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EX-46 秘密の会見

 夜空が広がっていた。


 無数の星々とその星々を従えるようにして月が夜空に浮かんでいた。


 その夜空の真ん中に、ふたつの人影があった。

 

「もう「七星」に至ったか」


「……」


 人影のひとつは、女性だった。燕尾服を身に纏った女性が虚空で脚を組みながら、手元のモニターらしきものを見つめている。


 対するのは長身の男性。絵に描いたようなカイゼル髭を蓄えた、ナイスミドルという言葉が非常に似合う男性だった。


 男性は女性とは違い、直立不動の態勢でじっと女性を見つめている。


 その視線はいくらか不躾というか、睨み付けるかのような鋭い視線を女性へと向けていた。


「ん? なんだい?」


「いえ」


「いやいや、「いえ」ではないだろう? そんな私を睨み付けるような鋭い視線を投げ掛けてくれているんだ。なにか言いたいことでもあるんじゃないかい?」


 女性は脚を組みながら笑う。


 その笑みは異性同性であろうと等しく魅了するほどに美しい。


 そもそも、女性自身がとても美しかった。


 男装の麗人という言葉があるが、まるでその女性のためだけにあるようにさえ思えるほどだ。


 そんな女性が微笑みを浮かべる。


 同性でも堪らないだろう。


 が、その男性は特に気にした素振りも見せることなく、「なにもありませんよ」とだけ答える。


「やれやれ、君の素っ気なさは相変わらずだ。それだけ奥さんにぞっこんということなのかな?」


「……答える必要を感じられませんな」


「ははははは! これはこれは、たかが脆弱なる人間風情が、我を相手にその物言いとはな。やはりそなたは面白い」


 女性は額を抑えながら高笑いをする。女性としてはただ笑っているだけ。


 だが、男性からしてみれば、獣が牙を剥いているようにしか思えないだろう。その証拠に男性の頬を冷や汗が伝っていく。


 それでも男性は表情を変えない。


 それこそ、魔王に挑む勇者のように、まっすぐに女性を睨み付けていく。


「あぁ、いいよ。その目だ。その目とその気概を私は気に入っている。さすがは彼女のお父さんだね、玉森壮一郎くん」


「……お褒め戴き光栄です、主神エルド」


 燕尾服の女性──主神エルドにと男性こと玉森壮一郎はその場で跪いた。


 その立ち振る舞いに一切の澱みはなかった。


「相変わらず見事だね。少しでも無礼があれば、その首を飛ばしてやろうかと思っていたけれど、その心配もないし」


 ニコニコとエルドは笑う。表情と言動には大きな乖離があるが、壮一郎は気にすることなく、跪いていた。


「あぁ、もう崩してもいいよ。というか、君も座りたまえ」


 エルドは笑いながら指を鳴らす。すると虚空に一脚の椅子が突如として現れた。


「さぁ、どうぞ、座るといいよ、壮一郎くん。なぁに、君を騙して喰らおうというわけじゃない。私と君はビジネスパートナーだ。その大切なパートナーを害するなどあるわけがないだろう?」


 エルドは再び笑う。その笑みと言葉に従い、壮一郎は立ち上がると、エルドの用意した椅子に腰掛けた。


 壮一郎が座るやと、エルドとの間にテーブルが現れた。


 大理石らしき白亜のテーブルが突如として現れたのだ。


 そのテーブルの上にはティーポッドとティースタンドが置かれている。


「どうぞ」


 置かれていたティーポッドを、配膳役としていつのまにか控えていたふたりのメイドが手にし、エルドと壮一郎のにそれぞれに紅茶を配膳した。


「……相変わらず、手品のような光景ですな」


 あまりにも一瞬すぎて、なにが起こったのかをすぐに察せず、ほんのわずかにあ然とする壮一郎だったが、すぐに表情を戻す。


 そんな壮一郎の反応にエルドは気を良くしたのか、配膳された紅茶を啜りながらも、どこか楽しそうに笑っていた。


「ふふふ、君のその顔が、驚いた顔を見るのがわりと好きでね。どう? 驚いてくれたかな?」


「……ええ、存分に。ですが、少々悪戯がすぎるのでは?」


「そうかい? まぁ、君が言うのであればそうなんだろう」


 壮一郎の指摘をエルドはあっさりと流してしまう。


 その様子に壮一郎は小さくため息を吐きつつ、配膳された紅茶を静かに口にする。


 紅茶は適温かつ壮一郎好みの味に、砂糖をひとつまみ入れる程度に仕上がっていた。

 

「どうだい? 君好みの味になっているはずだけど」


 エルドは笑う。


 やはり、その顔はとても楽しそうだ。


 壮一郎としては、ちっとも楽しくないことだが、それでも表情を崩すことはしない。


「……お見事なお手前です」


「そうか。そう言ってもらえると嬉しいね」


 ふふふと上機嫌に笑うエルド。ずっと笑みを携えているものの、壮一郎にとってはずっと牙を剥かれているようにしか思えず、その頬はずっと冷や汗が伝っていく。


「ふふふ、そう緊張しないでくれたまえ。さっきも言ったが、なにも君を喰らおうというわけではない。そもそもそんな趣味は私にはないよ」


「……ですが、「試練」を与えられるのはお好きなのでしょう?」


「あは、そうだね。私は人々に「試練」を与えるのは大好きだね。それも簡単に乗り越えられるものじゃあつまらない。限界ギリギリの力でようやく乗り越えられるくらいじゃないと、「試練」とは言えないよね?」


 紅茶をテーブルに置き、両手を組みながらエルドはまっすぐに壮一郎を見やる。


 その視線に壮一郎の表情がより固くなるが、エルドはあえて気にしていなかった。


「さて、君の娘さんは想像以上に優秀だね。まさか、一年も経たずに「七星」に至れるとは。さすがは当代の、君と奥さんの娘さんなだけはある」


「……あなたにしてみれば、私は余計なのでは?」


「あはははは、それはさすがに穿ちすぎさ。私が執着しているのは、君の奥さんではなく、その血筋の大元である彼女だよ。君の奥さんは彼女の裔ではあるが、それだけとしか私は思っていないよ」


「……そう仰るわりには、我が娘には執着されておられるようですが」


 壮一郎は何気ない口調で告げる。すると、それまで笑みを浮かべていたエルドの様子が一変する。


「……たしかにそう見えるというのも否定はしない。あの子は彼女によく似ている。その有り様がそっくりだからね」


「だが、あの子は彼女ではない」とエルドは目をすっと細めた。


 壮一郎の額に冷や汗が浮かびあがった。


「……失言でした。申し訳ない」


「いや、気にしなくていいよ。私もいくらか過剰に反応してしまったようだ。どうにもダメだな。すまなかったね、壮一郎くん」


 エルドは細めていた目を開き、再び穏やかな笑みを浮かべていく。


 壮一郎は額に浮かんだ汗を拭っていく。壮一郎の様子を見て、エルドはいままでとは少し異なる笑みを、申し訳なさそうに笑っていく。


「いや、本当にすまなかったね」


「いえ、お気になさらずに。私も不躾でした」


「そうかい。……では、申し訳ついでにひとつ尋ねてもいいだろうか?」


「なんなりと」


「ありがとう。……その、だね」


「はい」


「うん。その、なんというか、あぁ、うん」


「はい?」


 それまでの快活さはどこへやら。


 エルドはしどろもどろになりながら、両手を組んだまま、人差し指をちょんちょんと突き合わせていく。


 いままでの尊大さがまるで嘘のように、挙動不審っぷりを露わにするエルド。


 そんなエルドに、メイドふたりがおかしそうに笑う中、エルドは意を決したように「よし」と気合いを入れると、壮一郎に顔を近づけた。


「それで聞きたいことというのは、だね」


「は、はぁ」


「……娘ってどう接すればいいの?」


「……は?」


「いや、その、娘ってどう接すればいいのかなぁって。君はどうやって娘さんと接しているのかなぁと。参考程度に聞かせて貰えたら嬉しいんだけど」


「……えー、参考程度でしたら」


「そう? そうかい? あぁ、ありがとう、ありがとう!」


 エルドは感無量と言わんばかりに嬉しそうに笑った。


 どうりでメイドたちが笑うわけだと壮一郎は苦笑いを浮かべた。


「それで、どちらのご息女ですかな?」


「……強いて言えば両方かな?」


「……お二方ともに、ですか?」


「……うん。だって、ソラくん、私のことを親扱いしてくれないんだもん」


「単純に親らしいことをまったくしていなかったからでは?」


「ぐぅ! そ、それはその」


「そもそも、ソラ殿に関しましては、ご息女と言っていいのか」


「だ、だって、ソラくんは、あの子の妹だし。あの子も昔は私のことを「お父様」って呼んでくれたもん。なら、あの子の妹であれば、私の娘と言っても差し支えはないでしょう? なのに、ソラくんは」


 がくりと肩を落とすエルド。思春期の娘を、反抗期まっただ中の娘に手を焼く父親然としている。


 とはいえ、そのことに関しては、壮一郎はあまりアドバイスができる立場ではない。


 いずれ来る娘の反抗期に備え続けていたものの、それが一向に来ないうちに娘は精神的に成熟してしまったのだ。


 ゆえに、反抗期まっただ中の娘との接し方というものが、壮一郎にはまったくわからないのだ。


「……そうですな。とりあえず、あまり気に掛けすぎるのもよくないかと。かといって気に掛けすぎないのもまた問題というところですか」


「それって矛盾していない?」


「そうですな。ですが、それくらいに難しい年頃というのもあるのです」


「……むぅ。たしかに、ふたりとも気難しいんだよねぇ。素直に甘えてくれるといいんだけど」


「とはいえ、ソラ殿もすでにご子息やご息女を持つ立場ですから、そう甘えてくださらないのでは?」


「……ダヨネェ」


「むしろ、問題なのは彼の方の方では?」


「……そう、だね。あの子は拗れてしまっているみたいだし、どうしたものか」


「その一助を為すこと。それが我が一族とあなたが交わした盟約です。その代わり」


「……あぁ、わかっている。君の娘さんの同位体はたしかに用意しよう」


「お願いいたします」


「あぁ、任せてくれ。ただ」


「なんでしょう?」


「……いや、本人の同意なしで、同位体を用意するというのはどうなんだろうなとね。本当に君はそれでいいのかい?」


「はい、なにも問題はありませぬ」


「……わかった。まぁ、人様のお家事情に首を突っ込むのも問題か。私から言うことはなにもないよ」


 エルドは頷きながら、「では、次の話をしようか」と話題を変えていく。


 壮一郎は頷き、次の話をエルドと交わしていく。

 美しい夜空の中での、秘密の会見はそうして行われていった。

https://kakuyomu.jp/works/16818093080456940494

今夜15話更新です。よろしくお願いします

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