Ex-6 怒りの紡績職人
今日は無事に更新できました。
今日は姐さんの登場です。
「ふぅふぅ、ようやく見えてきたなぁ」
螺旋階段を登り始めて二十分ほど。ようやく螺旋階段の終わりが見えるところまで至ったデント。
「時計塔」は高いため、螺旋状の階段とはいえ、かなり時間を要するのだが、デントほど疲労することはなかった。せいぜいが息を切らす程度だが、デントに至ってはすでに顔を真っ赤にしている。リアルでもそうだが、ゲーム内でも運動不足の証拠である。
「姐さん、ここにいてくれればいいんだけどなぁ」
おそらくはここなのだろうが、それでも確定というわけではない。あくまでも高確率でここだろうと程度のことだ。それでも隅から隅まで探さなかったのであれば、あとでなんと言われるのかわかったものではないし、愛しのタマモに幻滅されかねないのだ。
(姐さんに怒られるのは仕方がないとしても、タマモちゃんに幻滅されるのはいかんよなぁ。「紳士」としてそれは遺憾すぎる)
考えるだけで恐ろしいことだが、タマモに「デントさんってそういう人だったんですね」と路傍の石を見るかのような目で見られるのだけは勘弁願いたい。それはそれで新しい扉を開けそうな気はするが、もし開いてしまったら、いままで積み重ねてきたタマモからの好感度が激減するのは目に見えていた。そればかりは勘弁願いたい。
(タマモちゃんに嫌われてしまったら、それだけでこのゲームを辞める理由になりそうだわぁ)
いまのところこのゲームにのめり込んではいるが、愛しのタマモに嫌われることは、そのままゲームを引退することに繋がるのだとデントは思っていた。
だからこそ軽率なまねは控えるべきである。できることは徹底的にやるべきだった。
「頑張らんとなぁ」
デントは顔を上げて螺旋階段を再び登り始める。その脳内ではタマモが応援してくれていた。
「デントさん、頑張るのです」
「頑張るデントさんは、カッコいいのです」
「そんなデントさんを、ボクは、その、好きですよ?」
えへへへと頬を染めて笑うタマモ。その笑顔と言葉にデントは雄叫びを心の中であげた。
(俺は君のために頑張るだよぉぉぉぉぉ!)
魂というエンジンに火が点いたデントは、沸き起こる衝動のままに螺旋階段をクラウチングスタートで駆けだしていく。そのデントの姿をたまたま通りすぎた新人プレイヤーが見たことにより、「アルト」の「時計塔」には恐ろしい表情で階段を駆け上がる「二重でカ○ルなおじさんの怪談」が後に噂されることになるが、そのことをこのときのデントは知る由もないし、そもそもその沸き起こる衝動の前では怪談になるかどうかなど些細な問題でしかなかった。げに恐ろしきは「紳士」の愛情だというなによりもの証拠だろう。
そうして螺旋階段をデントは駆け上がった。愛情ゆえの勝利だった。デントはなんとも言えない達成感に包まれて──。
「てめぇ、なんでそんな気持ち悪い顔しているんだ?」
──恐ろしい声に迎えられた。デントは恐る恐ると振り返ると、そこに件の人物は立っていた。正確には螺旋階段の出口前の柱に寄りかかっていた仮面姿のメイドさんに迎えられてしまったのだった。
「い、いえ、なんでもないです、サエの姐さん!」
デントは背筋をピンと伸ばして目の前にいるメイドさん──「通りすがりの紡績職人」ことサエに一礼をした。その姿はまさに面接官の前に立った就職活動中の大学生であった。
(なんで面接官よりも緊張するんかな)
ゲームであるはずなのに、リアルでの面接よりも緊張しているデント。普段はそうではないのだが、今日に限ってはなぜかサエの機嫌が悪そうである。いや実際に悪いようだ。苛立ちを示すかのように、つま先がとんとんと何度も踏みしめているのだ。サエが苛立っていることは明らかだった。
しかしサエを苛立たせた原因がデントには思いつかなかった。
(な、なにかしたかな? 特にこれと言ったことはしておらんし。やっぱり時間がかかったことが、ってそんなことを考えているよりもやらにゃならんことがあるな)
自分がなにをしたのかを考えつつも、使命を遂行することを優先したデントはインベントリにしまっていた絹糸を5つ取り出し、そのままサエに献上するように渡した。
サエは「はん」と鼻を鳴らしながらも、デントが差し出した絹糸を見聞することなく受け取った。
「よし。狐ちゃんにはありがとうと伝えておきな」
「はい、わかりました!」
苛立ってはいるが、特になにかあるわけではなさそうだった。デントはほっと一息を吐こうとした。
「ただ、デント」
「は、はい?」
「あの子を変な目で見たら承知しないよ?」
仮面越しにサエが笑う。その笑顔にデントは悲鳴をあげつつも頷いた。
「……まぁ、見ているだけなら構わない。が、変な妄想はするなよ?」
「わ、わかりやしたぁぁぁ!」
デントは敬礼をした。敬礼をしないとなにをされるかわからない。そんな精神状態になっていた。そんなデントにサエはまた鼻を鳴らし、「もう行け」と首を横に振る。その仕草に頷き、デントは「失礼しました」と叫びながら慌てて螺旋階段を降りて行った。
(こ、怖かったぁぁぁぁ)
螺旋階段を降りながらデントは泣いた。泣きながらもタマモへの妄想はやめられなないなぁと思ってしまったのは秘密だ。とにかくこうしてデントの一日は今日も始まるのだった。
姐さんの苛立ちの理由は次回にて。
「紳士」だけど、やっぱりロリコンなのでちょっと問題あるデントさんでした。




