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41話 背中を押されて

「──狐ちゃんには申し訳ないことをしてしまったな」 


 十数年ぶりの再会を果たしたおやっさん一家。

 

 仲睦まじい様子をタマモがそばで眺めていると、おやっさんはタマモの存在をようやく思い出したようで、慌てて頭を下げた。


 タマモとしては謝られることではなかったため、「気にしないでいいですよ」と言ったのだが、おやっさんは「だが」と気にしていた。


「あのですね、おやっさん」


「なんだ?」


「たしかに途中から蚊帳の外になっていましたけど、勝手にいただけですから、気ににしなくていいんですよ」


「勝手にってことはないだろうに」


「あくまでもボクの感覚ではですよ。おやっさんが気にされることじゃないです」


「だがな」


「それに個人的に思うこともありましたからね」


「と言うと?」


「……ボクも両親に言うべきことは言っておこうかなと。最近、あまり触れ合っていなかったなぁと思いましてね。……触れ合えるうちに、触れ合っておこうと思ったんです」


 そう、ここ数ヶ月ほど、タマモはこの世界に入り浸っていた。


 傍から見れば、ゲームに没頭しているようにしか見えないだろうが、プレイヤーと呼ばれる人々の中において、タマモのみがこの世界が本当の異世界であることを知っている。


 その異世界に入り浸るが故に、本来の世界での日々がおろそかになってしまっていた。


 この世界と本来の世界を股に掛けると言えば聞こえはいいだろうが、第三者視点から見れば、ただの引きこもりのニートでしかない。


 いまの生活が成り立っているのも、すべては両親の庇護下にあるからこそである。


 タマモではなく、玉森まりもの責務を半ば放棄しているというのに、両親はまりもを見捨てていない。


 そんな両親のために玉森まりもとしての責務を果たすべきである。


 ……もっとも、現在まりもが考えていることは、責務云々ではなく、もっと気軽に両親と話をしたいということだ。


 ちょうど目の前に十数年ぶりの再会を果たした一家がいる。


 奇遇なことに家族構成は一致している。両親の間に年頃の娘がいる。……見目においては対極に位置しているものの、構成人数自体は変わらないのだ。


 そんなおやっさん一家の再会を見守っていただからだろう。


 言うべきことは言えるうちに言っておくべきだという想いがタマモの中にも、まりもの中にも生じていた。


 いまするべきことをした後になってしまうが、現実の両親とも話をしておきたい。どんな話でもいいが、両親を愛していることをきちんと伝えておきたい。そう思ったのだ。


「……そうか。そうだな。言えることは言えるうちにきちんと伝えておかないとな」


 おやっさんは穏やかに笑っていた。おやっさんの隣で座る女将さんも笑っているし、後ろからおやっさんに抱きついているマリーもまた笑っていた。


「タマモさんも頑張ってください」


 マリーはおやっさんに抱きつきながら言った。その言葉にタマモは「はい、マリーさんを参考に頑張りますよ」と頷いたと同時に──。



『お花見祭りに参加の皆様にご連絡です。お楽しみいただいている中、恐縮ではございますが、あと一時間ほどで本日の部は終了いたします。本日の部が終了と同時に、その場で強制ログアウトとなりますため、ご注意ください。残りわずかなお時間ですが、本日の部を最後までお楽しみくださいませ』



 ──ワールドアナウンスが流れたのだ。


 残り一時間で今日のお花見祭りは終了するようであり、続きはまた明日ということだろう。


 考えてみれば、普段のログイン限界をとっくに超過している。あまりにも楽しみすぎて、時間の経過を忘れていた。


「残り一時間、ですか」


「そうみたいだな。まぁ、短い時間ではあるが、いますぐにってわけではないから、十分だろう」


 おやっさんの言葉に「そうですね」とタマモは頷きながら、これからどうするべきかを考えた。


 考えてみれば、タマモはすっかりと当初の予定から外れに外れてしまっている。


 最初は「フィオーレ」内でのお花見のつもりが、気付けば「ブレイズソウル」とその関係者のお花見に参加し、そこから生産板の仲間内のお花見にも参加と、三つの席を渡り歩くことになっていた。


 当初はお花見の食事の買い出しをするはずだったのに、どこをどう間違えたら、赤裸々な恋愛ストーリーを堪能することになったのやら。


「これもご先祖様のせいですからね」と内心で九尾に悪態を吐きつつ、どうしたものかと思考する。


 生産板の席は、タマモだけが参加しているため、おそらくヒナギクとレンは「ブレイズソウル」席にまだ残っているはず。


 いまからふたりを回収して、「フィオーレ」席に戻るべきだろうが、正直な話、いまさらな感じも否めないのだ。


 というか、ここまでアンリたちを放っておいたくせに、いまさら戻るというのはどうなのだろうか。


 インベントリに入っている買い出したおかずは、できたてのままであるが、いくらこれを持っていたとしても、「いままでどうしていたんですか」と聞かれたら答えようがないのだ。


 下手に言い繕っても逆効果であるし、かといって正直に話してもそれはそれで問題だろう。


「むぅ」


 言えるうちに言えることは言っておきたいと言った矢先だというのに、タマモはすっかりと尻込みしてしまった。


 タマモの変化を見て、おやっさんはタマモの状況を正確に察知したようで、「あー」や「んー」とかなんとも言えない反応を見せていた。


「タマモさん、なにかございましたか?」


 付き合いゆえにタマモの状況を察しているおやっさんとは異なり、女将さんはタマモの状況を察していなかった。


 マリーが大ファンということで、女将さんもタマモの活躍は動画で見知っている、どころか、実のところ女将さんもタマモの強火なファンの一名であった。


 が、そこは年の功。そんな様子を一切見せることなく、女将さんは穏やかに微笑みながらタマモに声を掛ける。


 普段通りに見える女将さんの物腰だが、元夫であるおやっさんはもちろん、娘のマリーもまた正確に女将さんの内心を察していたが、女将さんがそれぞれに()()()()に笑いかけて、ふたりは一斉に敬礼をしていた。


 おやっさんとマリーによるいきなりの敬礼に、タマモは「ほえ?」と首を傾げるが、女将さんは「なんでもありませんよ」とだけ笑った。


 おやっさんとマリーにしてみれば、「なんでもないわけないでしょうに」と言いたいところだろう。


 が、下手なことを言えば、より深まった()()()()()()()が向けられてしまうだけである。


 やはり、「母」という存在がヒエラルキーのトップに君臨することは、どのご家庭でも共通しているということなのだろう。


「タマモさんはなにかご用件が?」


「えっと、その、同じクランの人たちを待たせていたことを忘れていまして、戻るにしてもいまさらかなぁと」


 事実をぼかしつつも、タマモは正直に答えた。すると女将さんは「ふむ」と頷くと──。


「でしたら、戻って差し上げるべきですね」


「いや、ですが、いまさらかなぁと」


「なにを仰っているのですか? あなたはつい先ほど「触れ合えるうち触れ合いたい」と申されていたのに、それを忘れられましたか?」


「それ、は」


 痛いところを突かれたとタマモは思った。実際、女将さんの言う通りだ。自分で言っておきながら、いきなりの掌返しなど、情けないにもほどがある。


 が、わかっていても、いまさらな感じはどうしても否めない。


 ならば、日を改めた方がいいとタマモは思うのだが、女将さんは首を振った。


「日を改めるのも手のひとつではありますが、時間というものは有限です。そしてその限られた時間は人によってまちまちです。何十年も残っている人もいれば、あと半年しかない人もいる。……その残された時間を棒に振るか、それとも有意義に使うかでその人次第ですが」


「……」


「それでどうされますか?」


 女将さんは笑っている。


 その言葉にタマモはわずかな逡巡をした後、顔を上げた。


「おやっさん、女将さん、マリーさん。ボクはここで失礼しますね。あとはご家族でごゆるりとしてください」


「あぁ。頑張ってな、狐ちゃん」


「今日はありがとうございました、タマモさん」


「またお会いしましょう、タマモさん」


 おやっさん、マリー、女将さんの順にタマモに声を掛けていく。タマモはそれぞれに一礼してから、「それではまた」と言い残して踵を返すと、一目散に駆け出した。


 通りはすでにまばらになっているが、駆けるには少し手狭だ。


 だが、元から小柄なタマモにとっては余裕で駆け抜けることができた。


 駆け抜けながら、タマモはちらりと背後を見やる。


 いまだにおやっさんたち一家がタマモに向かって手を振っていた。いろいろとありがとうと思いながらも、タマモはまっすぐに駆け出した。


 向かうべき場所に、話をするべき人に会うために、タマモはまっすぐに駆けていく。


 そうして人の波を掻き分けて進みはじめて十分ほどして──。


「あ、旦那様ぁ」


 ──エリセとフブキ、そしてアンリが待つ「フィオーレ」席にと帰り着いたのだった。 

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