという観点から見れば、ありだとは思います」
「おいおい、メイド隊は競争社会じゃねえぞ? あくまでも柚香の努力や態度を鑑みてだな」
「そのうえで、篩に掛けられるおつもりなのでしょう? 最近は自尊心ばかりが肥大し、当主様ご一家への奉仕の心も忘れた子も目立っていましたからね。柚香を下位とはいえ、その子たちよりも上位に位置させて発破を掛ける。それで奉仕精神を取り戻せばよし。ふて腐れるだけなのであれば切り捨てる。それがお姉様の狙いでしょう?」
ソーサーの上に置いたティーカップを再び手に取り、静かに啜る藍那。
早苗は藍那の発言に対して「さてな?」とだけ告げて、自身も紅茶を啜る。口元にわずかな笑みを浮かべて。
そんな上司ふたりを見て、紫苑と黒子は口をぽかんと開けていた。
ふたりとも、早苗が柚香の序列を二十としたのを、柚香の努力やその精神性を買ってのものと考えていたのだ。
が、藍那の発言により、その裏の思惑があることを知り驚いていたのだ。
なによりも、思惑を読まれたというのに、早苗は一切の動揺を見せないどころか、さすがだなと言わんばかりの態度を取っていることに、ふたりは驚いていたのだ。
「あなたたち、お姉様がせっかく察しやすいようにしてくださっていたのに、額面通りに受け取っていたのは、さすがにどうかと思うよ?」
藍那は妹分ふたりの反応に若干の呆れを含ませていた。
「も、申し訳ありません」
「ごめんなさい~」
尊敬する藍那の言葉にふたりは体を縮ませてしまう。
が、早苗はあっけらかんと笑っていた。
「ははは、そう怒ってやるなよ、藍那。おまえの察しがよすぎるってだけさ。それに額面通り受け取っていても、柚香の普段の職務態度をちゃんと観察し、正当な評価をしているってだけでも十分だよ」
「そう仰いますが、お姉様」
「それにあまり厳しくしすぎるのも問題だよ。生え抜きであるおまえなら、誰よりも長くお嬢様と接していたおまえなら知っているだろう? 人が耐えられる厳しさには限界があることは」
「……そうですね。あまりに厳しすぎるのも問題ですから、ね」
早苗の指摘に藍那は言葉を詰まらせながらも、一応の理解を示していた。
そのやり取りにほっと一息を吐く紫苑と黒子。ふたりの反応に早苗は喉の奥を鳴らすようにして笑い、藍那はため息を吐きながらも、柚香の序列の最後の話を始めた。
「それで、お姉様。柚香の二十という序列はこの場の全員が納得しましたが、その先はどうされますか?」
「そうさなぁ。あれは特別な産まれってわけでも、長年勤めているわけでもねえ。さすがに「席」はまずいと思っているが、おまえらはどう思う?」
「そうですね。「位」がちょうどいいのではないかと。でないと、ほかの子たちが騒ぎ立てる可能性もありますし」
「まぁ、「席」の子たちの奉仕精神は問題ありませんし、柚香ならばとすんなりと受け入れてくれるとは思いますが」
「問題は「位」の子たちですねぇ。もともとなんで「席」と「位」が入り乱れているのかぁとか噂していますからねぇ。柚香ちゃんが二十なのに「席」になったら、余計に噂が立ちますからねぇ」
「やはり、そうなるかぁ」
執行部の面々全員が一斉にため息を吐いた。
なお、「席」と「位」というのは、玉森家メイド隊の序列であるが、その序列の中で「席」と「位」が入り乱れていた。
この理由は表立っては、長年玉森家に仕えている者が「席」であり、比較的新しく玉森家に仕えた者が「位」ということになっている。
だが、事実は異なる。
「位」というのは、現在執行部の面々がいる第二応接室の本来の用途を知らない、一般的なメイドたちを差す地位のこと。
「席」は第二応接室の本来の用途を知る、特別なメイドたちを差す地位という違いがある。
であるのに、柚香をいきなり二十席にしてしまえば、それまでの表立った理由が使えなくなってしまう。
「ちなみにだが、柚香を「席」扱いしたとしても、おまえら文句はないよな?」
「それはもちろん」
「ええ」
「問題ないですよ~」
「まぁ、そうだよな」
藍那たちの返答に早苗は頷いた。
早苗と藍那たちから見ても、柚香ならば「席」でも問題ないと意見は一致しているものの、他の一般メイドたちに対する建前的な問題があるため、いきなり「席」扱いは難しい。
「柚香に関してはおいおいだな」
「そうですね。今後折りを見て、密かに教えていくとしましょう」
「どうせなら~、正式なメイドとなると同時に指導担当を「席」にする~というのもありじゃないですかぁ~?」
「そう、だなぁ。それなら面倒がないか。ただ、問題なのは「席」の誰を指導担当にするかってことだが」
黒子の意見を聞き、早苗は腕を組んで思考を巡らすと──。
「うん、ここは言い出しっぺってことで、黒子、おまえが柚香の指導担当になれ」
「私ですか~?」
「隊長と副長であるあたしや藍那だと、「位」の連中が騒ぎ立てる。かといって、紫苑は紫苑でやりすぎる可能性がある。ってなると、おまえが適任かなぁと思うんだが、どうよ?」
早苗が黒子を見やる。黒子は首を少し傾げていたが、「早苗お姉様が仰るならいいですよぉ~」と頷いた。
「よし、決まりだな。いまのところ柚香は序列二十位にするが、おいおい「席」扱いにする。それまでの指導担当は黒子。問題はねえな?」
早苗は藍那と紫苑を見やる。藍那も紫苑も揃って頷いた。頷いたが、紫苑の表情はいくらかの不満が見えた。
「あの、早苗お姉様。なぜ私だとやりすぎるとお思いなので?」
恐る恐ると尋ねる紫苑に、早苗は早苗自身を指差す。藍那も黒子も「お姉様の惨状を見れば」とだけ口にした。
その返答に紫苑はひとり肩を落とし、無念そうに俯いた。
「まぁ、とりあえず、これで柚香の件は終わりでいいな? 他に議題はあるか?」
早苗が藍那たちを見回すと、藍那がすっと挙手をする。
「なんだ、藍那?」
「柚香の件と併行することになりますが、「位」の子たちの扱いをそろそろ決めるべきでは? 特に目に余る態度の子たちについてです」
「……そうさなぁ。そろそろどうするかを本腰を入れて考えるべきか。柚香の成長次第にしたいところだが、その前に取り決めを決めておくか」
よしと次の議題を決めた早苗は、自身の考えを口にしていく。
その内容に同意する者もいれば、異を唱える者もいる。
だが、会議としては健全な形で執行部による会議は白熱としつつもその後も行われていくのだった。




