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28話 ある師弟の話 その3

「──まぁ、自分と師匠はそんな感じで出会ったっすね」


 七海がチャットを閉じた。


 いままでのチャット通話をやめて、ここからは普通に会話しようということだろう。


 タマモは「いいんですか?」と尋ねると、七海が頷きながら告げたのが、冒頭の一言である。


 正直なことを言うと、答えているようで答えていないものだが、七海は続けて告げた。


「これ以上話すことは特にないですし、チャット通話する必要もありませんからね」


「まぁ、なれそめであれば、たしかにここで終わりですよね」


「そうっすね。だから、チャットは終わりっす」


 小さくため息を吐く七海。ため息を吐きつつも、その顔は安堵しているようだった。


 安堵するのもわからなくはない。タマモ自身、エリセやアンリとのなれそめを話せるだけ話したら、「これでようやく終わりか」と安堵するだろうから。


 だが、逆に言えば、それだけのことを七海にさせていたという証拠でもある。


「悪いことをしてしまったかなぁ」と思いつつ、ちらりと七海を見やると、七海は「なんっすか?」と不思議そうに首を傾げている。


 見たところ、怒っているようには見えない。若干頬が紅潮しているものの、それ以外の変化はないように思える。


「いや、怒られちゃうかなぁと」


「別にそのくらいで怒ることはしないっすよ」


「ボクが同じことをさせられたらなぁと思ったので」


「……だったら、最初から聞かないで欲しいっすよ」


 七海がジト目でタマモを見やる。タマモは「あははは」と苦笑いした。しかし、七海のジト目は終わらない。


 やはり、なれそめを聞かせろというのは、無茶振りだったなぁと改めて思うタマモであったが、すでに終わったことである。


 そもそも「できれば」とは最初から言っていたことだし、進んで話し始めたのは七海自身であるからして、タマモにはそこまで責任はない。


 というか、責任なんてないはずだから、七海に責められるいわれはない、と言いたい。かなり無理があるとは思うけれど。


「……まぁ、いいっすけどねぇ」


 しばらくジト目で睨まれた後、七海が再びため息を吐いた。


「でも、なんでまた自分の話なんて聞いたんすか?」


「……あー、まぁ、ちょっとアドバイスを受けましてね。いろんな人に話を聞いてみるといいって言われたんですよ」


「そうなんすね。でも、自分の話なんて聞いても仕方がない気もしますけどねぇ」


「いやいや、そんなことはなかったですよ」


「……そうっすかね?」


「ええ。参考になりました」


 怪訝そうな顔をする七海にタマモは力強く頷いた。


 七海の話は言うほど参考になるというわけではない。だが、そのまっすぐな気持ちはタマモが忘れていた想いを思い出させるには十分だった。


 相手を純粋に想うということ。それがどれほどに美しいものであるのかを、タマモはわかっていたし、知っていた。


 だが、アンリが目を覚ましてからは、そのまっすぐな想いを忘れてしまっていた。


 いや、忘れたというよりかは、必要以上に傷つきたくなかったため、あえて見ない振りをしていた。


 まっすぐに見つめているべきであるのに、自分が傷つくのが怖かったから、視線を外そうとしていた。


 だが、七海の有り様は、タマモが見ない振りをしていたものを思い出させてくれた。


 たとえ、自分が傷ついたとしても、相手を想うこと。もちろん、相手を傷つかせないようにするのはもちろん、迷惑を掛けないことは大前提であるが、相手を想い続けること。


 それは七海もアルスも同じだ。アルスの場合はすでに終わってしまっているけれど、ティアナを、最愛の人を想い続けているという点は同じだった。


 最愛の人を想い続けること。それは簡単なようで難しい。


 相手も自分と同じ想いを抱いてくれればいいが、必ずしも相手が同じ想いを抱いてくれるわけじゃない。


 同じ想いを抱いてくれるなんて、そうそうあるわけがない。


 それでも、アルスのように最愛の人を想いながらも、その幸福を祈り続けることは、とても難しいことだ。


 恋というものは、美しくもあるが、同時にとても醜くもある。


 いや、醜いのは恋ではないか。醜いのはその恋を抱くその人のあり方なのかもしれない。


 アルスは自身の驕りが、彼自身の恋の有り様を歪めてしまった。その結果が最愛の人のすぐそばで、最愛の人が別の人と幸せに過ごすことを見守るというものになった。


 七海はいまのところ、驕りは見えない。ただ、少しだけ怯えているところはある。


 ほんの少しだけ踏みこめれば、なにかが変わるかもしれない。


 その一歩をまだ踏み出せてはいないようだ。もっともタマモとて、同じことが言えるわけなのだが。


 そういう意味では、七海の話を聞けたことは、大変ありがたくあるし、参考になった。


 七海本人としては、とばっちりを受けたようなものだろうから、申し訳ないのだが。


「にゃん公望さんは、どうなんですかね?」


「ん~。どうなんすかねぇ~? あの人、いまいち考えていることがわからないんすよねぇ~」


 はぁとため息を吐きながら、七海はにゃん公望を見つめていた。いくらか、あからさまな視線なのだが、にゃん公望は気付いた素振りもなく、おやっさんと木蓮だけではなく、いつのまにかミナモトとストネも巻きこんでのラインダンスを行っていた。


 全員の顔が真っ赤になっているあたり、相当に酔っ払っているようだった。


「……あれ、大丈夫ですかね?」


「……ダメっぽいっす」


「ですよねぇ」


 真っ赤な顔でラインダンスなんて、素面の人間のすることじゃない。ここはダンスホールでもなければ、舞台上でもない。お花見会場であるのだ。そのお花見会場でラインダンスを踊るなんて、どう考えても酔っ払いの行動であろう。


「どうしましょうか?」


「……そのうち潰れると思うので、待ちましょうっす」


「そうですね」


「じゃあ、次はタマモさんの番っすね。お嫁さんたちとのなれそめ聞かせて欲しいっす」


 にやりと口元を歪めて笑う七海。その笑みはとても邪悪だった。


 その邪悪な笑みを見て見ぬ振りはできるわけもない。


「……もう一回、チャット通話しましょうか」


「そうっすね。いろいろと聞かせてもらうっすよ?」


 ふふふと妖しい笑い声を上げる七海に、震撼しながらもタマモは「仕方がないかぁ」と話しても問題ないところまでを話すべく、再び七海とのチャット通話を行うのだった。


 ちょうど中央の位置でラインダンスをするにゃん公望を視界の端に収めながら、エリセとアンリとのなれそめを語っていったのだった。

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