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45話 桜の下で

 無人の桜並木だった。


 あれほど人でごった返しになっていたのに、いまや人の姿はない。


 大抵のプレイヤーは時間内にログアウトしたのだろうが、時間内にログアウトできず、強制ログアウトという名の睡眠を行っている者を時折見かけていた。


 強制ログアウトしている者は、だいたい酒瓶を抱いていたり、仲間内でごろ寝していたりなど、酔っ払いすぎて寝落ちしたとしか思えない姿を晒している。


 寝落ちしたプレイヤーは男性が割合のほとんどを占めているものの、女性の姿もちらほらと見かけられている。


 これが現実であれば、少々危ないというか、防犯意識が低すぎる気もするが、少なくともこの世界においての問題はないだろう。


 寝落ちしているプレイヤーには、運営が情けとばかりにブランケットを掛けて回っていた。


 掛けて回るとは言うものの、実際はそれぞれのプレイヤーの体の上にいきなりブランケットが「ポン」という軽い音とともに現れて、重力によってプレイヤーの体の上に掛けられていた。


 そのための人員を用意するよりかはコスパのいい方法ではあるものの、なんともおざなりな方法ではある。


 とはいえ、運営としてみれば人数分のブランケットを用意しただけでもありがたく思えというところであろう。


 強制ログアウトを行うという通知はされていたというのに、最後の最後までログアウトをしなかった時点で、本人たちの自業自得である。


 その自業自得の面々のために、ブランケットを用意してくれただけでも、十分すぎるほどだろう。


 そのブランケットを掛ける方法が少々おざなりというか、雑な方法であっても文句を言われる筋合いはないだろう。


 まぁ、文句を言われる以前に、こうして強制ログアウトしたプレイヤーたちのためにブランケットを掛けてあげている光景を見ているのは、プレイヤーたちの中ではタマモだけだし、タマモとしてもわざわざこのことを話すつもりもない。


 プレイヤーたちにわかるのは、強制ログアウト後に、わざわざ人数分のブランケットを掛けてくれたというところまで。


 ブランケットを掛けた方法がどういうものなのかは誰もわからないのだ。


 きっと「メイドさんを用意してくれたんだ」とか「いやいや、優しそうなお姉さんだ」とか、それぞれの癖にそった理想を語り合う掲示板とかが立ち上がりそうだが、現実は無情である。


 そんな無情な「ポン」という音を聞きながら、タマモはお祭り会場内を散策していた。


 無数に咲き誇る桜並木のうち、地面の上だけを練り歩いていく。


 タマモが歩いている場所以外は、レジャーシートが敷かれたままとなっている。


 二日目も基本的には前日と同じ場所での宴会となっているため、レジャーシートを設置したまま、ログアウトしていったのだろう。


 レジャーシートの上がきれいに片づけられているところもあれば、散乱したままとなっている場所もある。


 各々の団体における中心人物の性格が見事に分かれていると思える光景であった。


 レジャーシートの上はきれいに片づけられていても、その上で時折先述した強制ログアウトを行った者が寝ている。


 おそらくは、現実におけるお花見の場所取り係となっているのだろう。


 もっとも、それが任意によるものなのか、強制なのかはわからないが。


 ただ、レジャーシートで寝ている者のうち、何人かはレジャーシートの上で寝袋を使って寝ている者もいた。


 その手の面々はおそらく以前から場所取り要員として任命されていて、予め泊まれるように準備を行っていたのだろう。


 そうでない者は、単純に寝落ちしたから、ついでに場所取り要員にしたというところか。


 今頃現実で同じ団体のメンバーからメールかなにかで場所取り要員にしたという知らせを受け取っているだろう。


 その際に憤慨するか、笑って許すかでその人の人となりがわかるようなものだが、タマモとしてはどうでもいいことだった。


 タマモにとって重要なのはそういうことではないのだから。


「……」


 目の前を黒みが掛かった2本の尻尾がゆらゆらゆと揺れていた。


 その持ち主は一言も喋ることなく、ずんずんと桜並木を歩いて行った。


 その背中は「私は怒っています」と言わんばかりの怒気を発していた。


 どうしたものかと頬を搔きながら、タマモは背中の持ち主にと声を掛けた。


「……あの」


 タマモは恐る恐るといった様子で声を掛けるが、背中の持ち主は答えてくれない。答えることなく、無人の桜並木を縫っていく。


 その後をタマモは居心地の悪さを憶えながら着いていく。


 タマモが現在のお祭り会場を見渡しているのも、居心地の悪さが原因であった。


 とはいえ、あれほど騒がしかったお祭り会場がいまやとても静かになったことを興味が向くことも致し方ないことだ。


 ほぼ無人となったお祭り会場を散策していると、なんとも物悲しい空気を感じてしまう。


 楽しい時間が終わってしまったなという気がして、アンニュイな気分になってしまう。


 その一方でまた来年があるという気もする。


 お祭りというものは、毎年行われる。


 今年が楽しかったのであれば、来年の開催を心待ちにすればいい。


 会場内を見渡しつつ、タマモは若干浮き足立っていることに気付いた。


 本来ならそんな気分になるはずもない状況であるというのにも関わらず、タマモは背中の後を追いかけていると──。


「……ずいぶん楽しそうですね?」


 ──背中の持ち主ことアンリがぽつりと呟いたのだ。


 その言葉にぞっと背筋を震わせながら、タマモは「ま、まぁ」と曖昧に頷いた。


 曖昧に頷きながら、タマモはアンリを見やる。アンリは足を止めて、少しだけ振り返っていた。振り返ったことでわずかに横顔が見えた。その顔はなんともかわいらしく頬が膨れていた。


 少し前までの、エリセとイチャついてしまっていたときに見せた表情を、瞳孔を裂けさせたあまりにも怖い表情とは、ずいぶんとギャップを感じさせてくれる。


 だが、そういうところもアンリらしいと思えた。


『──アンリちゃんはなんも変わってなんかいーひんってこっとす』


 不意にエリセの言葉を思い出した。


 エリセは、タマモが内心でいまのアンリと以前の「アンリ」を比べていることを知っていた。


 その際にエリセが告げたのは、アンリはなにも変わってなんかいないということ。


 どういうことだろうと言われたときも、いままでもタマモは思っていた。


 タマモの目にはアンリはすっかりと別人のようになってしまったように感じていた。


 でも──。


「……なんですか、旦那様」


 ──こうしてぷくっと頬を膨らませて不機嫌さを現しているところを見ると、エリセの言葉が間違っていないのではないかと思えてならなかった。


「……かわいいなって思っていた」


「え?」


「……そうやって頬を膨らませて「不機嫌なんですよ」って言っているようなところがかわいいなぁって思っていただけだよ」


 タマモはほぼ意識せずに、心の赴くままに告げていた。


 無意識だったからこそ、言ってすぐに「あ」と言葉を詰まらせてしまうタマモ。


 言葉を詰まらせつつも、「い、いまのは」と慌てるが、時すでに遅しである。


(いきなりこんなことを言われても、アンリだって困るだけなのに)


 タマモはいまの言葉を撤回するべきかどうかを考えつつ、アンリの出方を待った。


 仮に本人が喜んでくれたのに、「やっぱりいまのはなし」なんて言ったら、また不機嫌になるだけ。


 もしくは「なにを言っているんだ、こいつ」みたいな顔をしているところに、撤回なんてしたら元々ない好感度が地に落ちることになる。


 どちらにしろ、アンリの出方を窺うしかない。それぞれの反応次第でこちらからのアプローチを変えよう。そうタマモは思いながら、アンリを見やると──。


「……そ、そうですか」


 アンリは頭の上の耳まで真っ赤にしながら俯いていたのだ。


 その反応は完全に想定外だった。


 想定外だったけれど、アンリの反応を見て、タマモはいてもたってもいられなくなった。強い衝動が、あの日からずっと燻り続けていた想いが、アンリへの想いがタマモを突き動かしていた。


「え、旦那さ──んっ」


 アンリの小さな声が漏れた。


 少し前まで目の前にいたはずだったのに、いまはタマモの腕の中にアンリはいた。


 アンリの顔は驚きに染まっていたが、次第にそのきれいな瞳をまぶたで覆い隠していく。


 ほどなくしてアンリはまぶたを閉じると、そっとタマモの背中に腕を回してくれた。


 背中にアンリの腕が回ったことを確かめると、タマモもまたアンリの背に腕を回してより密着していく。


 誰もいない桜並木で軽やかな水の音が鳴り響く。


 時折アンリの激しい吐息と舌っ足らずな「旦那様」という声が聞こえ、その吐息と声にタマモはより夢中になってアンリを求めていく。


 次第にアンリの膝が笑い始めた。


 タマモはそっとアンリを抱きかかえると、近くに見える桜の古木へと足を向ける。その間もアンリと密着しながら。


「……アンリ」


「……だんな、さま」


 古木の下に辿り着くとタマモはそっとアンリを地面に横たわらせた。その際、「闘衣」を五尾を用いてアンリの下に敷き詰めた。


「闘衣」の中でアンリの黒みがかかった緑色の髪がふわりと咲き誇る。


 タマモは無意識にアンリの上衣に手を掛けていた。するとアンリがタマモの手の上に自らの手を重ねたのだ。


「アンリ?」


 タマモはアンリが手を重ねたことに疑問符を浮かべた。


 どうしたのという意味合いで、アンリの名前を呼ぶと、アンリは顔を真っ赤にしながら消え入るくらいの小さな声で告げた。


「……したこと、ありませんので」


「……優しくするね」


「……お願いします」


 そう言ってアンリはタマモの手の甲に重ねていた手を下ろし、「闘衣」を逆手に握った。その様子にタマモは自身の中でなにかが千切れ飛ぶ音が聞こえた。


 千切れ飛びながらも、タマモは大きく深呼吸してから「優しくするね」と再び告げながら、アンリとの距離をゼロにした。

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