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31話 ある男の話 その1

 屋台村は相変わらず騒がしかった。


 いくつも軒を連ねる屋台村では、いまだに列が途切れていない屋台がいくつもあった。


 中には長蛇の列となってしまい、整理券を配布している屋台までいる始末だ。そんな屋台群を眺めながら、にゃん公望は周囲を見渡していた・


「さぁて、なにを買ったものかにゃ~?」


 屋台村に来た理由は、生産板の花見における追加の食糧の買い出しである。


 さすがにこの祭り内で食材を買い足すことは難しいので、屋台のメニューを片っ端から買うくらいしか食糧の追加はできない。


 とはいえ、さすがにそろそろ屋台でも職座の在庫が切れ始めているのか、「売り切れ」の表示がされている屋台がちらほらと目立ちつつある。


 にゃん公望が周囲を見渡しているのも、「売り切れ」とされておらず、かつ美味しそうなメニューを探しているのだ。


 本来ならタマモも加わるべきなのだが、現在のタマモにはそれをする余裕はなかった。


 屋台村に来るまでの道程で、タマモはにゃん公望の独白を聞き終えた。その内容が尾を引いていた。


 にゃん公望の半生と七海への想い。その両方を聞いて、タマモはなにも言うことができなくなっていた。


 本音を言えば、七海に気持ちを打ち明けて欲しいと思う反面、にゃん公望自身の気持ちもわかってしまうのだ。


 かつてのにゃん公望は真っ当とは言えない人生を歩んでいた。いまは両親や親友たちによって真っ当な道を進んでいる彼ではあるが、過去が清算されたわけではない。


 むしろ、現在が真っ当であるからこそ、より過去の壮絶さが際立ってしまっている。七海の想いと向き合うつもりはないと言い切ったにゃん公望の言葉を否定できないほどに。


 だが、それでは七海があまりにも不憫すぎる。


 しかし、不憫だからという理由だけで、にゃん公望自身が抱く懸念を無視しろとは口が裂けても言うことはできない。


 一度道を違えたからと言って、再び違えるというわけではない。


 しかし、決して違えることがないとも言い切れない。


 タマモ自身のことではないが、にゃん公望とも七海ともそれなりの付き合いの友人だ。


 その友人の将来を左右する事柄において、感情任せな言葉を口にすることはできなかったのだ。


 これがプレイスタイルの問題という程度の話であれば、いくらでも口が挟めることだったが、今回に限って言えば、簡単に口を挟んでいいことではない。


 そもそも、今回の話はタマモが興味本位で聞いたもの。ふたりのどちらかから相談されたものではないのだ。


 はっきりと言えば、ここでタマモが手を引いたとしてもなんの問題もない。


 あえて挙げるとすれば、聞くだけ聞いて、はいさようならなんて無責任すぎるということくらいか。


 その無責任というのも、あくまでもタマモの主観的な話であり、客観的に見れば、タマモに責任を負う理由はない。


 ここで手を引いても誰からも文句は言われない。

 あくまでもタマモの立場は傍観者という程度であり、当事者でもなければ関係者というわけでもない。ゆえに責任が生じることはない。


 だからと言って、ここまで話を聞いておいてなにもしないというのは不義理すぎるとは思うものの、職務でもないのに面倒極まりない事柄に自ら首を突っ込みすぎるのも考え物である。


 これがもし見ず知らずの第三者であれば、タマモはここで手を引いていた。これ以上は付き合うことは難しいとみずから距離を取ったはずだ。


 しかし、困ったことに相手は見ず知らずの相手ではない。


 それなりの付き合いの友人たちだ。


 友人とはいえ、あくまでもこの世界で知り合っただけであるし、現実に会ったことはない人たちであるけれど、それでも友人であることには変わりない。


 大火傷を負うほどに深入りはしなくても、多少の火傷程度までであれば、踏み込んでもいいとは思っている。


 そしていまはその多少の火傷を負うかどうかの瀬戸際である。言うなれば、撤退ギリギリのラインというところ。


 だからこそ、タマモは思い悩んでいた。


 どうすれば正解であるのかを悩んでいたのだ。


 これがもしペーパーテストであれば、答えは必ず存在しているため、答えを出すことはできた。


 が、これはペーパーテストではない。人生を左右するとても重大な問題なのだ。


 その問題に対して、タマモは自身がどう接するべきなのかを悩みに悩んでいた。


 先述したとおり、すでに撤退ラインギリギリのところまで来ている。


 これ以上踏み込むのは野暮でもあるが、それ以上に致命傷を負う可能性も生じる。


 いくら友人が相手とはいえ、被害を負いかねない状況下とあれば、これ以上の深入りは避けるべきである。


 が、タマモの心情的にはもう少しだけ踏み込みたいと思うが、理性的にはここで退けとも言っている。


 心情を優先するか、理性に従うべきか。


 タマモは揺れに揺れていた。


 そんなタマモの様子を見て、にゃん公望は細長い髭を擦りながら、「困ったにゃねぇ」と呟いていた。


 にゃん公望の口振りからして、「もう退いていいのだ」と言っているようだった。いや、事実そう言っているのだろう。


 当人がそう希望しているのであれば、ここで手を引くべきなのだが、いまのタマモにはそれができなかった。


 かといって、ならどうするかと問われてすぐに答えることはできない。


 退くことも進むこともできない。八方塞がりという状況にタマモは自らを追いやってしまっていた。


「……狐ちゃんは難儀な子にゃねぇ」


 タマモの状況を正確に把握しているのか、にゃん公望は呆れ半分という口調で笑っていた。諦観をありありと浮かべた笑顔で笑っていたのだ。


 にゃん公望の笑顔を前にして胸が締め付けられるも、どうすることもできずタマモは再び沈黙させられた、そのとき。


「なんでぇ、まだこんなところにいたんか、ソウルブラザー」


 いきなり背後から声を掛けられたの。その特徴的な呼称と声は聞き間違えるはずのないものであった。


 タマモはにゃん公望と揃って背後を振り返ると、そこには相変わらずの割烹着姿のおやっさんが立っていたのだ。


「おやっさん」


「ソウルブラザー、どうしたにゃ~?」


「どうしたもこうしたもねえっての。宝石さんが「釣りキチはまだなのかぁ」って騒ぎ立てるから、俺が代表して探しに来たってだけのことだ。で、宝石さんを騒がせている原因のおふたりさんはこんなところでなにをしているんだい?」


 やれやれとため息と共に肩を竦めながら、おやっさんは怪訝そうな顔でタマモとにゃん公望を見やる。


「それが、ちょうど良さそうなものがなかなかみつからなくてにゃ~」


「ふぅん? まぁ、たしかにおまえさんの言う通りってところだな。見た感じ、売り切れ等が多いみたいだしな」


「にゃのよ。だから困ったにゃねぇって言っていたのにゃ」


 おやっさんの言葉にしみじみと頷き返すにゃん公望。おやっさんは「ふぅん」と頷きながら、ちらりとタマモを見やり、再びため息を吐いた。


「しゃあねぇな。じゃあ、うちの屋台でなにか適当に見繕うか」


「え? 食材はもうないんじゃ?」


「まぁ、お客様に回す分はもうねえ。が、仲間内で食べる分はまだちぃっとはあるし、秘蔵分からも捻出すれば、まぁ間に合うんじゃねえかな?」


「秘蔵分って。いいのかにゃ?」


「構わねえよ。どうせ秘蔵していても無駄になるのは決まっているしな」


「どういうことにゃ?」


「ん~。実を言うとな。少しの間、ログインできなくなっちまったのさ。だから、とっておきを秘蔵していたところで無駄になるってことよ」


「そうにゃのか?」


「あぁ、だから、まぁ、ログインできなくなる前の最後のバカ騒ぎのために使っちまうかって思ってな。それなら宝石さんも納得するだろうしよ」


「おやっさんがそれでいいなら、問題はないと思いますけど」


「……本当にいいのかにゃ?」


「構わんよ。だから、さっさと用意しちまおう。狐ちゃんもできたら手伝ってくれ。あぁ、ソウルブラザーは強制だが」


「にゃんで俺は強制にゃのよ!?」


「うるっせえ! 男がぐだぐだ言うんじゃね!」


「この、昭和の頑固親父め!」


「せいぜい昭和終わりか平成生まれが生意気言うんじゃねえよ!」


 おやっさんとにゃん公望が額を付き合わせての罵り合いを始めてしまった。


 が、少し前までのタマモとにゃん公望だけのときよりかは、空気は弛緩している。


 弛緩しているものの、どうにも頷けないものを、妙な違和感をタマモは抱いていた。


 その違和感はちゃんとした形になっていないため、タマモは言葉にすることができなかった。


 できないまま、タマモはおやっさんとにゃん公望の舌戦をそばで見守っていたのだった。

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