50話 チート化
桜並木が一面を覆っていた。
若木もあれば、古木もある。中には枝垂れ桜の大木さえあった。
そんな様々な桜並木は、よく晴れた青空に映えていた。
今日も今日とて、美しい桜を肴にしてプレイヤーたちの大宴会が幕を開けていた。
前日までのようにそれぞれのグループ席に固まってのどんちゃん騒ぎが今日も行われるはずだった。
だが、いまどんちゃん騒ぎを行うプレイヤーはほぼいない。
大抵のプレイヤーが、とあるグループ席を遠巻きに眺めていた。
そのグループ席の名前は「フィオーレ」──タマモたちのクランであり、今日一番の盛況を見せる大グループであった。
「フィオーレ」席に人が集まる理由。それは──。
「──しっかし、まさかEKだけではなく、クラスチェンジまでしちゃうなんてねぇ」
「あ、あははは」
「強制ログアウト中にクラスチェンジとか、初めて聞いたよ」
「ですよねぇ」
「まぁ、でも、実際にこうなっている以上は認めないとねぇ」
「そういうこともあるんだなぁと思うしかないよなぁ」
「あ、あははは」
──マスターであるタマモがクラスチェンジを果たしたためである。
加えて、全プレイヤー中最速で第三段階から第四段階まで進化させたことも追い風となり、今日の「フィオーレ」席に同じサーバー内のほぼすべてのプレイヤーが集まるという事態に発展したのである。
「フィオーレ」所属のヒナギクとレンは、いまだに状況を完全に飲み込めないまま、タマモと向かい合って雑談をしていた。
その輪の中には当然もうひとりのクランメンバーであるユキナもいるはずだった。
が、現在ユキナは輪の中にはいない。
というのも、クラスチェンジを果たしたタマモの姿を見て、卒倒してしまい、現在は親友のひとりであり、「一滴」のメンバーであるクッキーに膝枕をして唸っているのだ。
が、唸っているのはユキナだけではなく、やはり「一滴」のマスターであるフィナンもまた、いまのタマモの姿を見た瞬間、胸を押さえながら気絶してしまったのだ。
現在フィナンはユキナと同じく、「一滴」のエースであるマドレーヌに膝枕をして貰いながら唸っていた。
ユキナもフィナンも唸っているものの、せっかくの美少女が台無しなほどにその顔は緩みに緩みきっていた。
自身の膝の上で唸りながら気絶する親友たちの姿に、膝を貸しているクッキーとマドレーヌは揃ってため息を吐いていた。
ユキナとフィナンが気絶しているためか、ふたりは輪の中から外れた場所で親友たちの介抱に勤しんでいた。
介抱に勤しみながらも、クラスチェンジを果たした先達であるタマモに熱い視線を向けるクッキーとマドレーヌ。
ふたりの視線にはタマモも当然気付いている。いまかいまかと話し掛けるタイミングを探るふたりをタマモは笑いながら見守っていた。
「なにかありましたか、クッキーちゃんもマドレーヌちゃんも?」
見守りながらも、一向に話し掛けてこないふたりに助け船代わりに声を掛けるタマモ。タマモからの問い掛けにふたりは大いに慌てるも、お互いを見合うと同時に頷き合い──。
「あ、あの、タマモさん!」
「お、お話を聞いてもいいですか!?」
「もちろんですよ」
──佇まいを直すと、ふたりは自身の膝の上からユキナとフィナンをシートの上へと寝かすと、そそくさと輪の中に突入してきた。
その勢いは凄まじく、ちょうどふたりの進行上にいたガルドとバルドを弾くほどであった。
正確にはバルドとガルドがふたりが突進してくるのを見て、すかさず場所を空けたのだ。
が、クッキーとマドレーヌの勢いは大男であるガルドとバルドに体当たりしても、力負けしなそうなほどの勢いがあったため、ガルドたちが場所を空けなかったら、本当に弾かれていた可能性もなくはない。
ふたりの勢いに、ガルドもバルドも「恐ろしい子たちだなぁ」と冷や汗を流しつつ、興味深げにクラスチェンジを果たしたタマモを見つめていた。
「それで、なんの話が聞きたいんですか?」
「えっと、とりあえず、いまの種族は」
「いまは「七星の狐」ですね。見た目は髪が少し長くなったのと、尻尾が七つに増えて、先端に七色の星形の印が刻まれているのが違いですね」
クッキーの質問に応えながら、ほらと背中の七本の尻尾をふたりが見やすいように動かすタマモ。
七つの尻尾すべての先端には白から始まり、赤、青、緑、黄、橙、そして黒色の星形の印が刻み込まれていた。
その印が見やすいようにそれぞれひとつずつを動かすタマモ。ひとつひとつの尻尾をクッキーとマドレーヌ、いや、輪の中にいた全員が興味深げに見つめている。
「うわぁ~、すごく柔らかそう。……ねぇ、タマモさん、触っていいかい?」
タマモの尻尾を見て、ごくりと生唾を飲みながら「紅華」のサブマスターであるステラが、手を震わせて尋ねた。
その目はいわゆるガンギマリであり、その様子に若干引くタマモ。
だが、引いてすぐに、ステラと同じような目をローズたちがしているのに気付いた。
いや、ローズたちだけではなく、今日は「フィオーレ」席で宴会を楽しみに来た「ブレイズソウル」のエリシアとティアナも目を爛々と輝かせていた。
「……えっと、あまり強く握らないでくださるのであれば」
タマモの返答に七つのありがとうが響き、七本の尾すべてがステラたちに捕獲されてしまった。
ステラたちは七本の尾を抱きしめると、「ふわぁ」や「なにこれぇ」や「しゅ、しゅごすぎる」などのなんとも言えない声を上げて恍惚顔となっていた。
タマモの現在の尻尾は最上級の羊毛さえも超えるほどのふわふわ具合。それこそ雲を掴めたらこのくらいすごいんだろうなぁと七人全員が口にするほど。
そんな七人のハグを受けながら、タマモは苦笑いしながら、クッキーとマドレーヌに再度向き合った。
「他にありますか?」
「えっと、ステータスはどうなっているんですか? 聞いた話だと最初のクラスチェンジで、当時のステータスを倍加したって話でしたけど」
そう言ったのはマドレーヌだ。
マドレーヌの言葉にタマモは「そういえば」と言いながら、おもむろにステータスを表示させた。
なんだかんだで種族名を確認しただけで、ステータスには触れていなかったのだ。
ちょうどいいとタマモはステータス画面を開いて──。
「……あー、なるほど、ね」
しみじみと頷いたのだ。その目はどこか遠くを眺めるようなものであり、その様子にタマモの尻尾に夢中なステラたち以外の面々が怪訝そうな顔を浮かべた。
その表情を見て、タマモは「あー」と後頭部を搔きながら、ステータス画面をスクリーンショットして、その画像を全員にメールしたのだ。
タマモから届いたメールを開いた全員が「……は?」と口を開けた。
参考用にと、「白金の狐」になったときのステータスの画像も添付してあるため、よりはっきりとステータスの差が浮き彫りになっていた。
そうして送ったステータスがこれである。
タマモ LV25
種族 七星の狐
職業 双剣闘士、コック、幻覚師、漁師長、予言者
HP 2979
MP 2979
STR 51
VIT 51
DEX 51
AGI 60
INT 48
MEN 48
LUC 30
武闘大会を終えてから、タマモはなんだかんだでレベルは25に到達していた。
HPとMPは1000の大台間際、各種ステータスはだいだい16か17で統一されていた。LUCだけは10と低めであったが、初期の頃に比べれば雲泥の差だったのだ。
そのステータスがクラスチェンジを果たしただけで、すべて3倍になっていたのだ。
どう考えてもレベルが25とは思えないぶっ壊れのステータスである。
AGI以外はかつての「三尾」に一歩及ばないが、AGIは完全に並んでいた。
が、そのかつての「三尾」こと、いまや「七尾」のステータスはと言うと──。
STR 300
VIT 300
DEX 300
AGI 300
INT 300
MEN 300
LUC 300
──圧巻のオール300であった。
七星の狐になったものの、いまだに「どっちが本体?」問題は已然として解決せず、どころか、ますます加速してしまっていた。
ぶっちゃけると、タマモが遠い目をした理由は、「七尾」のステータスを確認したがゆえである。……さすがに「七尾」のステータスまではメールに添付しなかったが、仮に添付しても誰も信じてはくれなかっただろう。
以前の「五尾」のことを知っている、ヒナギクとレン、それにユキナ宛てには「七尾」のステータスは添付している。
ユキナはまだ気絶しているものの、ヒナギクとレンは確認して、絶句していた。
ふたりの様子は普段であれば、おかしなものだろうが、現在ガルドたちも絶句気味であるため、ふたりの反応は見事に溶け込んでいた。
「……はは、これはまたすげえなぁ」
「一部は俺超えられてるわ」
「というか、総合値で言えば、この場で勝てるのはいないんじゃないか?」
ガルド、バルド、それにアントニオがあ然としながら現在のタマモのステータスを評していた。
アントニオが言うように、ひとつひとつのステータスであれば、勝てる者はこの場にもいる。
だが、総合値で言えば、いまのタマモ以上のプレイヤーはこの場どころか、全プレイヤーを通してみてもほぼ存在しない。
しかし、タマモにはまだ言っていない爆弾が存在していた。
「……えっとですね。実はまだ言っていないことが」
「まだ、あるんですか?」
クッキーが皆を代表するように言う。その言葉にタマモは静かに頷くと、爆弾を投下したのだ。
「レベルアップはまだしていないんですけど、確認したら、割り振りポイントがですね」
「……たしか、以前のままで3点だったよね?」
「もしかして、4点になったとか?」
ヒナギクとレンが恐る恐ると尋ねる。その内容に「マジかよ」とあ然とする面々。
現在の段階でもまだ通常のプレイヤーは割り振りポイントは1点である。クラスチェンジをしたプレイヤーでようやく2点を得られている。
なのに、タマモは3点の割り振りポイントを得られていると知れば、ガルドたちの反応も当然である。
そこにさらに上乗せされているのであれば、なおさらだった。
が、タマモはとても言いづらそうな顔をしていた。
その時点で話に出た4点どころではないというのは確定であろう。
「……もしかして5点か?」
誰がそれを言ったのかは定かではない。4点よりも多い5点。3点でも驚かれるレベルであるのに対して、より多い5点となれば、一度のレベルアップで大半のステータスにポイントを振れることになる。
極振りでもしようものならば、たった2回のレベルアップでステータスが10も伸びることになる。
まさに圧巻と言ってもいい、のだが、なぜかタマモは答えない。
それどころか、顔をゆっくりと逸らしていく。
その反応に誰もが「……まさか」と呟いたとき、タマモはぼそりと告げたのだ。
「……7点です」
「……はい?」
やはり誰が言ったのかはわからない。タマモの返答にあ然とした声が返ってきたのだ。
その声にタマモははっきりとした答えを告げた。
「レベルアップ時の割り振りポイントは、七星の狐だと7点になるみたいです、ね。その分、必要経験値が多くなるみたいですよ」
最後は尻つぼみになりながら告げた答えに、誰もが口を大きく開けてあ然とした顔になるのだった。




