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35話 ある男の話 その5

 にゃん公望が泣き崩れていた。


 人目も憚らず泣きじゃくっていた。だが、気持ちはタマモも理解できた。


 タマモとて、気を抜けば泣いてしまいそうなほどの衝撃を受けていたのだ。


「……本当は黙っているつもりだったんだ。ソウルブラザーや狐ちゃんたちに、言うべき話じゃねえってな」


 おやっさんは淡々と語っていた。自分自身のことのはずなのに、まるで他人事のようにとても冷静に語っていく。


「言うべき話じゃないってなんですか」


 おやっさんが口にした一言に、タマモはつい噛みついてしまった。


 おやっさんの気持ちを考えれば、言いたい意味はわかる。


 リアルでは会ったこともない相手。このゲーム内とされる世界でしか会ったことのない相手でしかない。


 たとえどれほど仲良くしていても、他人という括りからは抜け出せない。


 そんな相手に余命宣告をされたと言われても、言われた側としては困るだけとおやっさんは考えたのだろう。


 気持ちはわかる。わかるのだ。そんなカミングアウトをされたら、どういう反応をすればいいのかなんてすぐには思いつかない。


 黙っているということが、おやっさんの気遣いであることは明らかで、その気遣いに対して噛みつくなんて本当はするべきではないこともわかっているつもりなのだ。


 だが、それでも。


 それでも「蚊帳の外」にされかけていたという事実が、「黙っていても問題はない」という程度の相手だと思われていたという事実が、心を打ちのめしているのだ。


 無論、おやっさんにそんなつもりはないだろう。


 おやっさんは、タマモたちのことを考えてくれて、あえてなにも言わないという選択をしたというだけのことなのだろう。


 わかっていた。


 掲示板を通して知り合い、ここ最近になって掲示板外でも交友を始めた程度であっても、おやっさんがどういう人であるのかはわかっている。


 だから、これがすべておやっさんの気遣いであり、決してタマモたちを蔑ろにしていたというわけではないことはわかっているのだ。

 

 それでも。


 それでも、心が納得してくれない。


 いままでの思い出が、感情を後押しし、タマモは爆発した。


「おやっさんの、気遣いであることはわかっています。それでも、「なにも話さない」ってなんですか!?」


 タマモは叫んだ。その叫びを受けて、おやっさんは目をわずかに細める。まるで「そうなるとわかっていた」と言わんばかりの反応であった。


「……タマモさん、あの、父さんは」


「……いい。言いたいだけ言わせてあげたい」


「でも、父さん」


「いいんだ。これも俺が背負うべきものだからな」


 マリーがタマモからおやっさんを守るように立ちはだかろうとするが、おやっさんが止めた。


 マリーは「でも」と躊躇っているが、おやっさんは静かに首を振り、「いいんだ」と告げた。言葉の通り、みずからの背負うべきものだと思ったのだろう。


 そんなおやっさんの気持ちをマリーは汲んだのだろう。「無理しないでね」と告げて、踏み出した足を引いたのだ。


「すまんな、狐ちゃん。言いたいだけ言ってくれ。……俺は聞く責務があるからな」


 そう言ってまっすぐにタマモを見据えるおやっさん。その視線はとても強い。一瞬気圧されそうになるタマモだったが、心を強く持っておやっさんを見返した、そのとき。


「聞く責務? 責務ってなんだよ!」


 泣き崩れていたにゃん公望が叫んだのだ。叫びながら、おやっさんに掴みかかった。泣きながら掴みかかったのだ。


 マリーが「父さん!」と慌てるも、おやっさんは「いいんだ」の一言だけを告げて、自身に掴みかかったにゃん公望をじっと見つめていた。


 タマモの位置からでは、その視線もにゃん公望のいまの表情もわからない。


 わからないが、いまからのふたりのやり取りを邪魔してはいけないということはわかっている。


「……なにも言わない。そう決めたというのに、いまおまえらに言った。そうなれば、どうなるのかなんて考えるまでもない。だからこその責務なんだよ」


「ふざけんな! 責務だからって聞くんかよ!」


「……そういうわけじゃねえよ」


「そうとしか聞こえねえんだよ!」


「……そう聞こえたのであれば、謝るよ」


「謝るな! 謝るなら、謝るくらいなら」


「なら?」


「……戻ってくるって言えよ。戻ってくるって言ってくれよ」


 掴みかかっていたにゃん公望だったが、次第に勢いが弱まり、縋り付くようにしてその場に膝を突いてしまう。


「……戻ってくると言いたいよ。だけど、戻ってくることはたぶんできない」


 おやっさんは自身に掴みかかっているにゃん公望の手にそっと触れていた。


「……なんでなのにゃ。なんでソウルブラザーが」


「……さぁな。順番、なのかな?」


「順番?」


「あぁ。死ぬ順番だよ。今回俺に順番が回ってきた。たぶん、そういうことなんだろうさ」


「……そんなんで納得できるか」


「そうだろうなぁ。……俺も納得するまで時間が掛かったよ。だけど、いまは納得できている。いや、できたんだ」


「にゃんで」


「……精一杯生きることができたと思うから、だな」


 おやっさんは笑った。その笑顔はとても清々しいものだった。


「いろんな失敗をした。大切だったものを傷付けもした。……それでも自分の道を精一杯駆け抜けられた。唯一の気がかりも、今日払拭できた。……元通りにできるほどの時間はないけれど、少なくとも後悔ばかりだった日々とはおさらばできた。なら、もう納得するしかねえだろう?」


 おやっさんは、にゃん公望から隣にいるマリーへと視線を向ける。マリーは「……父さん」と涙ぐんでいたが、「時間ならまだあるから」と笑い返した。その一言におやっさんは「そうだな」と頷いていた。


「納得はできた。後悔もない。だが、あえて言いたいことがあるんだ」


 マリーへと向けていた視線を、再びにゃん公望へと向けて、おやっさんは告げた。


「なぁ、ソウルブラザー。おまえ、意地張るのはやめろよ」


「……え?」


「俺みたいになるんじゃねえって言ってんだよ。俺は言うべき言葉を言うべきときに言わずに、ずっと後悔していた。だからこそ、大切な人たちを失った」


「……」


「でも、おまえはまだ失っていない。言うべき言葉はあるのに、それを黙っていたら、おまえこの先ずっと後悔するぞ。言うべき言葉を言える時間は限られているんだ。……その時間を大切にしろ。そしてその限られた時間で、きちんと伝えろ。じゃねえと俺みたいになる。最後の最後でようやく伝えられるなんて、カッコ悪い姿をさらすことになる」


「私はカッコ悪いとは思わないけど?」


「……ありがとうな。でも、おまえから連絡をくれるまで、俺は言おうとは思わなかった。いや、言えると思えなかった。それはどう考えても、カッコ悪いだろう?」


 マリーが茶化すように、だが、まっすぐに思いを伝えられ、おやっさんは嬉しそうに笑うも、いままでの自身の有り様を「カッコ悪い」と断じた。そしてにゃん公望を見つめながら続けた。


「いいか、ソウルブラザー。おまえにはおまえの考えがあり、おまえなりの想いはあるだろう。だが、相手のためとか、自分じゃダメとか、そういうことは考えんな。おまえ自身の本当の気持ちと向き合え。後々で後悔するような選択を、いや、選択しなかったという後悔をするんじゃねえ」


「選択しなかった、後悔」


「そうだ。俺にはいまのおまえは、その道中にあるとしか思えねえ。……その道の先にはなぁんもねえんだ。手を伸ばせば届くのであれば、必死に手を伸ばせ! じゃねえと俺みたいになんぞ? 俺は奇跡が起きたが、奇跡なんざそう簡単に起こんねえんだ。だから、奇跡頼りではなく、自分の力でどうにかなるんだったら、自分の足で踏み出してみろ、にゃん公望!」


 重い言葉だった。


 完全に蚊帳の外と化してしまったタマモが聞いても、重いと思える言葉。その言葉を聞いてにゃん公望がどうするのかはわからない。


 だが、タマモから見たにゃん公望には、なにかしらの火が点ったように見えた。


 それがどういうものなのかはわからない。それでも、おやっさんの言葉がにゃん公望を突き動かすことはわかった。


「……狐ちゃん。ちょっと野暮用ができたにゃ」


「ええ。行ってらっしゃい」


「……うん、ちょっと行ってくるにゃ。あとソウルブラザー」


「なんでえ?」


「……あんがと、にゃ」


「気にするな」


「にゃははは、そういうと思ったにゃ~」


 にゃん公望は笑った。笑いながら、おやっさんの屋台から離れていく。


 にゃん公望がなにをしに行くのかはわからない。わからないが、少なくともいままでのような後ろ向きなものとは違うだろう。


「……頑張って、にゃん公望さん」


「頑張れよ、ソウルブラザー」


 タマモはおやっさんとともに立ち去っていくにゃん公望の背中に向かって、心の底からのエールを送ったのだった。

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