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53話 悪夢も当たり前

「──さぁ、今日も呑むぜ!」


「よぉし! 今日は負けんからな!」


「ははは、なにを言っているんだ。今日こそは俺が勝つさ!」


「兄貴たちに負けてらんねえなぁ! 俺も貼り合わせて貰いますぜ!」


 がはははとガルドの高笑いがお祭り会場内でこだましていた。


 普段であれば、そこまで大きく高笑いをしないガルドだが、今日に限ってはいつもよりも声を張り上げて笑っていた。


 声を張り上げているのはガルドだけではなく、普段そこまで大声を出さないアントニオや、バルド、そしてシーマさえも今日に限ってはやけに声を張り上げていた。


 飲酒した影響だろうかと思ってしまうほどに、四人の声はやけに大きかった。


 いや、四人だけではなく、ほかの面々も同じくらいに声を大にして叫んでいた。


 すでに全員酔っ払いなのかと思いそうになるが、全員まだ飲酒を行っていなかった。


 中にはすでに飲酒していたプレイヤーもいるにはいたが、すでに酔いは完全に醒めていた。それでもあえて「さぁ呑むか!」と叫んでいる。


 なぜ、全員があえて声を大にして叫んでいるのか。


 その理由は実に単純であった。


「……なんか、気を遣われちゃっていますね」


 ぼそりとタマモが呟いた。


 その声は囁きほどに小さなものだったのだが、その声はほぼ全員の耳に届いてしまった。


 騒いでいた声が自然とぴたりと止まり、誰もが気まずそうな顔をしている。


 最初に大声を上げたガルドも、後頭部を掻きむしりながら、視線をあらぬ方へと向けている。


 視線を逸らしているのは、なにもガルドだけではなかった。


 アントニオもバルドもシーマも。ガルドに続いて大声を出していたプレイヤーたちは、気まずそうに顔を背けている。


「……タマちゃん、いまそれは禁句だから」


「いや、わかっているんですけどね」


「わかっているなら、言わないほうがよかったと思うよ?」


 気まずそうなガルドたちを見て、ヒナギクとレンがタマモに苦言を漏らし、その苦言にタマモが頬を搔きながら視線を背けていく。


 そう、ガルドたちを始めとした第36サーバーに集結しているプレイヤーたちのほとんどが声を大にして叫んでいたのは、すべてタマモを気遣ってである。


 上げて落とされたとしか思えない、あまりにも散々すぎる検証結果を受けて、全員があえて話題を逸らそうとしていたのだ。


「七星の狐」のレベルアップの検証は無事に終わっている。


 その内容は、レベルをひとつあげるだけなのであれば、「公式チート」と呼ぶにふさわしいものだった。


 が、そのための莫大すぎる経験値稼ぎが必須であることを考慮した場合、正確にはその莫大すぎる経験値を他のプレイヤーが同時に得た場合のことを考えると、「チート、なのか?」と首を傾げることになってしまう。


 要するに、「七星の狐」となっても、経験取得に関しての極大のバグである悪夢のパッシブスキルが脚を引っ張っているという状況のままなのだ。


 どれほど、レベル上げに勤しもうと、そのレベル上げが非常に困難である現状はなにも変わっていない。


 つまり、せっかくの「公式チート」も宝の持ち腐れでしかないという結果になったのだ。


 その結果は普通のプレイヤーであれば、もはや匙を投げ出すレベルである。


 だからこそ、誰もがあえて結果にはこれ以上触れず、話題を変えようと涙ぐましい努力を行っていたのだ。


 その努力も当の本人の一言で水の泡と化してしまったわけなのだが。


 とはいえ、タマモ自身には悪気はない。


 どころか、ガルドたちを逆に気遣ったからこそ、あえて口にしたのが先ほどの一言だったのだ。


「あー、その、ガルドさんたちの気持ちはとてもありがたいことなんですが、あまり気遣われなくてもいいですよ?」


 ガルドたちの気遣いはありがたい。が、そこまで気遣われることではないとタマモは思っている。


 思ってはいるものの、普通の感性をしていたら、「気遣って話題を逸らそうとする」というのも理解できることではある。


 それを余計な気遣いとまでは言わないものの、そこまで腫れ物扱いすることはないとも思うのだ。


 そもそもの話、タマモにしてみれば、いまさらすぎることなのだから。


「この悪夢のパッシブスキルに関しては、いまさらなので、もう気にしていないんですよ。それにあくまでも経験値がほぼ手にはいらないのは、戦闘後の経験値だけですから」


 悪夢のパッシブスキルこと「取得経験値極減」は、スキルやアイテムによるブーストされた値を、その値で割り、強制的に1にするという仕様だ。


 が、その仕様はあくまでも、「取得経験値極減」の影響下にある「EK」にとっての「ふさわしくない行動時における取得経験値」のみである。


 タマモの持つ「EK」はおたまとフライパン。このふたつはどうひいき目に見ようとも、通常は武器にあらずなため、戦闘はふさわしくない行動となる。


 おたまとフライパンにとってのふさわしい行動とは、誰がどう考えても「調理」以外に存在しない。


 どれほど武闘大会で勝ち進もうとも。


 どんなに強いモンスターと闘おうとも。


 それが「調理」でない限り、タマモが得る経験値は強制的に1と化すのだ。


 だが、その仕様はもはやタマモにとっては、すでに当たり前のものだ。


 悪夢のような仕様で嘆くなど、もうとっくに済ませている。


 だから、いまさらなのだ。


 そのいまさらなことで気遣われても、少し困るというのがタマモの本心であった。


 その本心をタマモはそのまま語った。


 もちろん、ガルドたちの気持ちはとても嬉しい。


 嬉しいが、そこまで腫れ物のように扱わなくてもいい。


 そのこともタマモはちゃんとガルドたちに伝えた。


 ガルドたちはその言葉を受けて、苦笑いを浮かべた。


「……かえって気遣われちまったかな?」


「みたいだな」


「なんだかんだで、タマモさんは大人だな」


「というか、悪夢を当たり前と捉えられる胆力が凄すぎなんだが」


 ガルドたちは苦笑いしながら、タマモの言葉を受け入れた。


 が、バルドはひどい悪夢としか思えないパッシブスキルを当たり前と捉えているタマモに戦慄した。


 戦慄したのはバルドだけではなく、ほとんどのプレイヤーがそうであった。


 戦慄しつつも、タマモの言葉と意思を尊重して、あえて言葉を飲み込んだ。


「まぁ、ゆっくりとレベルを上げていきますから、気にしないで──ん?」


 ガルドたちの反応を笑いながら受け止めつつ、タマモが何気なくスキル欄に目を通した、そのとき。タマモは目をぱちくりと何度も瞬かせていた。


 まるでありえないものを見るかのような目である。


 なにかあったのかと誰もが首を傾げた、そのとき。


「……取得経験値上昇極?」


 タマモはいつのまにか、自身のEKに新しく映えていた金色の欄にあったスキル名を口にしたのだった。

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