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26話 ある師弟の話 その1

「──あー、もう皆さん酔いすぎっすよ」


 生産板の面々によるお花見は賑やかに進行していった。


 大半が成人済みであるため、誰もがビールやら日本酒やらワインやらを呷り、空き瓶を量産していく。


 その光景は、普段の彼らないし彼女らの作業のよう。違いはそれぞれの仕事道具を握っているのではなく、酒瓶とグラスを握っているということ。


 その違いによって、未成年枠であるタマモと七海以外の面々はあっという間に顔を真っ赤にしてどんちゃん騒ぎを行っていた。


 自身以外はタマモしか素面がいないという状況に、七海はげんなりとしている。アイナたちのそばから七海の隣にと移動していたタマモは、七海の言動に苦笑いを浮かべた。


「ははは、やっぱり大半が成人済みの方々ばかりだと、こういう席では未成年は肩身が狭いですよねぇ」


 タマモは笑いながら、シーフファルコンのタタキを食べながら、七海が用意していたという炭酸飲料を口にする。シュワッと口の中で水泡が弾ける。その口当たりの爽やかさにタマモは満足げに頷いた。


「うん、やっぱり美味しいですねぇ。現実では、外に行かない限りはなかなか飲めませんし」


「そうなんっすか?」


 げんなりとしていた七海が、タマモの一言を聞いて意外そうな顔を浮かべる。


 七海の普段の言動からして、一般家庭の子であることはなんとなくわかっていたので、この手の炭酸飲料を飲む機会がタマモにはなかなか訪れないと言われても、ぴんと来ないことも無理からぬことだった。


「あくまでも、この手の炭酸飲料を飲む機会ってことですね。炭酸を飲む場合は、大抵が炭酸水ですし。ジュースの炭酸はなかなか飲めないのですよ」


「……あ、そういえば、タマモさんってお嬢様なんすよね」


「そう、ですね。一般的にはそういう家に産まれました。物心がついた頃には、お稽古などの習い事をたくさんさせられてきましたよ。……それこそ気が狂いそうなほどに」


 グラスの中身をじっと眺めながら、タマモは昔のことを振り返っていく。


 好きで産まれ落ちたわけではない。それでも、玉森家の一族として産まれた責務は全うしなければならなかった。


 幸い、両親は責務に対して、ことさらうるさく言うことはなかったし、アイナを始めとした使用人たちも腫れ物扱いすることもなかった。


 そしてなによりも、莉亜という親友がいたからこそ、幼い頃の「玉森まりも」は歪むことはなかった。歪まずまっすぐに進み続けることはできた。


 なにかひとつ違っていたら。そう、なにかひとつ掛け違えていたら、きっといまの「玉森まりも」にはならなかっただろう。


 普段意識することもない責務を当然のように口にする、一切の余裕もないギチギチに詰め込まれた、それこそ人形染みた人物となっていたかもしれない。


 それほどまでに、「玉森まりも」の肩にのし掛かる重圧というものは大きく、そして重たいものだった。


 その重圧から背を向けている現状に、両親や使用人たちがどう思っているのかはわからない。


 が、少なくとも顔を合わせても両親はなにも言わないどころか、普段通りの調子であるし、アイナたち使用人たちもやはり普段通りの調子で「玉森まりも」と接してくれている。


 最近では、柚香というアイナたち曰く「期待の新人」枠として数えられている、タマモから見たらぶっ飛んだ存在もいるが、周囲の人々の存在は「玉森まりも」はもちろんタマモとしても救いだった。


「……お嬢様って大変なんすね」


 同じようにグラスを傾けながら、アイナは気遣うようなことを口にしてくれた。年下のアイナに気遣われてしまうとは、とタマモは内心苦笑いしつつも、「そうですね」と頷いた。


「……ところで、七海さん」


「なんすか?」


「ボクのことも話したのですから、七海さんの話も聞かせてくれませんか? 具体的には──」


 視線を七海から外し、タマモはひときわ騒いでいる人物へと向ける。その人物はおやっさんと木蓮と肩を組みながら、なぜかリンボーダンスを踊りながら、「にゃははは」と笑っていた。


「──あの方とのなれそめとか、ね?」


「……あぅ」


 七海は顔を苦々しげに歪めながら、物が潰れたような声をあげる。タマモは喉の奥を鳴らすようにして笑ってから、「嫌ならいいですよ」と逃げ道を用意する。


 生産板でそれとなく七海とにゃん公望のあれこれは聞いている。だが、それは大筋を聞いただけであり、詳細を聞いたわけではない。


 タマモが知っている内容は、困っているときに颯爽とにゃん公望が現れ、七海の窮地を救ったと言う程度。


 その窮地がどの程度のものなのかはわからないが、状況的に踏まえると、たしかにコロッと行ってしまうのは理解できなくもない。


 だが、あくまでも状況的に踏まえればの話であり、実際にそれで本当にコロッと行ってしまうものなのかという疑問もあるのだ。


 というか、窮地を救ってもらった相手に、コロッと行くとか、創作におけるチョロインでもそうそうないだろう。


 だからこそ、どのような場面で、どのような状況下で七海がにゃん公望にお熱になってしまったのかが、タマモは気になっていたのだ。


 我ながらゲスなことを考えていると思うも、無礼講の席であれば多少なら構わないだろうとタマモは思いながら、「で、どうしますか?」と尋ねた。


 タマモとしては聞きたいところだけど、七海がどうしても嫌だと言うのであれば、素直に引き下がるつもりだ。


 この手の話は、本人がその気でないというのに、無理矢理話させるというのは、どう考えてもコンプライアンス的な問題となる。


「……他言無用でお願いしますっす」


「もちろんです。念のためにチャット通話にします?」


「……そう、っすね。そうしてもらえるとありがたいっす」


 七海はかなり悩んでいたが、最終的にはチャット通話であればと受けてくれた。


 タマモは早速七海とチャット通話の準備を始める。七海は若干、いや、大いに顔を赤らめながら桜を見上げていた。


 その横顔は若干の幼さはあれど、十分すぎるほどの美少女であった。


 語尾に「~っす」と付ける七海を、タマモはスポーツ系美少女のテンプレ的な子という印象を抱いている。……とはいえ、ドスレートすぎるため、あくまでもキャラ付け程度だろうとも思っているが。


 そんな七海に赤裸々なことを聞くのはどうかなぁと思いつつも、タマモは興味津々に七海の話を、にゃん公望とのなれそめを拝聴することにした。


『さきほども言いましたけど、本当に他言無用でお願いしますっす」


『わかっていますよ、約束しますから』


『本当の本当にお願いしますよ?』


 七海がちらりとタマモを見やりながら念押しをする。どうやら相当に恥ずかしいようだ。


 この手の話が恥ずかしいというのは、気持ち的にはよくわかる。タマモもアンリやエリセとのなれそめを話してくれと言われたら、恥ずかしがるだろうから、七海の気持ちはよくわかる。


 わかるが、それはそれ、これはこれである。「本当にゲスいなぁ」と考えながら、タマモは七海の念押しに頷いた。


 七海はタマモが頷いたことを確認すると、咳払いをしてから、「……今年に入ったばかりのことっす」と語り始めた。


『まだお正月ムードが漂っていた頃っすね。当時、自分はようやくこのVR機器が買えて、ウキウキしながら初期設定も終えて、ゲームを始めたんすよ』


『お正月組でしたか』


『ええ。ちょうどお年玉と貯めていたお小遣いを合わせれば、VR機器を買えたんすよ』


『なるほど。たしかに高いですもんね』


 中学生の懐具合を思えば、中古のVR機器であっても、即決で買えるほどではない。ゲーム自体はそこまで高くはないが、機器の方は中古であっても手が出ない値段である。ゆえにお年玉と合わせてようやくという学生プレイヤーはそれなりにいるというのは、どこのVRMMOでも同じである。


『当時からタマモさんたちのことは知っていましたっすよ。超有名プレイヤーとして』


『あははは、当時は実力よりも先行していたと思いますけどね』


『そんなことはないっすよ。自分がこのゲームを始めようとした切っ掛けはタマモさんっすから』


『ボクが、ですか?』


『はいっす。小さな体で大人相手に真っ向勝負するタマモさんのお姿を見て、すごく憧れたんです。きっと自分みたいなプレイヤーは多いと思いますよ』


『そうですか?』


『そうですよ!』


 力強く頷く七海に、「そうなのかなぁ」と疑問符を浮かべるタマモ。だが、当の七海はタマモへの憧れをこれでもかと並べていく。


 その様子に「あー、ユキナちゃんと同じタイプか」と納得するタマモ。


 興奮気味にタマモのことを話す七海とユキナは非常によく似ていた。


『それで自分もタマモさんみたいに、この世界でいろんなことをしてみたいって思ったんすよ』


『……あははは、そう言って貰えるとありがたいですねぇ』


 苦笑いしつつ、「どうしてボクのことになったのだろう」と思うタマモ。


 だが、タマモのことを話す七海の熱意に水を差せず、「語りたいだけ語らせてあげようか」と思うことにした。


『そうしてこの世界に来たのはいいんすけど……』


『なにかありましたか?』


『時計塔から出てすぐに数人のお兄さんたちに声を掛けられたんすよ。「新人さんかな?」って』


『その人たちにお世話になったんですか?』


『……いえ、殺されるところだったんすよ』


 七海の顔が不意に翳るが、その言葉を聞けばその理由も明らかだった。


『……あー、初心者狩りのPKさんですか』


『ええ。そういうことを専門としている人たちがいるって話は聞いていたんすけど、まさか自分が対象になるなんて思っていなくて、レベルは15くらいでしたけど、当時の自分よりもはるかに強い人たちでしたから』


『為す術なしですね』


『ええ。でも、当時はそんなことになるとは思っていなくて、ほいほいとその人たちに着いて行ってしまい、そしてフィールドに出て、しばらくしたときです。その人たちに襲われたんすよ』


 ぶるりと七海が体を震わせた。当時の恐怖はいまだに七海の中で根付いているようだ。悪いことを聞いたなと思いつつ、タマモは七海の手を握り、「大丈夫ですよ」と声を掛ける。


 七海は浅く早い呼吸を繰り返しながら「……すみません」とだけ言った。


『謝らないでください。悪いことを聞きましたね。もう』


『……いえ、いいんす。だって、ここからが本番っすから』


 七海はできる限り笑顔を浮かべながら、視線をにゃん公望へと向けた。


『追い立てられながら、どうにか逃げたんす。あの人たちは笑いながら、迫ってきました。すごく怖くて、もうダメだって何度も思っていたときっす。ちょうどタマモさんと釣りをした、あの湖に差し掛かったときっすよ。「にゃにしているのにゃー!」って師匠が連中に飛び掛かったのは』


 七海はそれまでは体を震わせていたが、にゃん公望の声まねをしただけで、震えは消え、その顔には笑顔が浮かべられた。


 その笑顔はとてもきれいで、そして純粋なものだった。その笑顔がにゃん公望へと向けられていることは明らかで、その笑顔を眺めつつ、タマモは「……うん、そりゃ落ちるわ」と思ったのだった。

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