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54話 救いの手

「取得経験値上昇極」──。


 それは「取得経験値極減」と同じように、特別感のある金色の欄で覆われたものだった。


 言葉だけを見れば、「極減」のカウンター措置のようにも見える。


 しかし、そんなナイーブな考えなどすでにタマモには存在していない。


 そんな考えなど、ゲームを始めて数週間ほどで捨て去っている。


 ゆえに、このスキルが一見、「極減」のカウンター措置──悪夢のようなデメリットを緩和するものだとは思ってさえいない。


 むしろ、その逆で、カウンター措置と見せかけた罠であると確信をしていた。


(……どうせ、上げて下げるつもりなんでしょう? そんなことで騙されるボクじゃないのですよ)


 そう、これは罠なのだ。


 タマモに希望を見せて、罠に掛かるのを待ち望むという極悪仕様に決まっているのだ。


 ゆえにこの程度の罠に掛かることなどありえない。


 そもそもの話、あまりにも名称が罠くさいのだ。


 なにが「取得経験値上昇極」だ。


 たとえどれほど経験値が上昇したところで、最終的にはすべて1と化すに決まっている。


 それほどまでに「極減」のデメリットは悪夢のようなものなのだ。


 その悪夢を緩和させることなどできるわけがない。


 そうタマモは確信しながら、鼻白む。


「騙されるものか」と言わんばかりに、不敵な笑みを浮かべていた。


「取得経験値上昇、極だと?」


 だが、タマモとは異なり、周囲の反応は凄まじかった。


 特にタマモのそばにいたガルドたち4人の反応は驚愕然としていたのだ。


 タマモとしては「なにをそんなに驚いているんだろう」としか思えなかった。


 どうせ、これは罠なのだ。


 その罠になぜ食いついているのか。


 タマモは怪訝そうに顔を歪めながら、ガルドに声を掛けた。


「どうされましたか、ガルドさん?」


「ど、どうされましたかって、それはこっちのセリフだって、嬢ちゃん」


「はい?」


 ガルドが口にした一言は、いまいち意味のわからないものだった。


 なにせ、どうしたのかと尋ねたら、それはこっちのセリフだと言われたのだ。


 まるで言葉遊びのようなやり取りだった。


「……もしかしてだが、タマモさんはこのスキルを理解していないのか?」


 アントニオが恐る恐るとタマモに問い掛ける。その問い掛けにアントニオの隣にいたシーマが「いやいや」とありえないとばかりに手を振っていた。


「さすがにそれはないだろうよ。「取得経験値上昇」系のスキルを知らんって、さすがにありえんよ」


 シーマは笑っていた。そう笑っていたのだ。頬を引きつらせながら笑っていたのだ。


 シーマの反応を見る限り、「冗談で言っているんだろう」というように見える。


 むしろ、「冗談にしてくれ」と言っているように思えてならない。


 が、タマモとしては冗談を言ったつもりはない。


「えっと、どういうこと、ですか?」


 タマモは恐る恐ると尋ねた。尋ねたタマモを見て、シーマは「……マジか」と愕然としたように口を大きく開けていた。


「……タマモちゃんらしいと言えば、そうなんだけどなぁ」


 愕然としているのはシーマだけではなく、ガルドもアントニオも同じだった。バルドだけは頭を痛そうに押さえながら、「どうしたものか」と悩んでいるようだった。


(……なんですか、この「なにかやっちゃいましたか」な空気は? え、だって、これ罠でしょう? 罠スキルに決まっているのに、なんで皆さん、そんなありえない反応をしているんです?)


 タマモとしては、ガルドたちの反応が理解できなかった。


 なにをそんなに驚くのか。


 タマモとしては皆を驚かせるようなことを言った憶えなどない。


 だが、ほぼ全員が「ありえない」という顔でタマモを凝視しているのだ。


 いったい、ボクはなにをやからしたのだろう。


 タマモは徐々に背中に冷たい汗が伝っていくのを感じながら、救いの手を求めた。


「……あー、そっか。そうだよな。タマちゃんは知らないよね」


「うん。強制的に経験値1にする悪夢のパッシブ持ちだもんね。そりゃ知らないよね」


 救いの手を求めていたタマモだったが、いままさに救いの手が差し伸べられた。その手を差し伸べてくれたのはレンとヒナギクだった。


 同じ「フィオーレ」のメンバーであるふたりが、タマモとそれ以外の面々の認識のずれについてを解説してくれたのだ。


「えっと、どういうことですか?」


「ん~。まず前提としてね。「取得経験値上昇」系のスキルはその名の通りに取得できる経験値を上昇させてくれるものなんだよ」


「まぁ、名前からしてその通りですよね」


「うん。「微」から始まって「極」までとなっているんだけど、いまのところ確認されているのは「大」までなんだよね」


「へぇ。それじゃ、ボクが初めて「極」に至ったってことですか」


 レンとヒナギクの言葉に「なるほど」と頷くタマモ。


 道理でガルドたちが驚くわけだと思った。


 いままで確認されていなかった最上位が、いきなり出現したのだ。


 驚いてしまうのも無理もない、とタマモは思っていた。


 だが、「その程度じゃないんだよねぇ」とレンとヒナギクは口を揃えて言ったのだ。


「「取得経験値上昇」系ってすごくレアなんだよ。最低の「微」でも讃えられるくらいに」


「戦闘メインの人も生産職の人もこぞって欲しがるスキルなんだよ」


「へぇ~」


「……うん、やっぱり理解していないね、タマちゃんは」


「……無理もないよ。いきなり降って湧いたような幸運だし」


「まぁ、そりゃなぁ」


 レンとヒナギクはタマモが理解できるように、懇々と説明をしてくれた。


 だが、タマモは説明を受けても、どこか他人事である。


 その反応も仕方がないものではある。


 タマモにとって「経験値」とは基本的には1しか得られないものなのだ。


 こと「調理」に関わることでない限り、タマモの得られる経験値は強制的に1となる。それがタマモにとっての絶対的な不文律であった。


 3人のやり取りを見て、ガルドたちを含めた面々はタマモに戦慄していた。


 戦慄しながらも、「それくらいに酷い目に遭ってきたんだなぁ」と誰もが理解を深めていく。


 中には涙ぐむプレイヤーもいるほどだ。


 それでも、タマモは「はて?」と首を傾げるだけ。


 そんなタマモに「もうはっきりと言うか」とレンとヒナギクはお互いに頷き合うと、覚悟を決めた様子で告げたのだ。


「あのね、タマちゃん。タマちゃんは理解していないどころか、他人事みたいに聞いているけれど、他人事じゃないんだよ?」


「なんでですか? だって、ボクには関係ないですよ。だって」


「いや、関係あるんだよ。むしろ、大前提が事実上崩壊することだし」


「は?」


 レンが言い放った「大前提が崩壊する」という一言にタマモは首を傾げた。


 そんなタマモにふたりはさらに続けたのだ。


「さっきも言ったけれど、「取得経験値上昇」系のスキルはみんな欲しがっているんだよ。戦闘メインの人も生産職の人も関係なく()()()()()()()()()()んだよ」


「「微」で1・25倍上昇になって、「小」で1・5倍、「中」から2倍に、そして「大」で3倍になるんだよ」


「はぁ~。すごい上昇量ですねぇ。でも、どれだけ上昇したところで、ボクにはさして影響は」


「「だから影響するんだってば」」


「……はい?」


 ふたりの説明にタマモは驚きながらも、さして影響はないと思った。


 どれだけ上昇量が凄かろうが、強制的に経験値が1になる悪夢の仕様がある限り、なんの意味もないと思ったのだ。


 だが、ふたりはそれを否定したのだ。もっと言えば、タマモにもその影響はあるとはっきりと告げたのだ。


 その言葉に意味がわからず、タマモは何度も目を瞬かせていた。


 あまりの情報に脳の処理が追いついていない。いや、脳が処理を拒否しているのだろう。


 タマモの様子に「さもありなん」とばかりに頷きながら、ふたりはさらに続けた。


「何度も言うけど、このスキルは戦闘メインの人も生産職の人も欲しがるの。だって、このスキルを持っている限り、()()()()()()()()()()()()()()()で取得量が大幅に上昇するからね」


「すべての行動で?」


「そう。戦闘はもちろん生産活動でも、経験値が大幅に上昇するんだよ」


「……それって、もしかして、「調理」もですか?」


「「その通り」」


「え?」


 そう、「取得経験値上昇」スキルとは、その名の通り、経験値が取得できるすべての行動において効果を発揮する。戦闘はもちろん生産活動においてももれなく取得経験値を上昇させるのだ。


 タマモの持つ悪夢のパッシブルスキル「取得経験値極減」のデメリットを限定的にだが、無効化させることが可能となるまさに救いのスキルである。


 タマモは思わず、ごくりと生唾を飲んだ。生唾を飲みながら恐る恐ると禁断の質問をした。


「……「極」だとどれくらいの上昇量になるんですかね?」


 そう、禁断の質問とは、その上昇量についてだ。


 いままでの不遇っぷりが嘘のようになるまさに救いのスキルを手に入れることはできた。


 だが、問題はその効果量だ。


「微」でも1・25倍というなかなかの上昇量である。


 そしてタマモが得たのは、最上位の「極」だ。一段階下の「大」でも上昇量は脅威の3倍。


 その「大」よりも上位である「極」であれば、どれほどの効果があるのか。


 聞かずにはいられないというのは当然のことだった。


「う~ん、さっきも言ったけれど、確認できているのは「大」までだから。「極」はわからないなぁ」


「というか、「鑑定」で調べられない?」


「あ、その手がありましたね」


 聞いてみたものの、その上昇量についての答えは得られなかった。


 確認できているのは「大」までと言われていたのだし、「わからない」という答えが返ってくるのは当然であろう。


 それどころか、むしろ、タマモが情報を提供する側である。


 基本的に「EKO」の仕様において、「鑑定」で調べることができないものは存在しない。


 例外は各個人が取得しているスキルやEKは本人でしか「鑑定」はできないことくらい。


 つまり、「取得経験値上昇極」の効果量は、タマモ自身が「鑑定」を以て調べるほかないのだ。


 しまったなぁと思いつつも、タマモは「取得経験値極」に「鑑定」を行い、そして──。



 取得経験値上昇「極」


 経験値が取得できるすべての行動において、取得経験値を大幅に上昇させる。「極」における上昇量は5倍となる。

 なお、「取得経験値極減」を取得している場合、リンク効果が発動する。

 リンク効果は「極減」効果から除かれている行動と同種類の行動にも「極」の効果が発揮されることとなる。


「……ふぁ?」


 ──そのあまりにもとんでもない効果に、タマモはあんぐりと大口を開けることとなるのだった。

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