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37話 ある師弟の話 その6

 七海にとって、あまりにも理解ができない光景だった。


「──話があるにゃ!」


 宝石職人ことアイナからの指令でタマモとともにお使いに行ったはずの師のにゃん公望が、なぜかひとりで戻ってきたのだ。


 周囲には死屍累々と化した生産板の住人たちが横たわり、その介抱を七海は柚香とともに行っていた。


 そこにお使いに行っていた師がひとりで戻ってきた。


 ともにお使いに行ったはずのタマモはどうしたのだろうと思っていると、にゃん公望は真剣な表情を浮かべて七海の方へと向かい、七海の両肩を掴みながら叫んだのだ。


 その様子に半ば死体となっていた生産板の住人たちが「なにごとだ」と言わんばかりに、まるでリビングデッドのような極めてスローな動きで体を起こしていく。


 が、すぐに「頭痛ぇ」や「うっぷ」などと顔を青くして再び倒れ込んでいく。


 現状、生産板のシートはさながら野戦病院の様相となっている。


 そんな仲間たちを見て、柚香は「はいはい、無理しないの」と呆れた様子で介抱している。


 とはいえ、全員の介抱をしているわけではなく、中には介抱されずにいまだに飲み続けている酒豪もおり、その酒豪たちはにゃん公望の叫びを聞いても、一瞬視線を向けるだけですぐにどんちゃん騒ぎに戻っていく。


 その酒豪たちの中心人物のアイナも、やはりこちらを一瞬見ただけですぐに酒を呷っていた。


「あの人たち、うわばみすぎるでしょう」と七海が思ったのは言うまでもない。そしてそのうわばみすぎる人たちは、大抵がタマモの関係者、それもリアルでの関係者であることもまた。


 柚香曰く、「……全員、先輩ないし上司です」らしく、柚香はカミングアウトとともに遠くを眺めるような視線で件の人々を眺めていたのがとても印象的だった。


 対して、柚香と七海が介抱していたのは、柚香の先輩ないし上司たちに潰された、リアルではタマモとは関係のない人物たちばかり。


「タマモさんの関係者さんたちってどうなってんっすか?」と七海が戦慄したのは言うまでもないことだろう。


 加えて、「メイドさんってどういう存在なんすか?」と思ったこともまた。


 なお、柚香曰く、「……お嬢様の実家のメイドだからであって、普通のメイドはあそこまですごくはない、はず」ということだった。


 普段の竹を割ったような実直そのものな柚香らしくない反応であり、柚香がどれほどの苦労をいつもしているのかが容易に窺い知れる反応でもあった。


「お労しい」と思いつつも、そこは普通に断言して欲しかったなぁと七海は思わずにはいられなかった。


 とにかく、そうしてリアルメイドさんたちによって、潰された面々の介抱を、新人メイドである柚香とともに行っていた七海。


 たった数十分でメイドさんという存在への夢と憧れは消し飛び、「あの人たちは「冥土」という名の別種の存在なのでは?」と思い始めるのに十分な時間が経ったときに、にゃん公望は戻ってきたのだ。


 そう、戻ってきたはいいが、にゃん公望はなぜか黙ってしまっていた。


 最初は「やけに真剣だなぁ」としか思っていなかった七海。


 真剣なにゃん公望の姿を見ても、七海はそれしか思うことはなかったのだ。


 なにせ、相手は七海の師であるが、「生産板における三大アレ」の一角として数えられるにゃん公望。


 真剣な評定を浮かべたかと思ったら、いきなり「いまはちっぱいでも、すぐに大きくなるにゃよ」とかのド級のセクハラをぶちかましてくる相手であるのだ。


 ゆえに真剣な表情を浮かべていても、額面通りに受け取るわけにはいかない。


 むしろ、額面通りに受け取っても、肩すかしを食らうだけである。


 ゆえに七海は「今度はなにをかますつもりなんすかねぇ」と思いながら、にゃん公望の「話」を待っていた。


 が、その「話」をなかなかにゃん公望はしなかったのだ。


 毎度おなじみのセクハラ発言をかましてくるのか、と七海はいつものように思っていたので、違う意味での肩すかしを食らってしまったのだ。


 自分から「話がある」と言ったくせに、なぜか黙ってしまっているにゃん公望。「どうしたんだろう」と思いつつも、七海はにゃん公望をじっと見つめていく。


 普段であれば、秒でセクハラ発言が飛んでくると言うのに、それがなぜかないということに、落ち着かなくはあるが、一度待つと決めた以上は待つしかない。


 にゃん公望の最初の教えに、「待つと決めたら、そのまま待て」というものがあった。


 あくまでも釣りにおける教えではあるが、この教えは意外といろんなことにも通じるものだった。


 性急に事を進めても、失敗することは多い。ならば、あえて待つ。そうして待つことで全体像が自然と見えてきて、対処法がわかるということもある。


 悠長に構えすぎて、機を逸することもあるにはあるが、そこまで多くはない。大抵は、どっしりと構えて、準備を進めておいた方が正解という場合が多い。


 にゃん公望の教えは、不思議と七海の実生活でも役に立っていた。


 だからこそ、いまも七海はあえて待っているのだ。


 加えて言えば、あまりにも普段とは違うにゃん公望を見て「なにか悪いものでも食ったんですかね」と思わずにはいられない状況でもあったのだ。


 どちらにしろ、七海からアクションを起こすつもりはなく、ただ黙って、にゃん公望が話をするのを待つことを七海は決めていた。


「いったい、なんの話なんすかねぇ」と思いながら、にゃん公望をじっと見つめていると、にゃん公望は「うにゃぅ」となんとも不思議な唸り声を上げたのだ。


 それでも、あえて七海は待った。待ちながら、にゃん公望をじっと見つめていると、にゃん公望は声を震わせながら、「七海」と声を駆けてきたのだ。


「なんすか?」


「……あの、にゃ。その」


「どうかしたんすか、師匠?」


「……にゃう」


「いや、「にゃう」じゃなくて」


 どうにもはっきりとしないにゃん公望に、徐々に七海は痺れを切らしていく。


 いったいなにが言いたいのか。いや、いったいなにがしたいのか。七海はにゃん公望を見やりながら、その言動の意図を探ろうとするが、どうにも思いつくものがない。


「本当になんなんすかねぇ」と思いながら、リアルでの頼れる友人ふたりに、いますぐ相談したい気分になるが、さすがにこのゲーム内世界にいながら相談はできない。


 この気持ちがふたりに届いたらなぁと、若干現実逃避に近いことを考えながら、にゃん公望を眺めていた、そのとき。


「あのにゃ。いろいろと考えたのだけど」


「はい?」


「……待ってくれると嬉しいにゃ~って」


 にゃん公望がとんちんかんな言葉を口にしたのだ。その言葉に七海は「は?」とあ然となりながら首を傾げるのだった。

現実的に考えたら、これが限界かなぁと←

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