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29話 ある師弟の話 その4

 赤裸々な話を密かに七海と行っていたタマモ。


 チャット通話をしていることは周囲もわかっていたようだが、その内容まではわかっておらず、遠巻きに見られつつも放置されていた。


 桜の花が舞い散る中での恋バナ。行うのは、狐と猫の獣人の美少女ふたり(なお、ひとりは成人手前)という非常に画になる光景であった。


 その画になる光景を繰り広げるふたりを周囲の職人プレイヤーはより遠巻きに見つめる形となり、自然とふたりの周りは空白地帯と化していた。


 できあがった空白地帯はまるで聖域のような禁足地となっていた。


 その禁足地の中でのんびりと恋バナを堪能するふたり。


 強めに吹いた風によって生じた桜吹雪が、ふたりの姿を神秘的なものへと変化させていた。

 

 そんなときのことだった。


「にゃれ~? なんで狐ちゃんと七海はそんなところでふたりっきりなのにゃ~?」


 ひとりの酔いどれにゃんこが、その空気をぶち壊しに掛かったのは。否、聖域にと脚を踏み入れたのはそんなときのことだった。


 その酔いどれにゃんこの名前は、にゃん公望。七海の師にして想い人であり、そして生産板における「通りすがりの釣りキチ」その人であった。


 にゃん公望の言動に、機敏に周囲の人々は動いた。もっと言えば、全員が同じ想いを抱いて行動していたのだ。


 すなわち「空気読め、このバカ猫」と。


「ソウルブラザー。こっち来い。いいからこっち来い!」


 最初に口を開いたのは、お互いに「ソウルブラザー」と呼び合う「通りすがりの流れ板」ことおやっさん。


 おやっさんの表情はとても渋く、額を押さえていた。その様子は明らかに「この猫は」と言いたげなものであった。


「そうですよ、釣りキチ。まだ話は終わっていませんからね」


 続いたのは、生産板におけるご意見番の「さすらいの狩人」こと柚香。柚香もまた痛そうに額を押さえていた。額を押さえながらも、体がわずかに震えているように見えるのは、気のせいではない。


「早く戻ってこいって。話が終わってねえんだから」


 三番目を飾ったのは生産板における不憫枠こと「通りすがりの木工職人」である木蓮。木蓮は柚香以上の反応で、顔を真っ青にして震えていた。


 それは木蓮以降の面々も同じで、全員が「早く戻れ」と告げていく。そして最後に口を開いたのは──。


「……とりあえず、言うことがあるとすれば、釣りキチ」


「……なんにゃ?」


「とっと戻りやがれ、酔いどれ猫。ぶちのめすぞ?」


 ──とてもきれいな笑顔で、怖いことを宣う「通りすがりの宝石職人」のアイナであった。


 実を言うと、柚香以降の面々は全員がアイナに恐怖していたのである。


 アイナにとっては、タマモと七海のやりとりはまさに「てぇてぇ」の権化。ゆえにふたりの周囲は聖域だった。


 その聖域を踏み荒らそうとするだけではなく、邪魔をしようとするにゃん公望への怒りにアイナは打ち震え、その怒気に柚香を始めとした面々は恐怖に震えていたのだ。


 その恐怖はさしものにゃん公望にも伝わっていた。


「……ごめんにゃさい」


「なら、戻れ」


「ういっす」


 言葉短く謝罪するにゃん公望に、同じく言葉短く返事をするアイナ。その返事兼命令ににゃん公望は背筋をぴんと伸ばして敬礼を行った。


「……なんなんすかね、あれ」


「……さぁ?」


 当のタマモと七海は、周囲の面々が行う寸劇じみた光景にあ然としながら、寸前にまで迫っていたにゃん公望が怯えながら戻っていくのをぼんやりと見つめることしかできなかった。


 そうして寸劇じみた一時はあったものの、生産板内のお花見は緩やかに進行してき、そして──。


「……にゃんで、俺が買い出しを任されるのにゃ~」


「まぁまぁ、にゃん公望さん。落ち着きましょう」


 ──タマモはにゃん公望とともに買い出しを任されたのだった。


 どうしてふたりが買い出しを任されたのかと言うと、生産板のお花見進行自体は緩やかなものの、飲み食いのペースは加速していた。


 参加者それぞれが思い思いに食糧を持ち込んでいたというのにも関わらず、その食糧が底を尽きかけたとき、アイナが鶴の一声を上げたのだ。


「釣りキチ、行ってきて」


「……はい?」


「いや、だから、行ってきて」


「……にゃにを?」


「買い出し」


「にゃんで、俺?」


「おまえの蛮行をそれで許してやるって言ってんだよ」


「いや、蛮行って。そりゃ悪かったとは思うけど」


「わかっているなら行ってきて。それともいまからぶちのめされたい?」


「……にゃい、行ってきます」


「よろしい」


 素敵な笑顔を浮かべるアイナに、にゃん公望はなにも言い返すことができず、買い出しを任されたのだ。


 が、さすがにひとりで大勢の分を買い出しするのは大変だからとタマモが立候補したのである。


 七海も立候補していたが、アイナが「漁師ちゃんはダメ」と言われてしまったのである。


 七海は「なんでっすか?」と尋ねたが、アイナは「いいからダメ」の一点張りであったため、七海は他の面々とお留守番となったのである。


 そうしてにゃん公望とともにタマモは、本日何度目かになる買い出しへと向かったのが現在である。


「いい気分だったのににゃ~」


 体を左右に揺らしながら、にゃん公望は千鳥足でふらふらと歩いていた。


 にゃん公望を「大丈夫ですか?」と気遣いながら隣を歩くタマモ。


 本当なら肩を貸した方がいいのだろうが、さすがに身長差がありすぎていたため、肩を貸すことはできなかった。


 加えて、七海に知られたら刺されそうな気がしたのだ。人の恋路を邪魔したらなんとやらであるため、タマモは申し訳なさを感じつつも、にゃん公望の隣を歩いていた。


「そういえば狐ちゃんは、七海とにゃにを話していたのにゃ~?」


 隣を歩きながら、にゃん公望が何気なく尋ねてきたのはなんとも答えづらい問いかけであったが、タマモはとっさに「いろいろとですよ」と答えた。


「いろいろ、とねぇ~」


 にゃん公望は元々の細目をより細目ながら、左右に体を揺らしていく。その様はまるで酔拳の使い手の如しである。……実態はただ酔っ払っているだけだったが。


「とりあえず、七海の面倒を看てくれてありがとうにゃよ~。かわいい愛弟子にゃから、大切にしているにゃ~」


 にゃはははと上機嫌に笑うにゃん公望。どうにか言い繕えたというよりかは、話題を変えて貰えたようだ。ほっと一息を吐いているとにゃん公望が何気なく口を開いた。


「あの子にはいい人と出会って欲しいものにゃね~。……少なくとも俺みたいな奴への恋心なんて忘れて欲しいにゃ~」


 にゃん公望が口にした一言に、タマモは心臓が止まりかけた。恐る恐るとにゃん公望を見上げると、にゃん公望は「にゃははは、やっぱりそれにゃったねぇ」と笑っていた。


「……気付かれていたんですか?」


「ん~。まぁねぇ。あんなにもあけすけじゃすぐにわかるってもんにゃよ……七海には悪いと思うけどにゃ~」


 細長い髭を擦りながらにゃん公望は、本当に申し訳なさそうな顔をしていた。見るからに七海の気持ちに応えるつもりはないことは明らかだった。


「……理由を聞いてもいいですか?」


「ん~、その前にチャット通話しようにゃ~。七海ともしていたんでしょう?」


「……そうですね。わかりました」


 なにからなにまでお見通しかと思いつつ、タマモはにゃん公望とのチャットを開いた。


『うん。これで問題なしにゃねぇ~。これでようやく心置きなく話せるにゃ~』


 にゃはははといつものように笑うにゃん公望。笑っているものの、その笑い声は空虚さを孕んでいた。


『単刀直入にお聞きしますけど、どうして七海さんの気持ちに応えてさしあげないんですか?』


『ん~。俺じゃダメだからにゃ~って言っても納得して貰えないよね?』


『当然です』


『……仕方がないにゃ~。じゃあ、一通りの理由を話すにゃよ~。……七海にはできるだけナイショにしてにゃね?』


 釘を刺しながらにゃん公望は淡々と、だが、はっきりと自身の気持ちを語っていった。


『俺はどうしようもないろくでなしなのにゃよ。だから、そんな俺にはあの子の気持ちを受け止められるわけがないにゃよ』


 遠くを見やりながら、にゃん公望はその胸の内を露わにするのだった。

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