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27話 ある師弟の話 その2

 タマモが納得したような顔をしながら、しきりに頷いていた。


 顔を見る限り、「そりゃ落ちるわ」と書かれているように見える。


 七海としては、そんな単純じゃないと言いたいところだ。


 だが、いままでこのことをそれとなく伝えた生産板の職人プレイヤーたちはみんな同じような顔をしていた。


 七海としては非常に遺憾であった。


 そんな簡単にころっと落ちるほど、チョロいわけではない。


 だからこそ、チョロイン扱いは納得いかない。


 納得いかないが、第三者視点で見れば、そういう風に映ってしまうのも無理もないのかもしれないとも思う。


 当時のことは、いまでも思い出すと怖かった。


 それまでは優しく、親切にしてくれていた人たちが、急に襲いかかってきたのだ。


 最初はリーダー格だった剣士が、いきなり斬りかかってきたのだ。


 とっさに避けられたものの、背後に回っていた双剣使いに背中を斬られてしまった。彼らにとっては肌を撫でるようなものだったのだろうが、当時の七海にとってはその一撃で致命傷を負った。

 

 たった一撃で七海は「朦朧」状態となった。そこからは必死になって逃げた。


 どうして逃げられたのかはそのときにはわからなった。


 だが、いま思えば、あれはわざと逃げられるようにしていたのだろう。


 狩りの獲物をわざと弱らせて逃げさせる。逃げさせながら、その進路をコントロールし、確実に仕留められるようにおびき寄せる。


 彼らがしていたのはたぶんそういうこと。


 七海が必死の逃亡も彼らにとっては想定内。当時の七海は彼らの掌で踊らされていた。そう考えれば、レベルが圧倒的に上なPKたちから「朦朧」状態で逃げ出せた理由もわかる。


 理由がわかったところで、「どうして自分がそんな目に遭わなきゃいけないのか」という疑問の答えにはならなかったが。


 逃げ出してからは必死に街へと戻ろうとした。街へ戻れれば殺されることはないと思ったのだ。


 もしくは、その道中で他のプレイヤーに助けを求められると思った。


 だが、いまにして思えば、街に戻ることはともかく、他のプレイヤーに助けを求めたところで意味はなかっただろう。


 アルト周辺にいるプレイヤーなんて、どう考えても当時の七海のような初心者くらい。タマモたち「フィオーレ」のように実力者もいるが、その数はさほど多くない。


 そしてたまたま七海が襲われている際に、その実力者と出くわすことなど、奇跡と言ってもいい確率になる。


 当時、他のプレイヤーと出会ったところで、助けて貰えたかどうかはわからなかった。


 連中もそのことを理解していたのか、七海の進路を妨害した。弓使いによる狙撃で最短ルートを防ぎ、迂回を余儀なくさせられる。その間に連中はまっすぐに七海へと迫る。


 そんな風に追い立てられながらも、どうにか辿り着いたのがあの湖だった。


 タマモには逃げたとは言ったが、実際はあの湖に辿り着いたところで七海は力尽きた。


 途中で弓使いが毒の矢を撃ち、その毒矢が七海に刺さったのだ。


 それ以降は逃げるたびにHPは減っていた。それでもどうにか逃げようとした。街を出る際に買っていた下級ポーションでHPを回復しながら、必死に逃げた。


 でも、下級ポーションなんて初日の七海がいくつも買えるものではない。


 買った下級ポーションはあっという間に底を着き、HPを回復できる手段はなくなった。


 そうしてHPが限界を迎えたとき、文字通り精も根も尽き果てて倒れ臥したのがあの湖だった。


 あと数十秒もすればHPがなくなる中、連中はにやにやと笑いながら七海に迫っていた。


 涙を流しながら七海は「なんでこんなことになったんだろう」と思った。


 憧れたタマモと出会うどころか、初日でPKされてしまう。それも散々に追いかけ回されてだ。


「なにをしてしまったんだろう」と七海は思った。だが、どれほどなにを思おうと状況は変わらない。


 追いついたリーダー格の剣士が笑いながら、得物の剣を振り上げた。その瞬間を七海は歪む視界で眺めていた、そのときだった。


「にゃにしているのにゃー! こんのクソどもがぁぁぁぁぁぁ!」


「え? ごはぁぁぁぁ!?」


「「「り、リーダーぁぁぁぁぁ!?」」」


 湖の畔からなにやら駆け込んでくる足音がきこえてきたのだ。


 リーダー格の剣士はもちろん、他の連中も怪訝そうな顔を浮かべたの同時だった。猫顔の男性が、後に師匠と呼ぶにゃん公望が剣士に襲いかかったのだ。……飛び蹴りで。


 リーダーの剣士はその一撃に反応できず、顔面に一撃を受けて水平に飛んでいった。他の連中は慌てて剣士の元へと向かっていった。


 あまりの急展開に七海は状況が理解できずにいた。だが、にゃん公望は七海を見るやいなや、インベントリから毒消しと下級ポーションを取り出し、七海へと渡してくれたのだ。


「早く使うにゃよ、お嬢ちゃん。急いで使えば間に合うにゃ」


 にゃん公望はそう言って笑っていた。その言葉に従い、毒消しで毒を消し、続いて下級ポーションを呷る。


 七海の体を襲っていた痛みはあっさりと消え失せた。


「間一髪にゃったにゃ~。よかったにゃねぇ~」


 ニコニコと笑うにゃん公望だったが、不意に目を見開くと右手を握りしめ、振り返り様に右腕を振るったのだ。


 そこにはいつのまにか忍び寄っていた双剣使いがいたのだが、にゃん公望の拳は双剣使いの頬に突き刺さり、双剣使いはにゃん公望の一撃により、大きく後退させられた。


「まったく、初心者狩りなんてみっともなさすぎだにゃ~。まぁ、そもそもPK自体がみっともない行為だけどにゃ~」


 PK連中へと吐き捨てるにゃん公望。その言葉にPK連中は頭に血が上ったようで、「この猫野郎が!」と叫びながら突進してきた。


「猫さん、逃げてっす」


 七海はにゃん公望に向かって逃げるように言った。PK連中と戦える程度には強いのだろうが、それでも多勢に無勢である。


 連中の元々の狙いが七海であり、にゃん公望が七海を置いて逃げ出せば、にゃん公望は助かるだろうと思ったからこその言葉だった。


 もっとも、逆上した連中にとっては、狙いは七海からにゃん公望に移っていたので、たとえにゃん公望が逃げたところで追いかけられていただろうが、それでも助けてくれた恩人がなぶり殺しになるのはだけは避けたかったのだ。


 だが、そんな七海の願いをにゃん公望は聞いてくれなかった。


「にゃぁにを言っているのにゃ~? ここで逃げ出すなんて論外にゃよ」


「で、でも」


「それにかわいい女の子が悪漢に襲われているのを助けるなんてシチュエーション、一度でいいから体験したかったのにゃ~。にゃから、付き合って欲しいにゃ~」


「……は?」


「にゃははは、まぁ、要は俺の趣味に付き合ってにゃよ、お嬢ちゃん!」


 顔だけで振り返ってきたにゃん公望のとんでもないセリフに呆然となった七海だが、にゃん公望は七海を置いてけぼりにして、突進してくるPK連中へと向かっていた。


「にゃっにゃっにゃぁぁぁぁぁ!」


「な、なんだ、この猫野郎!?」


「変な奴なのに、つえぇぇぇ!?」


 にゃん公望は連中に向かって突進すると、素早い身のこなしでパンチとキックを連続で放っていく。


 逆にPK連中はにゃん公望に一撃を当てることさえも敵わず、どんどんと疲弊していった。


「いたぞ、あそこだ!」


 やがて、騒ぎを聞きつけたのか、もしくはにゃん公望が予め通報していたのか、PKKの一団が駆けつけてくれたのだ。


 そのときにはPK連中は大きなダメージを負っていたが、にゃん公望も大立ち回りした疲れが出ていたのか、それなりのダメージを負ってしまっていた。


 が、PKKの一団の登場により形成は決した。すでににゃん公望によって痛めつけられていたPKたちは駆けつけたPKKたちによってあっさりと討伐された。


「ふぃ~。疲れたにゃ~」


 PKたちが討伐されるとにゃん公望はその場で大の字となって寝転んだ。


「通報ありがとうございます。遅れてしまい、申し訳ない」


 PKKの一団のリーダー格であろう剣士が、倒れ込んだにゃん公望を起こしながら謝罪と礼を口にする。


 にゃん公望は「にゃははは、問題なしにゃ~」と笑っていた。


「でも、やっぱり正義の味方の真似なんてするもんじゃないにゃね~。まぁ、かわいこちゃんのためだから仕方なしにゃね~」


 かわいこちゃんと言われて、それが自分のことだと七海はすぐにはわからなかったが、「自分のことっすか」と尋ねると、にゃん公望は「そうにゃよ?」と頷いていた。その言葉に顔を真っ赤に染めたことを七海はいまでも憶えている。……その後に言われたこともまた。


「あのにゃ、お嬢ちゃん。これでこのゲームを怖がらないでほしいにゃ」


「え?」


「俺の知り合いにね。とっても苦労した子がいるにゃ。まぁ、知り合いって言っても掲示板で通して知っているだけって程度にゃんだけど、その子はすごく苦労しながらも、このゲームを楽しんでいるのにゃ」


 にゃん公望は遠くを眺めながら、語っていた。その言葉を七海はもちろんPKKの一団も黙って聞いていた。


「このゲームは「にゃんだよ、この仕様!?」って言いたくなるところが多々にしてあるにゃ。でも、頑張った分だけ、ちゃんと応えてくれるのにゃ。俺の知り合いの子も、たくさん苦労したにゃよ。でも、頑張ったからこそ、あの子はいまこのゲームですごい有名人になったのにゃ~。最近始めた子はみんなあの子やあの子の仲間のファンばっかりにゃし」


「あの子ってもしかして、タマモさん、っすか?」


「そうにゃ~。俺たちの仲間内では「狐ちゃん」って呼んでいるにゃ。あの子の最初のファンは俺たちにゃからねぇ~」


「もしかして、猫さんは」


「にゃふふふふ、バレちゃ仕方がないにゃ~。俺こそは生産板の一尾! 「通りすがりの釣りキチ」たぁ俺のことにゃよ!」


 にゃん公望は立ち上がるやいなや、スペシャルファイティングポーズじみたポージングを行っていた。


 その顔は「決まったにゃ~」と言わんばかりのドヤ顔であった。そのドヤ顔と変なポージングを見て、七海はつい噴き出してしまう。それはそばにいたPKKのリーダーやその仲間たちも同じだった。


 当のにゃん公望は「あれ?」と首を傾げていたが、最終的には笑っていた。


 少し前までは怖くて仕方がなかったのに、にゃん公望に出会ってからは怖さはなくなっていた。


 その出会いがあったからこそという気はない。


 ただ、にゃん公望と出会ったことで、憧れから始めたゲームを、もっと深くまで触れてみたいと思った。


 そうして触れていく中で、にゃん公望の言う「なんだ、この仕様」と思ったことはあった。でも、やはりにゃん公望の言うとおり頑張った分だけ応えてくれた。


 その間で、にゃん公望と再会し、なんやかんやで師弟関係を結んでいた。


 にゃん公望は掲示板ほどのセクハラキャラではなく、ちゃんとした指導をしてくれた。……まぁ、ときにはセクハラ発言をかますので、そのたびに七海はド突いたが。


 そうしてにゃん公望に教えを受けている内に、気付いたら、そういう気持ちを抱いてしまっていた。


 その理由は七海自身にもわからない。だけど、この人を好きになれてよかったと思っている。


 たしかに変態な所はある人だけど、それを覆い隠すほどに紳士なのだ。ただ、時折変態なところが顔を覗かせて、紳士さが台無しになるというだけ。


 ……友人に、昔からの友人ふたりに言ったら、「いや、それ致命傷だから」と言われてしまったが。


 それでも七海は、変態なところも含めて、にゃん公望に恋をした。


 気付いて欲しいと思う一方、いまの関係を崩したくないとも思う。


 宝石職人であるアイナや狩人の柚香に相談したことがあるが、ふたりとも一瞬あ然とした後、「……青春だなぁ」としみじみと言ってくれた。


 他の面々には相談したことはない。なれそめは語り、「あぁ、それで」と言われてしまい、完全に七海の気持ちはバレてしまっている。当のにゃん公望を除いてだが。


 そしていま憧れだったタマモにもそのことを話している。


「なにしているんすかね、自分」と思わなくもないが、ここまで来たら「毒を喰わば皿まで」の気持ちでやり抜くのみである。


(……今夜また愚痴になりそうっすけど、相手してくれるかなぁ~、かれんっちとのぞみっち)


 昔からの友人にして、「あいつらいつ付き合うか」の対象になっている友人ふたりの顔を思い浮かべながら、七海は憧れのタマモに自分の想いを吐露していく。


「本当になんでこんなことになったんすかねぇ」と視界の端に騒ぎの中心となっている最愛の師を捉えながら、七海はひとり静かにため息を着くのだった。

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