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EX-47 メイドたち その1

 広大な部屋だった。


 壁も天井も他の部屋と同じ意匠で整えられている。


 それでもこの部屋の中は、いまのこの部屋の中は他の部屋とはまるで異なっていた。


 部屋の中はおよそ屋内とは思えないほどに広く、そして高かった。


 幅と奥行きは揃って軽く百メートル以上はあるのか、壁に備え付けられた調度品がとても小さく見える。さすがに豆粒とまでは言わないが、調度品の意匠を判別できないほどに小さくなっている。


 高さはそれ以上で、東京都のランドマークタワーさえも超えているかもしれないほどに天井を見上げるだけで首を痛めかねないほどだ。


 どう考えても屋内とは思えないほどに、広大すぎる部屋だった。


 それこそ、扉ひとつを境に空間が異なっているかのようだ。


 そんな異空間じみた部屋の中には、数人の人陰があった。


「早苗お姉様。そろそろやめた方がよろしいかと」


 人陰のひとつである眼鏡にシニヨンヘアーのメイドが淡々とした口調で、部屋の中央で両膝を突く長髪のメイドにと声を掛けていた。


 眼鏡にシニヨンヘアーのメイドは、玉森家メイド隊の三席である紫苑。


 副長である藍那と同じく、玉森家に代々仕える従者の一族の出である。


 その紫苑の視線の先にいるのは、玉森家メイド隊の隊長であり、時期当主であるまりもお付きのメイドである早苗だ。


 早苗は広大な部屋の中央で、ひとり両膝を突いていた。


 そんな早苗を前にして、紫苑は両手に現代日本では似つかわしくない重厚そうなガントレットを身につけていた。


 ガントレットを身につけているのは紫苑だけではなく、早苗もまた同じだ。


 が、早苗のガントレットは紫苑のガントレットとは違い、ボロボロになっている。いや、ボロボロなのはガントレットだけではなく、早苗もだ。


 早苗の黒髪はひどく乱れているし、メイド服も穴だらけ。顔は汗や埃や砂に塗れている。


 人前で従事するメイドとしてはあまりよろしくない姿である。


 誰がどう見ても、いまの早苗がメイドとしての仕事を真っ当することはできそうにはないと言い切るだろう。


「……うるせえぞ、紫苑」


 当の早苗はそんなものは知らんとばかりに、汗だくの顔で紫苑を睨み付けていた。


 が、早苗に睨まれても紫苑は気にすることなく、平静としていた。


「今日はここまでに致しましょう。これ以上は早苗お姉様のお体に触りますゆえ」


「んなもん、どうでもいいんだよ」


「どうでもよくはないでしょう? あなたはお嬢様のお付きなのです。お体が無事でなければ、お嬢様に怪しまれるだけではありませんか」


「……っ」


 紫苑の言葉に早苗は悔しそうに唇を噛む。噛み締めた唇からは血が滴り落ちていく。


「とにかく、今日の訓練はここまでに致しましょう。……黒子、お姉様のお手当を」


「はーい。早苗お姉様、大丈夫ですか~?」


 紫苑が背を向けるとと同時に、控えていたメイドが、早苗同様に長い黒髪を携えた細目で、おっとり系のメイドがとてとてと早苗に駆け寄っていく。


 おっとりメイドの名前は黒子。やはり玉森家メイド隊の一員で、序列は四席の優秀なメイドだ。


 その黒子は早苗の側に駆け寄ると、両手を向けた。すると、黒子の両手が白く輝き始め、その輝きはゆっくりと早苗の体を包み込む。


「……すまねえな、黒子。今日はどんなもんだ?」


 早苗は申し訳なさそうに黒子に謝ると、黒子は「いえいえ~」と間延びした口調で首を振る。


「もう慣れっこですからねぇ~。ただ~」


「ただ?」


「こうも毎日ですと、お姉様のお体が保ちませんよ~? 紫苑お姉様は「手加減? なにそれ?」って考えの脳筋タイプなのでぇ~」


 黒子は細目をより細めながら、困ったように首を傾げている。


「ははは、たしかに言えてらぁ」


 黒子の言葉に早苗はおかしそうに笑う。黒子は「でしょ~?」と笑っていたが、突如黒子の頭上に影が差す。


「ふへぇ?」とおかしな声とともに視線を上げる黒子。その視線の先にはとても冷たい視線を黒子に向ける紫苑がいた。


 いかにも「やべぇ」と言わんばかりに「ぁ」と小さく声を漏らす黒子だが、すでに時遅し。


 黒子が紫苑の存在に気付いたときには、すでに紫苑の両手が黒子の頭を左右から押し潰すように添えられていたのだ。


 その次の瞬間、黒子の悲鳴が響き渡ったのは言うまでもない。


「まったく、誰が脳筋ですか。誰が。私はただ攻撃こそが最大の防御であることを示しているだけだというのに」


「そ、それが脳筋なんですよぉ~! って、痛い痛い痛い痛いぃ~!」

 

 黒子は涙目になりながらも、早苗に両手を向けているが、その手から漏れ出す光はそれまでの一定の光量からは大きく外れていく。


 それでも、光を放つのをやめないようにしているのはとんでもない根性と言えなくもない。


「……あー、そろそろやめてやれよ、紫苑?」


 内輪の外になった早苗がぽりぽりと頬を搔きながら、黒子のフォローをする。


 その言葉にぴたりと紫苑による折檻は止まった。


「……早苗お姉様がそう仰るのであれば、致し方がありませんね。感謝しなさい、黒子」


「はー、はー、死ぬかと思いました~。もう、紫苑お姉様は本当に賢者なんですから~」


「……それは「森の」が付きますよね?」


「……ソンナコトナイですよ?」


 さっと顔を背ける黒子とより冷たい視線を向ける紫苑。そんなふたりに苦笑いを早苗が浮かべていると──。


「なんだ、まだ訓練の途中だったんですね」


 ──部屋の扉が、第二応接室の扉が開き、扉の向こうからは藍那が入室したのだ。


「藍那お姉様、お疲れ様です」


「お疲れ様です~、藍那お姉様~」


 藍那が入室してきたのを見て、紫苑と黒子はそれぞれカーテンシーを行う。メイド隊の隊長である早苗だけは、「よう」と右腕を上げるだけだった。


「お姉様、お疲れ様です。ふたりも付き合ってくれてありがとうね」


 藍那は早苗にカーテンシーを行い、その付き合いをしてくれていた妹分ふたりに笑いかける。


 藍那が笑いかけると、それまで鉄面皮だった紫苑の顔の朱が差した。それは紫苑だけではなく、黒子もまた同じである。


 いや、黒子は紫苑以上の反応を見せていた。「ふわぁ~」とまたもやおかしな声を上げながら、腰を砕けさせてしまったのだ。


 もっとも、紫苑も若干脚をぷるぷると震わせている辺り、あまり人のことは言えない姿を晒しているのだが。


「……おまえって、本当にタラシだよなぁ」


 紫苑と黒子の反応を見て、早苗はため息交じりに藍那のタラシっぷりを指摘する。


 藍那は困ったように笑いながら、「そんなつもりはないんですけどね」と頬を搔く。


 その仕草ひとつで、紫苑で黒子の顔がより朱色に染まっていった。


「……まぁ、そういうことにしておこうか。で、なんか用なのか、藍那」


「特には。強いて言えば、主様からのお言葉を伝えておこうかと」


「奥様の?」


「ええ。……「いましばらくは、まりものお付きのままで」ということらしいですよ」


「……この前は、「もうあなたでは力不足よ」と言われていたのに、ずいぶんな変わりようだな」


「……主様とて、心変わりはありますからね」


「そうか。……あんがとよ、藍那」


「さて? なんのことだか。それよりも今日は終わりですか?」


「一応、な。あたしはまだやれるって言ったんだが、紫苑も黒子も続けさせてくんねえんだ。まぁ、そういうおまえも終わりにしろってんだろ?」


「ええ。なにかあったら、あの子が悲しみますからね」


「……そうだな。お嬢様にご心配をおかけするわけにはいかねえ、か。……あー、わかった、わかったよ。今日はやめだ。が、その変わり、ここで会議すんぞ。ちょうどメンツも揃っていることだし、いいだろう?」


 まりもの名前を出すと、さすがの早苗も強行はできない。


 その様子に「狂犬信者」と言ったまりなの言葉は事実だと改めて藍那は思いながら、「構いませんよ」と頷いた。


「おう。そんじゃ全員座れ。議題は新入りの序列について、だ」


 早苗は片膝を立てながら、腰を下ろす。「はしたないですよ」とため息交じりに呟きながら、藍那も腰を下ろした。


 紫苑と黒子も倣って腰を下ろした。玉森家メイド隊においての会議は、基本的にこの四人で行われていた。


 メイド隊の他の面々が会議に参加することはない。


 この四人こそがメイド隊における執行部であるのだ。


 その執行部における会議。その議題は新入りこと柚香の序列について。当の柚香本人にとってはありたがくもなんともない会議は、当の本人が知る由もないまま、執り行われるのだった。

https://kakuyomu.jp/works/16818093080456940494

今夜16話更新です。よろしくお願いします

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